File.4 俺のマブダチ二人がいい加減もどかしい件
 敵を迎え撃つ準備も整って、後はやつらがやって来るのを待ち構えるのみとなった頃。
 今のところはまだその気配もないというわけで、束の間の休息となった日のこと。
 聖堂の敷地にある休憩所では、ファクトとエレンがなにか語らっているようであった。
 ちなみに俺は、それを草葉の陰から見守っているところだ。……いやいや、別にストー
カーなんてことはないぞ。
 お互い、同じテーブルの席で、茶を飲みながら本を読んでいて、適度に保たれた距離が、
和やかな雰囲気も醸し出していて……って、おい!

「恋人らしさがなさすぎだろ」
 デートっていえば、もっと甘酸っぱさがあって、あそこまで落ち着いていられるもので
もないだろう。
「今さら遠慮があるような間柄でもないのだろう。そもそも、あのふたりが交際をしてる
などという事実はないぞ」
 隣でさらりとそう述べたのはシェリファだ。
「いや、そうなんだけど。互いに大事に思ってるのは周知の事実で、本人たちだって互い
の気持ちを知らないわけじゃないだろうし」
 それに、ここに来るまでいろいろあったというならなおさら。
「いろいろあったからこそ分かったこともあって、暗黙の了解で適度に距離を保ってるの
だろう」
 そして、後ろのほうからそう述べる声の主は。
「ゼイオス」
「まったく。姿が見えないと思ってさがしに来てみれば、なにやってるんだか」
「だってさあ……」
「俺からすれば、示し合わせた様子もなく同じ行動をとるおまえたちとてそう見えるが」
「いやいや、別にそういうわけじゃ」
「うむ、まったくないな」
 これまたさらりと否定されると、それはそれで複雑なのだが。

「まあ、心当たりがないわけではない」
 ゼイオスがおもむろに切り出す。
「おまえだって、あのふたりになにがあったか知らないわけではないだろう」
「そりゃ知ってるけどさ。でもそれとこれとなんの関係が……」
「いいように使われたくないということだな」
 補足するように付け加えたのはシェリファだ。うん、ますます分からん。
「人の扱いに長けた者の視点というわけか」
「わたしの場合とは事情が違うけどな」
 そういえばこいつ、主などかわいく見えるぐらいに人使いが荒いやつだった。初めて会
ったときのあれは忘れようとしても忘れられそうにない。
「例を挙げると、ファクトは楽しみながらいろんなものに手を広げていくタイプで、エレ
ンは特定のことに集中して極めていくタイプだ」
 さらにゼイオスが説明してくれるが、それがいったい……。
「互いに補い合えるし、ときには大きな力となって、思いもよらぬ効果を生むとは思うが」
「ああ、だからこそだ」
 シェリファがそう述べたところで、ゼイオスは同調してばっさりと言う。俺も、そこま
で説明されればなんとなく分かるが。
「そんなことを考え付くやつなんて、そうはいないと思うぞ」
 あ、俺がばかだからそう思うだけだという意見は却下だ。
「それを企むのはなにも人間のばかりではない。それこそ運命やら、カーナル神の導きや
らが当てはまりそうなものだからな」
 そう言われて目からうろこどころか、頭をがつんと殴られた気分だった。
 そうか、それがあったじゃないか。当たり前すぎて気が付かなかったけれど。
 神にさえ使わせまいとする意志、互いが互いを強く思いやるゆえに。
 しかも、さっきの例えはほんの一部分にすぎず、要素はほかにもいくつかあるだろうと
のことだ。
 もちろん、どのような関係性であっても卑下する必要はない。しかしながら、いい付き
合いをしたいなら疑り深く裏を読む必要もある。そういうわけであった。

 彼らは、単に恋に臆病なだけではなかった。
 大切に思うからこそ、好き合っていても付き合うことはしない者がいるのは分かる。
 それは、互いの領域を侵さず尊重するためだろうとは思う。
 しかし、このふたりの場合は拗らせすぎていた。
 この世界にいる間は、両想いだとしても手放しでいちゃつくことはできないのだろう。
 両想いには違いなくて、本人たちだって互いの気持ちを知らないわけではない。
 そこに触れようとしないで、互いに片想いのままで……。

 ――万物は流転する。
 ふと、エレンがそう言っていたことを思い出す。
 これは、同じ川に二度入ることはできないという言葉で表されたという。
 川の水は流れる。よって、同一の場所の川ではあっても、水はそのときどきで全く別の
ものであるというわけだ。簡単に言えば世の移り変わりのことである。
 ただし、減るものでもなければ消えてなくなるというものでもない。そこは質量保存の
法則に通じるのだと。
 だから、消費者なんていうのは本当はいないのだとも言っていた。

 ――ところで、なぜ食べても食べても空腹になると思う?
 そう聞いてきたのはファクトだったか。
 それは、エネルギーを消費するからだろう……と、そう答えたところで疑問に行き当た
る。本当の意味での消費なんてないとしたら、それはおかしなことになるではないかと。
 しかし、体を構成したもの以外は排泄やら発汗やらすればなくなったものとなる。
 それこそ水流によって削られる石のようなものであって。
 そう答えると今度は、それだけで本当に整合性がとれていると思うのかと聞かれる。
 確かに、三食分の摂取量に対して、一日の平均排泄量は少ないけれど。
 そうだとしたら、その他の食べた分のエネルギーはどこに行っているというのだ。
「そもそも食べないと生きていけない理由だよ」
 まさか、エネルギーは常に奪われているとでもいうのか。それでいいように使われるな
どということが。
 いったいだれがどのようにして? それこそまるで超常的な……。
「それについては答えることはできない。いや、僕たちの立場では口にできないといった
ほうが正解か」
 いくら自分たちを含めて主がイレギュラーであるとはいえ、教団に身を置いていること
には変わりないからと。
「君なら聞いたところでうろたえずに済むとは思うけど、まあそういうわけだから」
 いやいや、どういうわけだよ。
「でも、直接うばっているわけではなく、何者かにそうさせているのかもしれないけれど」
 ああ、またひとりで勝手に話を進めている。
「とりあえず、食物連鎖のピラミッドの構造のあれこれを考えてみたら見えてくると思う
よ」
 そう言うファクトは、またいつものように遊んでいるのかと思ったけれど、この様子を
見るに、そうではないらしい。
 そもそも、遊びは楽しくというのが信条のこいつが、たちの悪い冗談をいうわけがなか
った。

 ――エネルギーを放出させるためのいちばんの方法は感情を喚起させること。
 これを言っていたのはエレンだったかファクトだったか……忘れた。
 どうでもいいけれど「忘れる」も「忙しい」も心を亡くすって書くよなあ。
 確かに、動きまわったり、怒ったり笑ったりしても腹は減るけれど。
 けんかをしても仲良くしても減るともいうけれど……って、おいおい。もしかしてそう
いうことだったりするのか。性質は全く違うのに、それによる結果は同じだと。
 極端な話、恋は戦争というのは、そのままイコールというわけであって、ある意味では
文字通り争奪戦ということにもなる。
 普段は気にしすぎなくても大丈夫だということだが、ふとしたときに疑って掛かって損
はないだろうと。
「ファクトって割りとあおってくるタイプなのよね」
 困ったなというふうに言っていたが、エレン本人はそれほど困っているようではない。
 あわよくばエレン自身の獣性の部分を解き放ち、エネルギーを出させようとしてファク
トとの縁を持たせたのだと分析しているようだ。もちろん彼にはそんなつもりはないとも
言って。
 それだけのための縁ではないし、奮起させるといえば聞こえはいいが、結局はそういう
ことなのだろうと。
 しかし、それを分かったうえで乗るならそれもありだと、それはそれで楽しんでいるよ
うに見えた。

 万物流転については、善も悪もなく、ただの現象でしかない。
 ただ、それを当然のことと思わせて、手放すことを妥協させようとすることに問題があ
るのだと。
 まあ、それがねらいで広められたであろう教えが、本当の意味でめぐりめぐって洗脳が
解かれることとなったのは皮肉だなとは思う。

「ところでゼイオス。そなたがわざわざさがしに来たということは、また主からなにか伝
言でも預かってきたのであろう」
 そうだった。こいつは、さみしがって俺たちをさがしに来るなどという殊勝なやつでは
なかった。しかも大抵のことはひとりでやってのけるし、余程のことでなければやっては
来ないだろう。
「ああ。明日か、早ければ今夜にでも来るだろうとさ」
 その瞬間、俺たちの顔に緊張が走った……と、格好よく締めようとしたのだが、シェリ
ファは、なにか考えこんでいるようではあったが落ち着いていた。
 それにしても、当てつけのように、この場所でけんかをおっぱじめようなんてな。……
いや、むしろ、ここでだからだったりするのか?

 とにかく、この本山を守り抜くために――なんていう殊勝な心がけがあるわけでもない
し、とりあえずこの日常を壊させないためにも気合いを入れていくとするか。

                              アゼイル・ロキシタン 

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