+. Page 045 | クロヴィネア編 .+
 クロヴィネアとディルト・リーゼフの区間を結ぶ関所から遠く離れていない場所より。
 前者の方面からやってくる三人の姿。前側を歩いている青年、アルファース。青年とは
いっても、まだ成人はしていない。彼の格好は、剣士にしては軽装であり、防具は胸当て
を身に着けているのみであった。そして、その三歩ほど後ろで、横に並んで歩いている男
女。青年と少年の中間ほどの容貌の彼、レキセイと、彼よりやや年下である少女、リーナ。
レキセイのほうも軽装ではあるが、機動性を重視した格好である。リーナは、意匠のこら
された衣装を身に着けており、皇室で着るようなはでやかさのドレスともいえるが、戦闘
用にこしらえられているようで、生地は硬質のものである。
「さてと、関所のほうに着いたら、そこに設けられてる、旅人用の宿泊室を借りるぞ」
 そう提案したのはアルファース。
「でも、このまま行けば、日中には関所に着いてしまうんじゃない?」
 素朴な疑問を投げかけるリーナ。
「ばーか。ディルト・リーゼフの領内の、俺たちの向かってる関所からいちばん近い町に
行くとして、朝早くから出発しても、少なくとも一回は野宿しなきゃなんねえんだよ」
 日中の半端な時刻に出発するとなると、二泊、場合によっては三泊も野外で寝ることと
なりそうであった。それは、身体の鍛えられた男であっても避けたいところだろう。まし
てや、寝場所のあるうちに休んでおいたり、まともな食事ができるうちにとっておいたり
しなければ、身体が持つとは思えないということであった。
「ねえ、今、リーナのこと、ばかって言ったよね」
 リーナは、その後に続いた主旨のほうを気にかけた様子もなく、なにかを思いめぐらせ
るような調子で確認する。
「それ、訂正させてもらうわね。リーナの情報処理能力は世界クラスだって言われてるん
だから」
 いきなりそう告げられると、返答に困った様子で口をあけるアルファース。
「それもだけど、リーナは、物理や化学、数学といった、理系のものに強かったな」
 それに対して、そう補完するレキセイ。
 アルファースはというと、ますます口を大きくあける。
「ラフォルがいうには、極めれば天候を操作できるほどまでになるだろうって」
 本気ともとれるし、ちょっとした冗談だともとれるけれど。そう付け加えて、レキセイ
はさらに告げる。
「ら、らふぉる……?」
 アルファースは、いよいよ訳が分からなくなったようで、錯乱する手前といったふうで
ある。
「俺とリーナが住んでる家のあるじなんだ」
「ふ、ふーん……」
 そして、突っこむ気力をなくしたためか、あいづちを打つだけとなった。
「うふふ、天文学の分野でいえば、レキセイにはかなわないけどね」
「どうかな、それは。気づいたら追ってたというだけだったから」
 異次元のことであるような会話に付いていけなくなったアルファースは、頭に手をやり
ながら、目的の場所へと足を進めていく。

 レキセイとリーナ、そしてアルファースが、目的地である関所の前まで着いたそのとき。
 彼らの前に、二匹の、犬型の動物が立ちはだかる。いや、二体というべきか。狼のよう
ではあるのだが、身体のところどころが機械である。
「なっ、な、なああ……!?」
「ど、どうも……」
「あいさつしてる場合じゃねえ! なんなんだよ、こいつら」
 奇妙な狼にろうばいするアルファースと、すれ違った旅人を相手にするような調子のレ
キセイ。リーナは、特にこれといった反応を示しているふうではない。
 そんな彼らの様子に構うでもなく、狼は一斉に襲いかかる。
 アルファースは、根っからの剣士なのだろう、先ほどまでのろうばいがうすであったか
のように果敢に大剣を構え、狼からの攻撃を防ぐ。リーナも、反応が間に合ったようで、
槍を突き出し、もう一体の狼からの攻撃をはじいた。
 狼たちは、戦いを好んでいる、というよりは、レキセイたち三人を、明らかにねらって
おり、再び襲いかかろうとする。
 そこで、レキセイは、片足を軸にして、もう片方の足をまわして、二体を同時に、なぎ
払うようにしてける。
 なおも攻撃をしかけようとする狼たちに、アルファースは、大剣をまっすぐに構え、貫
くようにして、身体ごと勢いづかせる。構えた大剣に自身の力を注ぐようにして、ともす
れば身体ごと武器にせんばかりの意気の攻めに、狼たちの運動はたちまちに奪われること
となった。
 そして、体力はまだ余っている狼たちがさらに攻撃をしかけようとしたとき。レキセイ
とアルファースは、先ほどと同じ動きで応戦する。
 しかし、その繰り返された動きは読まれることとなる。レキセイの弧をえがくようなけ
りの範囲や、アルファースの直線を引くような技はよけられる。どの位置によければ有利
であるかを計算する知能も発達しているようだ。
 形勢は逆転して、それぞれ、背後からの攻撃を受けるレキセイとアルファース。体勢を
立てなおそうにも、狼たちの動きは素早く、思うようにはいかない。ふたりが倒されるの
も時間の問題であった。
 そのとき、その場で軽快な動きをする者が登場する。狼たちは、それによって体勢を崩
した。
 その動作のぬしは、槍を構えて待機していたリーナ。槍を突き出す彼女の動きは変則的
であり、動きを予測しにくい。ときには、地面から足を離し、空中から働きかけ、その様
は、華麗なまでの舞踏を思わせる。まるで、その場だけ重力が働いていないかのように。
 リーナの攻撃には、それほどの腕力があったわけではないが、相手が警戒する余裕をな
くし、思わぬ打撃を与えるにはじゅうぶんであった。
 そのすきを突いて、ふたりは、再び、それぞれ一体ずつ攻撃する。狼の腹部をこぶしで
強く打って、動きをとめようとするレキセイ。そして、大剣を突き出して仕留めに掛かる
アルファース。
 やがて、狼は、二体とも戦闘する体力がなくなった。
 それを確認した瞬間、
「だあああ、なんだってんだよ! なんだよこいつらは」
 アルファースは、先ほどまでの戦闘の態勢がぷつりと切れたかのように、両手を頭にや
って、再びろうばいする。
「こんな動物が、なぜこんなところに……」
 レキセイは、あくまで、予想外の客人がいたことに対する態度でつぶやく。
 リーナはというと、特になにを言うでもなく、倒された狼、半分が生身で、もう半分が
機械であるそれの前でかがみ、自身の指でつついたり、手で持って感触を確かめたりして
いた。
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