煌々と照らされていた舞台での出し物にて。そのような炎の色にも劣らない髪をした彼
は。黒い影のような姿で、ひらりひらりとしながらも激しく踊るようにして攻めこんでく
る彼と取っ組み合っていた。赤と黒の円舞が織りなす賭博のように。ただ、組みうちとい
うには短い時間で決着がついたのだが。
大人たちにダシにされ、その彼らに連れ去られていく、白い姿をした彼女のほうに目を
やった瞬間。赤い髪の彼、ルーインは、そのすきを突かれて地に打ちつけられた。
偉大なる神への供物として、ひとりの女をささげようとする大多数の者。その女を助け
るべくして、その人数を相手に、黒い狂気をまとって迫る彼ひとり。両者の間で感情をも
まれていた、そのときのことだった。
黒い姿をした彼、ミカゲは、先ほどまで立っていた、燃えていく舞台を気にかけるひま
もなく次の行動に移っていた。
その、やや遠くからの炎によって照らされた光景。森に入る手前の場所。そこには、彼
女を乗せていた山車が無造作に置かれていた。森のなかを移動するには不便であるそれは
捨てて、彼女だけを連れて再び森のなかに入ったのだろう。
即座にそう判断したミカゲは、携えていた短刀を、念のためだろうか、かまえるように
してからそこに足を踏み入れていった。
エンもたけなわとなってきた頃。そのときにもっとも欠かせないのが馳走であり、料理
人の腕の見せどころでもある。
ざくざくと、刃物を手に持った状態で、森のなかを走っているミカゲ。今から聖餐でも
執り行うであろう、とある建物のある場所へと急ぐ。
……かまどのなかのものはまだ煮えないか。
その合間にも、鋭く、切り裂くように雷の音がした。神が鳴るという意味から派生した
あの。
そして、ライとも読むあれだ。来。来い。恋。ライバル。
それはさておき、ライという字には、示偏に豊と書くものもある。礼という字の元とな
ったもの。今ではレイと読むのが通説か。さて、この字の意味はなにであったか。
雷にともなって、雨がぽつりぽつりとふりだしてくる。だれかが流した涙のように。か
なしみが集まってできたそれは、甘いあめのような、夢の国に出てくるような王冠となっ
て。そしてそれを手にして笑うのはだれであろうか。
森のひらけたところにある、ささやかな城のような建物にて。窓から光がもれてきてい
ることから、なかではだれかがなにかを行っているのであろう。
……さて、かまどのなかのものはもう煮えたか。
そのとき、吹きつける風とともにやって来る黒い影。実際には、黒い衣服に身をまとっ
た、黒い髪をした彼、ミカゲであるのだが。その様相はまるで人のかたちをなしていない
かのようで、だれかの身体から切り離された影がそこに戻っていくかのような営みである。
影もといミカゲは、そのささやかな城のような建物の扉をあけようとする。しかしなが
ら施錠されている。予想のついていたことであったためか、彼は、鬼気迫る形相は相も変
わらずであるが、表立って気をもんでいる様子はなく、正面からは入れないと分かるやい
なや裏にまわり、こぶしで窓のガラスを割る。
建物の厳かな見た目とは裏腹に、この透明な部分はもろくできていたのだろうか、力の
限り勢いをつけたとはいえ、それほど難なく割れた。あまりにもはかない音で。あとは窓
枠をけって崩せばなかに入ることができる。
ミカゲがやって来たときの神官たちは、あまりにも驚いたためか、彼らを見ているほう
が逆に驚かされそうなほどに、あっけにとられた表情であった。
彼らの中心に据えられている彼女、そしてミカゲがやって来た理由でもある彼女、リゼ
にいたっては、顔の半分がベールに覆われているため、表情は分かりにくい。赤く塗られ
たくちびるがゆいいつ感情をうかがわせているぐらいか。リゼの様子からは、絶望してい
るふうにも希望がわいているふうにも見える。言い換えればどちらともつかないよいうこ
とである。混乱しているというのが適切であるだろう。
ミカゲの手からは、先ほどガラスを強く打ちつけたため、赤い血が滴り落ちている。し
かしながら彼自身は気に掛けていないようで、痛みを感じているのかすら定かではない。
彼はただ、彼女の姿をまっすぐとらえていた。
「おい。おまえ、そいつの足どめをしていろ」
突如、いちばん格の高い神官が、いちばん格の低い使徒を指さして命令する。聖職者ら
しさとは裏腹に乱暴な口調で。恐慌にとらわれたために落ち着きをなくしているようだ。
指名された者はおびえているが、ほかの者たちはそれをまったく意に介さず、早々に脱
出しようとする。彼も、上からの言いつけとなれば逆らうことはできず、ミカゲの行く手
を阻む。
そして、ほかの神官たちはそのすきに、リゼを乱雑に抱えて、扉の外へと向かっていっ
た。
「――――!」
だんだんと遠ざかっていくときに、リゼは、ミカゲへとなにかを叫んでいたが、彼には
聞こえていなかった。その合間にも、彼は取り押さえられようとしていたため、よけるだ
けで精一杯であった。
ミカゲも応戦しようとする。リゼを追いかけるべくして、この神官をのけるために。固
め技で足どめをしてもすぐに持ちなおされて追いつかれると思ったからか、持っていた短
刀をかまえる。
神官のほうは、まさか刃物を向けられるとは思っていなかったからか、一瞬だけひるん
だ。しかしながら相手は子どもだと、すぐに思いいたって気を取りなおす。短刀を奪い取
って報復をくだせばいいのだと。
しかし――、そのすきにも、ミカゲは即座に動き、神官に向かって短刀を突きつけた。
音もなく身を刺して。ひとまず、動くことができないようにと、足の辺りを――などとい
う、加減が施されたものではなかった。
「う……、ぐ、あああ…………」
刺された神官のうめく声は、痛みにおそわれているからではあるが、それ以上に、まさ
かと思っていたいきなりのできごとの、その反動の大きさによる絶望をあらわしていた。
神官が手で押さえている、自身の腹部からは、赤というよりは、黒に近い茶の色をした
液体が流れ出る。血だ。ミカゲがとっさに刺したことによる。
ミカゲは、その様子に慌てふためいた様子はなく、相も変わらない険しい表情のままで
ある。それどころか、容赦なくとどめまで刺している。
強く吹きつける風が、壊された窓から侵入する。夜明け前の冷たいそれは、追いうちを
かけるかのように体力を奪っていく。これではもう助かりそうになかった。
しまいには、壁にひびが入り、天井の一部までもが崩れだしてきた。建物のかたちは保
っていたものの、案外ともろくなっていたのかもしれない。その様相はまるで壊された鳥
かごのようであった。
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