カラスがせわしなく鳴く声が、森の全域に響きわたる。
カラスといえば黒を表すときにも用いられるが、太陽の象徴であるともされている。羽
根にいたっては虹色のように見えることもあるのだという。
日が沈むと活動を停止しているはずの、その彼らが、今この暗闇のなかで群れをなして
飛び去っていっているのは、教会の建物がある辺りからの出火によって、夕方の時刻であ
るとの思い違いをしているからであろうか。
そもそも今は、ぽつりぽつりと雨が降ってきており、日の光どころではないのだが。
そのようななかであっても、せわしなく走っている、複数の人間の足音も聞こえてくる。
あの教会に勤めている神官たちのものであり、ひとりの小柄な女を抱えていた。
さらに、やや後ろから彼らを追跡する、ひとつの影があった。視界が限られているにも
かかわらず、正確に追うことができているのは、やはり音によるところが大きいのだろう
か。
神官たちは、影に追いつかれそうになると、切羽詰ったような乱暴な口調で、手下たち
に足どめの命令をくだす。今度はひとりを差し向けているのではなく、ふたりだ。
影もといミカゲが追いついてきたということは、最初のひとりが負かされ、その者は無
事ではないということになるのだが、神官たちはだれひとりとして気にかけている様子は
ない。
次のふたりは、横に並んで立ちはだかろうとする。
しかし、ミカゲは、これでもまったくひるんだ様子がない。むしろ仕掛けたほうのふた
りがうろたえることとなる。まさか短刀をかまえて刃向かって来られるとは思わなかった
のだ。
そのすきにも、ミカゲは容赦なく、ふたりをまとめて切りつける。人数など意に介して
いないというふうに。調理の下ごしらえでもするかのような自然さで。いまだにまな板の
上で踊る魚の息の根をとめるというところまで続いた。
息を切らせながら走っている神官たちの様相は、聖人というよりもただの人間、それど
ころか、動物のような挙動を思わせる。なにやら、してやったりという顔つきである。
そのとき、後ろのほうから影が迫ってきて、手が伸びてくる。
そして、神官に抱えられているリゼが、はっと気がついたとき。彼らも一歩ほど遅れて
振り返る。その影の姿を確認して、まさかそんなはずはないと。彼らの様子はもはや、う
ろたえているなどといった表現ではなく、ろうばいしているといったほうが適切か。
お前とお前とお前。こいつをとめろとめろとめろ。まるでほえるように、残った仲間の
うち地位が下の者たちに命ずる。
残された三人は、この人数での応戦なら余裕があると踏んでいるのか、不敵な笑みを浮
かべているふうに見える。彼らは、影もといミカゲを囲ってとらえようとする。
しかし、その気の緩みが、本当の意味で命とりとなる。勢いをつけすぎたあまり、向か
い合っていたふたりは、頭と頭がぶつかる。そのふたりの間より一歩ほど引いてかまえて
いた者にいたっては、足場を崩して、彼らのほうへ倒れこむこととなった。
ミカゲは、彼らの懐に敢えて跳びこんでいた。それも身を低くして、真ん中でかまえて
いた者の足をはらいながら。そのすきにもきちんと通り抜けて。
降っている雨によって、地面がぬかるんでいるため、滑りこみやすくなっていた。時機
を見計らったかのように降ってきた雨。どういうわけだか、ミカゲにこの役目を負わせた
かったのだと言わんばかりに。
そして、そこからも抜け目なく、神官の背後にまわって、手に持っていた短刀を背に突
き立てるミカゲ。
カエルがつぶれたような声をあげながら、神官のひとりが倒れこむ。残りのふたりは、
状況を把握するための処理が追いつかないといったふうにほうぜんとしている。そのよう
な合間にも、ミカゲは手を休めることなく、表情のひとつすら変えることなく、彼らにも
襲い掛かった。
もうすぐだ、もうすぐだ。もといた十二人から半数に減った神官たちは、そういうよう
に息切れしながら走る、というよりも、もはやけものが興奮している様相であった。
そして、黒い影、ミカゲが、彼らに追いついてくる。
三人がかりで相手にしていたはずなのに、まさかのけてきたのか。そんな思いのなか、
あまつさえ感情が高ぶっていたため、気が抜けていたものだから、神官たちは、対処が遅
れて後手にまわることとなる。彼らのうちひとりが、ミカゲに背後からとらえられた。
いちばん格の高い神官は、リゼを人形のように抱えたままで。とらえられた者を含む四
人の手下たちに、今度こそミカゲをとめるようにと命じる。
命じられた彼らは、恐怖している様子はなく、むしろ悦に浸っているようですらある。
これならば、もはやミカゲを制したも同然だと。仲間のうちひとりをとらえられたところ
で、たいした問題にはならない。それどころか好機であるのだと。そこですかさず囲うよ
うにして、逃げ場を完全にふせげばいいのだから。
その合間にも、残りふたりとなった高位の神官は、リゼを抱えてとある場所へと向かっ
て行く。
ミカゲは、彼らの思惑どおり、四方を囲まれて、文字どおり手も足も出ない状態となる。
――もういいよ。
雨の水に響かせた、夜風に乗って運ばれてくる声。実際には声ではないのだが、音とし
てはそのように聞こえる。かくれんぼでの鬼に見つけてもらうための合図ともとれるが、
あきらめの思いともとれる。
どちらにしても、このような状況を招いたのは、もしくは望んだのは、その音のぬしで
あるということか。
それも、今になっては効力がなくなってきたように思える。そもそも音のほうが、弱々
しい調べとして響いていたのだ。感情にたとえるなら、後悔の念であろうか。
神官たちをのけて彼女のもとへ急ぐはずのミカゲは、抵抗することさえも不可能なほど
に動きを封じられている。彼女を助けることを拒んでいるのは、神官たちであるのか、そ
れとも音のぬしであるのか。
ミカゲは、なおもあきらめていないようであるり、表情は険しいままであるが、どこと
なく悲痛にゆがんでいるようであった。
十二人いた神官たちのうち、高位のふたりは、リゼを連れて場所を移動するという、当
面の目的はなしえたようである。彼女を使役しての儀式を執り行っていたところ、思わぬ
かたちで邪魔が入ったため、逃げるようにして転々としてやって来たのだ。
すでに半数の神官が犠牲になっており、残りの四人は不在といったありさまであるが、
彼らふたりはまったく気に掛けていない。
どちらかといえば、ほかの子どもたちがやられたということのほうが深刻であるようだ。
どうやら、信仰が集まらないことによって、じゅうぶんな力がやって来ないからだとか。
しかし、そうだからといって、どうしても遂行ができなくなるというわけでもないよう
で、森のなかでも水辺に近いこの場所で続きをしようとする。
そんな神官ふたりの顔つきは、人のものとは思えないぐらいに、不気味に笑っているふ
うであり、ぬめぬめと絡みつこうとしているかのようであった。
だれかが流している涙のように、雨降りが強まってきた。
その瞬間、四方を囲まれて動きを抑えられていたミカゲは、短刀を外側に向けて回転し
ながら飛び跳ねる。
ミカゲを取り囲んでいた四人の神官は、いきなりのことにおどろいて、四方に飛び散る
ようにして、さらにぬかるんだ土によって、均衡を保ちきれずに転倒する。
神官たちは、自身の体の一部に、刃物で切られた痛みまで走っている理由を理解するま
でが遅かった。その合間にも、ミカゲは体勢を立てなおして、再びまとめて切りかかり、
形成の逆転へと持ちこんだ。本当に切りつけられていたと分かったのは、そこから液体が
滴り落ちている感じがしてからだ。闇夜のなかでもさらに暗い森のなかでは、彼が短刀を
所持していることすら分からなかったのだ。彼をとらえることができたという優越感に浸
っていたことも多分に影響していたのだろう。
そのときのミカゲの顔には、いっさいの迷いもなかった。自身に降りかかる感傷も振り
きって吹ききれて。
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