「お待たせ」
「あのなあ。毎度のことながら、なんで時間通りで、しかも一秒のずれもなく来るんだよ」
あれ、ちょうどいい時間に来たのに、なぜあきれられているのだろう。
「デートのときは、男のほうが早めに来て、女から『ごめん、待った?』って言われたら
『今来たところだよ』とさわやかに言って点数を稼ぐのが定説だろうが」
「その場合は、女性のほうが三分遅れてくれば解決するさ」
「なんだそのやけに具体的な数値は」
そもそもこれはデートではなく、予定の入っていない余りもの同士で昼食を取ろうとい
うことになっただけである。
来るべくときに備えて飛行船の整備をしておこうとしたのだけれど、部品が足りないこ
とに気がついて買い出しに行こうとしていたときのこと。
すると、エレンから、代わりに行ってくるから、それまでの間は羽を休めておくように
言われたのだ。
せっかくだからそうさせてもらうことにすると、シェリファも彼女と一緒に行くことに
した。さすがにひとりで隣町に行かせるのは心配だからと。
余程の天才かバカでもなければ、彼女に手を出さないとは思うけれど。 いや、前者は
ともかくとしても、後者は意外といるからやはり危ないか……主に相手の身が。
するとアゼイルが「あ、俺バカかもしれない。どうしよう」なんて言い出す。
自覚はあるのだなと感心するけれど、ここでは意味が違っていて、愛嬌を感じる場合と、
敵意をいだく場合の、大きな差があって。
「君の場合は、バカじゃなくてアホだな」
「どっちも同じじゃねーか!」
「それにしても、なんでここにしたんだ。男ふたりで喫茶店っていうのも複雑な気分だぞ」
それこそデートのときに来いよなんて言われたけれど、こちらは無視して話を進める。
確かに、この都のなかでも群を抜いて洒落ている店のテラスに、僕らがいるというのは
似つかしくないだろうけれど。
「簡単なことさ。盛りつけも雑然としてるようで整然とされてて、価格の設定も切りがい
いからだ」
するとアゼイルは、わけが分からないといった表情を浮かべたけれど、予想通りだから
このまま話を続ける。
「特にここの喫茶店の料理は職人技であるからね。そういう所ほど、中途半端な価格を設
けない傾向にある。それで取りすぎになっても、その分の仕事は必ずするだろうし」
「へえ、整備する側としての観点というわけか」
「それに、気分としても居つきやすいだろうし、注文もしやすいだろうから」
喫茶店のコーヒーにはじまってデザートも出されるようになり、そこにカレーをつける
というのはうまいこと考えたなと思う。苦みと甘みの組み合わせは然ることながら、辛い
ものに甘いものといった食べ合わせも絶妙である。
さらに、カレーにコーヒーも合うときた。まあ、カレーの隠し味にコーヒー豆を入れる
ぐらいだし。
脂肪燃焼効果もあるから、その辺りも女性に人気のある秘訣かもしれない。
「そういえば、以前に別の喫茶店に入ったとき、女性店員に『お帰りなさいませ、ご主人
様』と言われたことがあるんだ」
すると今度はなんとも言えない顔をされた。しいていうなら引きつっているような。僕
も面食らったけれど、ちゃんとした喫茶店だったからそのまま入店したのだ。
店員も女性ばかりで、なぜだか客をご主人様と呼んで会話をしていたけれど、とりわけ
あやしいところはなかったし、むしろ感じがいいぐらいだった。彼女らに勧められるまま
にうっかり料理や飲み物を注文してしまいそうだったほどには。もしかすると商戦だった
のかもしれないけれど。
それなりに楽しかったし、寛ぐこともできたからかまわないけれどね。
ちなみに、客には女性もいたけれど、ほとんどが男だった。
「盛りつけは割りと整然としてたな。でもあれは、職人技というより芸術のようなものだ
ったかな」
料理はそんなに凝ったものではなく、どこにでもありそうなものだった。
しかし、工夫は凝らされていた。しいていえば、視覚にうったえて売り込む、お子様ラ
ンチのような。
さらに、食器にもこだわっているようで、ドリンクのカップ、おまけにストローの色ま
で、楽しい気分も味わわせるための計算であったのだろう。
そもそも、店の内装からファンシーな雰囲気が漂っていて、遊園地にいるような感じに
近かったかな。
「あまりよそに出掛けることのない生活をしてたから、なかなか斬新だったな」
世界は広いものだな、うんうん。
「あのさ……、今度、自由にフライトできるようになったら、いろんなところに連れてっ
てやるよ」
あれ、アゼイルのやつ、なんだか疲れているようだけれど、具合でも悪いのだろうか。
そういえば、さっきは珍しくしゃべっていなかった気がする。
ひとまず、好意はありがたく受け取っておこう。
「ま、とりあえず、新たに整備された飛行船を操縦するというのは楽しみではあるな」
食事を終えてコーヒーのみをすすっていたとき、不意にアゼイルが言う。
「わざわざ操縦士になろうとした執念はどこから来たのさ。免許も異例の短期間で取得し
たようだし」
きっかけは、飛んでいる虫に憧れをいだいたからと言っていたが、まさか今でも本当に
そうであるわけではないだろう。
「そりゃあ、鳥に対抗するためだ」
――は? 今度は僕があっけにとられる番だった。
「空高く飛べて、方向感覚まで分かるって、どう考えても最強だろう。あいつら、実は人
間を押しのけて食物連鎖の頂点に君臨する計画を立ててるかもしれないぞ」
またわけの分からないことを。しかも、対象が虫から鳥に変わっただけ、つまりほとん
ど進歩していないようだった。
とりあえず、真面目に向かったところで無駄だろうから、適当に話を合わせてみよう。
「それじゃ、その鳥はとりわけカラスといったところか」
「なんでだよ。ここはやっぱり鷹なんがねーの。タカをくくるっていうぐらいだし」
それは意味が違うといいたいところだけれど、あくまで適当に応じる。
「今は絶滅したけど、オオウミガラスといった、海に生息していた鳥がいたんだ。それは
ペンギンの祖先でもあるんだ」
「それがどうかしたのか」
「ペンギンは、人間の数十倍、見方によっては百倍ほど深く潜れる。それを飛翔に置き換
えて考えてみてもすごいことだと思うけど」
なるほどねと、アゼイルはなんだか納得しているようだ。まあ、カラスを通してアホと
言いたかっただけなのだけれどね。
「――って、おまえ。実は遊んでるだろ」
「さて、なんのことやら」
「お待たせ」
あれからしばらくして、聖堂の敷地にある休憩所で待っていると、目的の人物が荷物を
携えてやって来た。
「いや、今来たところだよ」
いやいや、そこでいうところではないだろう。そう言いたそうに、後ろにいるアゼイル
が合図を送る。
まあ実際、デートではなく、頼んでいたものを買ってきてくれたエレンとシェリファが、
それを届けに来てくれただけだけれど。
「ふたりともお疲れ。なんだか、だれかに絡まれたようだけれど大丈夫?」
僕がそう言うと、彼女たちは目を丸くする。なぜ分かったのだと言いたげだ。どうやら
図星だったみたいだ。
まず、なにごともなければ、ここから隣の町に足を運んでも二時間ほどで着く。
十時に出ていったから、ちょうど正午ごろに着くこととなる。
そして、食事を終えるだけならせいぜい二十分程度。
必要なものを買うにしても、行き慣れた店であるのだから迷いはしないだろう。
それにふたりとも、効率を重視する性質なのだから、あまりもたもたしないはずだし。
余計な買い物をした様子だってない。
それでも、予測より三十分ほど遅れて帰って来たのはそういうことなのだろう。
このふたりになら、ほとんどの相手は五分もしないうちに追いはらわれるだろうし。
後の時間はそのごたごたの処理に追われていたといったところか。
そう当たりをつけると、なんだか感激されてしまった。ざっくりとした計算しかしてい
ないのだけれど……。
それじゃ、必要な物資も調達してもらったことだし、早速作業に取り掛かるとしようか。
ファクト・ブレイン
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