+. Page 046 | ディルト・リーゼフ編 .+
 ディルト・リーゼフとクロヴィネアの地方間を結ぶ関所の造りは、主に木造であり、鉄
鋼でできている箇所は囲いの部分だけであるなど、要所であるにしては心もとない。しか
しながら、軍人たちも十名ほど出向いており、そこに設けられている宿泊室にいる旅の者
のなかでも、腕が立つ者はいるだろうということで、危険にさらされることはなかったの
だ。――そう、今までは。
 その日の夜のこと。外では、星がちらちらと見えはじめ、奇妙なまでの静けさをともな
っている。
 電灯の明かりがともされている、この関所の内部にて。まだ成人していない年ごろの男
がふたりと、女がひとり。彼らは、ここに駐在している軍の者と向かい合うかたちでたた
ずんでいる。軍の者はというと、いかめしい面持ちではあるが、不審なものを見るような
目でもなく、混乱しているといったところだ。
「むうう、信じがたいことだが、あれをこの目で見てしまったからには、君らの言うこと
は事実なんだろう」
 あれというのは、身体のところどころが機械であった、犬型の動物のことである。明ら
かに戦意を示しており、敵の動きを見切るだけの知能も発達していた。それらを倒したの
が、ここにいる三人、レキセイとアルファース、リーナであった。
「ああ。俺もまだなにがなんだかわからんが事実だ。今まで旅していて、あんなやつらに
出あったのも初めてだ」
 まっ先にそう述べたのはアルファースである。
「われわれも、周囲には目を光らせていたのだが、まったく気が付かなかったとはな」
「クロヴィネアのほうにも、隠れられそうなところがあったから潜んでたんじゃない?」
 そぼくな疑問を投げかけるように述べるリーナ。
「もしくは、ディルト・リーゼフのほうから、ここを経由しないできたのかもしれない」
 そして、別の可能性を提示するレキセイ。
「うむ、いずれ情報は入ってくるだろうがな」
「俺たちも、翌朝、ディルト・リーゼフへ向かいながら調べてみます」
「承知した。君らが通行する手続きはしておく」

 ディルト・リーゼフの領内では、町と町の距離がそれなりに長く、渡り歩こうとするも
のならば、野営はさけられない。そして、今晩もそんな旅人たちの姿がある。そんな彼ら
が、明かりにしているのは、たき火ではなく、携帯用の電灯がひとつ。
 道のほうは割りに平たんであり、根気があれば、町にたどり着くことはそれほど難しく
はなさそうだ。しかし――
「ちっくしょー! ほんとになんだってんだよおおお」
 そんな叫び声に、木にとまっていた鳥たちはおどろき、一斉に夜空へと飛びたっていく。
「昨日の犬型のやつらにとどまらず、なんでほかの動物までところどころが機械なんだあ
ああ」
「アルファースも、あの型の生き物は初めて見たのか?」
 続けざまに叫んでいたアルファースに、そぼくな疑問を投げかけるようにたずねるレキ
セイ。
「当たり前だ。あんなのは普通いねえ」
「もしかして、だれかが手を加えたとか……?」
「それは俺も考えた。だが、ここまでの道すがらであれだけ出現したってことは、ひとり
やふたりの仕業ではない。かといって、大勢が隠れて量産できる場所とか資金源とかの見
当がつかない」
 考えが行きづまった、その静寂の合間に、レキセイは、ふとなにかを思い出し、
「そういえば、リーナは……?」
 張ってあったテントのなかの様子を見る。
 テントのなかでは、リーナが深く眠っていた。アルファースが大声をあげていたときも
眠りつづけていたのだろう。朝になるまでは、目を覚ましそうにない。
「来る途中までは、俺たちよりこいつのほうが元気そうだったんだがな」
 レキセイに続いてやってきたアルファースが、不意につぶやいた。
 軽やかそうな、ともすれば気疲れなどとはほぼ無縁でありそうだ。しかし、肉体への疲
労は、だれしも一定以上はたまってくるものであるのだろう。女性のなかでも小さな身体
であればなおさらだった。
 レキセイとアルファースは、テントを背にして、地に腰かけたまま向きなおる。
「それにしても、お前らって、あまり兄妹らしくねえな。確かに、長いあいだ一緒にいた
感じはするが」
 なにげなしにかく言うアルファース。
「そういえば、話してなかったな。兄妹じゃないんだ。ふたりして、身寄りがなくて、ラ
フォルの家に引きとられたんだ。便宜上、リーナも俺の姓を名乗ってる」
「なるほどな。どうりで、お前に寄りかかったふうではなかったわけだ。危なっかしいと
ころはあるが」
「あれでも、旅に出る前までよりは落ち着いたほうなんだ。いや、出逢った頃のように戻
ってってるといったほうが正しいかもしれない。単に緊張してこわばってただけかもしれ
ないけど」
「……ふーん」
 アルファースは、興味津々というふうではないが、なにかを考えこみながら聞いている。
「んで、ラフォルってやつの家に住むことになって初めて会ったってわけか」
「いや、俺が先に引きとられて、その一年ぐらい後に、行きつけの町でリーナを見つけた」
 レキセイは、夕日に染まった町でリーナに出会ったときのことを追想する。最初からそ
こにいたかのようになじんでいた割りには焦点が合っていないふうであったことや、夕や
みになると消え入りそうでさえあったこと、そして、そんな彼女に引き寄せられるように
追いかけていったことなど、そうしてしばらく語っていた。
 レキセイの声は、夜の静けさのなかであるためによく通っているが、ざわめいたなかで
は溶けこんでいるために聞こえそうもないほどの大きさであった。彼自身が意図してのこ
とか、無意識であるかは計りかねるが。
「つまり、あいつが闇のなかにおちたときは、お前が引きあげるみたいな関係か」
「いや、そのときは、俺も一緒におちてると思う」
 普通ではないような、それでいて堂々とした答えに、意図を計りかねて、困惑したよう
に顔をしかめるアルファース。
「重圧にあらがえるとも思えないし、引力に逆らえるとも思えない。そもそも、俺自身が、
だれかを上から引きあげるということを望んでいないかもしれない」
「余計にわからなくなったぞ。……いや、分かったような気もするが」
「うん、言ってる俺がいちばんわかってないと思う」
 かく言うレキセイの表情は、ほほえんでいるようでもあり、考えこんでいるようでもあ
る。
 アルファースは、あきれているというふうでもないが、ひと呼吸した後、
「お前、寝起きはいいほうか?」
「……? だれかの声か物音がすればすぐに起きれるけど……」
「だったら先に寝てろ。俺が起きてられなくなったら起こすから」
 辺りは静まりかえっており、草木が生えているとはいえ、野生の動物に襲われそうな気
配はしない。しかし、それよりも危険なものが潜んでいる可能性は高く、安全な場所は、
既にどこにもない。野営をするならば、だれかひとりは見張りに就く必要があるだろう。
「わかった。それじゃ、先に寝てる。おやすみ」
 レキセイは、そう告げると、テントのなかへ身を沈めるかのようにしていく。
「ああ」
 そして、アルファースの応答を合図にするかのように、眠りへとおちていった。

 夢。以前にも見た光景。
 四方を壁に囲まれた、薄暗い空間。人の姿さえ見当たらない。
 出口を、そして、そこにいるだれかをさがしもとめて歩く、彼。
 壁越しからの、か細い、それでいてうめくような、少女の声。ときおり、そこから響い
てくる、助けをもとめて壁をたたく音。そんな悪夢。
 ――彼女を連れ出さなければ。
 彼は、そう発したつもりだったが、声が出ず、言葉として紡ぐことはままならなかった。
 経っているのかもわからない時が過ぎていくにつれ、辺りは白みはじめる。冷たい霧の
ように。
 ――待ってくれ、まだ目覚めないでくれ。
 彼がそう願おうとも、目覚めのときはいやおうなしにやってくる。死と同じように、等
しく。
 そう、どれほど必死に世界を見ようとして、時を引き延ばしても、限界は訪れる。
 やがて、彼の視界は、息絶えるかのように、徐々に白く染まっていく。

「…………い。おい、レキセイ」
 まどろみのなか、彼の名を呼ぶ――男の声。
 彼、レキセイは、その声を合図に、ぱちりと目をひらき、緩やかな動作で身体を起こす。
「限界だ、見張りを変わってくれ」
 先ほどの声のぬし、アルファースは、気だるそうにそう言うと、大きなあくびをした。
「うん、お疲れさま」
 そして、レキセイに応答する余裕がなく、テントに入るやいなや、すぐさま寝入った。
本当に、起きていられる限界まで見張りをしていたのだろう。
 一瞬、隣で深く寝入っているリーナへと目を向けるレキセイ。特段に変わった様子のな
いことを認識すると、外へと出ていき、見張りに就く。
 時刻は三時をまわっており、夜明け前といえる。はるか上のほうできらめいていた星た
ちは影を潜め、闇がひろがっている。
 レキセイは、たよりなくともっている電灯の横で、明けそうにないと錯覚させられるほ
どの暗さの空を眺めていた。
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