翌朝、レキセイにあてがわれていた病室で、彼は寝台の上で上体を起こしており、リー
ナはこの場に置かれていたいすに座って対話をしていた。
「どう? ちょっとは落ち着いた?」
「うん。大丈夫なんだけど……やっぱり人の死には慣れなくて」
「まあ、レキセイならそうよね」
「ええと、ごめん。なんだか世話をかけっぱなしで」
リーナは、きょとんとした様子を見せたかと思いきや、見る間にいたずらっぽい表情を
のぞかせ、
「いいわよ。久しぶりに、リーナにもなにかご本を読んでくれれば」
さも名案といわんばかりに言う。
「…………? それぐらいならいいけど……」
レキセイは、なぜ急にそう持ち出されたのかが分からず不思議そうであったが、リーナ
のうれしそうな顔を見てはそれも吹き飛び、
「なにかリクエストはある?」
「ええ、旅人と、道中で出会う茶屋の女主人のお話がいいわ」
「ああ、そういえば、リーナはあの話がいちばん好きだって言ってたな」
「へえ、よく覚えてるのね」
「そうだ、ついでに、ケイトの病室に持っていって、そこで読もうか。それと、この町の
人たちに、両親の手がかりを聞けるといいんだけど……」
「分かったわ。それじゃあ、あのこわいお医者さんに見つからないあいだに、まずは聞き
こみに行って、それからご本を買って、ケイトたちのところへ行きましょ」
話がまとまったそのとき、
「だーれがこわいお医者さんだってー?」
この部屋の扉のほうから、間延びした、それでいてうらめしそうな声がした。
「わあ! 見つかっちゃった」
「さも当然といったように外出しようとするな。本来は絶対安静の必要があって、昨日の
許可は特例だったんだからな」
そう告げられ、リーナがほおをふくらませていると、
「そうだ。あなたにも聞こうと思ってたことがあるんです」
医師の目を見すえてそう述べるレキセイ。
旅の目的は両親をさがすことにあり、しかしこれといった手がかりはない。当てにでき
るものといえば、彼の両親が付けたこの『レキセイ』という名前と、遺伝でしかありえな
いだろうこの銀髪ぐらいなものであることを告げた。
「そうか、それはまた難儀なことだな。申し訳ないが、わたしにも心当たりはないんだ」
「そういうわけだからね、リーナたち、どうしても聞きこみをしにいかなきゃならないの」
すると、もっともなことだと言わんばかりに主張するリーナ。
「むうう、そう言われるとなにも言えなくなるが……」
「でしょう?」
「ただし! 昼食の時間までには戻って来い。それと、危なくなったらお前が連れ戻しに
来い」
「分かってるってば。それじゃあ、レキセイ、行きましょ」
リーナが半ば強引に許可を得ると、レキセイも寝台から抜け出し、
「あの、ありがとうございます」
「はあ……、礼を言ってほしかったわけじゃないんだがなあ」
そうつぶやく医師を残して、この部屋を後にしていった。
外には人の姿は相変わらずなく、平たんに舗装された通りに、木やれんがなどで造られ
た建物が建ちならんでいるのみであった。変わったところがあるといえば、焼け落ちた酒
場のがれきが、昨日よりはだいぶ片づけられているということか。
そんななかの一角を、昨日と変わらず歩いている影がふたつ。レキセイとリーナは、広
場のほうへと向かっている。
広場のほうには、相変わらず幾張かのテントが広げられており、そこで寝泊りをしてい
る人々の姿も確認できる。違っているところといえば、人々は、気力を完全に取り戻した
というわけではなさそうだが、物資を配り合ったりなど、緩やかでありながら協力の姿勢
がうかがえる。
その場を守備しているLSSの団員たちの姿もそこにあった。今しがたやってきたレキ
セイとリーナは、ひとまず彼らに声を掛ける。
「あの、すみません」
「お、昨日会ったふたり組じゃねえか」
「なんだ? 知ってるやつらか?」
レキセイとリーナが昨日も言葉を交わした団員と、団員と思しき、初対面である者のふ
たり。
「俺も昨日初めて話したんだけどな。こいつらもリベラルなんだとさ」
リベラル――LSSとその団員たちの通称。
「ほお……」
彼のほうも、見るからにまだ成人していないレキセイとリーナが同業者であることを疑
問に思うでもなく、感心するでもなく、ただそう応じた。
「そういえば、お前、レキセイだったか。昨日はえらい顔色が悪そうだったが大丈夫なの
か? まあ、今はそれほどでもなさそうだが」
「はい、どうにか。いきなり知ったことだったので、少し驚いて……」
「ねえ、レキセイ。あのことを聞こうとしてたんじゃないの?」
落ち着きがなく間の抜けた調子で答えるレキセイにしびれを切らせたのか、話に入りこ
むリーナ。
「うん、そうだった……」
そちらの話に焦点を合わせると、、生き別れた両親をさがす目的で旅をしていることや、
現時点で当てになりそうな事柄を告げるレキセイ。
「そうか……。だが、心当たりはない。俺の場合、仮にすれ違っていても、気づかないか
覚えてない可能性のほうが高い」
「まあ、俺も含めて、そこにいるのがだれなのかなんてことは、気にとめるような気風じ
ゃねえからな。だれに聞いても同じだと思うぞ」
うちひとりが答えると、もうひとりが弁明する。
「そうだ、あまり勧めたくはないが……。ディルトやリーゼフのほうで聞いてみるっての
はどうだ? 競売や賭博が盛んなツイン都市というだけあって情報通も多いと聞く」
「でも、裏社会に関してはだろ? それ以外のことはどうだかな」
そして、うちひとりが代案を出し、もうひとりが吟味する。
「わかりました。どちらにしても、そこにはわたるつもりでしたから、ひとまずはそうし
てみます」
対して、きっぱりとそう答えるレキセイ。
「おいおい、本気か? まあ、やめろとは言わんが」
こうして話を終えると、レキセイとリーナは、もうひとつの目的である、本を購入した
後にケイトのいる病室へ向かう。
レキセイの語り口は、相変わらず演技性に富んでいた。自らをも役者のひとりに仕立て
あげるほどに。
後日、焼け落ちた酒場の復旧もだいぶ進んだ頃。通りにも、人の姿が散見できる。
そんななかを歩いている、ふたつの影。レキセイとリーナは、広場のほうへと足を運ん
でいた。
広場のほうでは、相変わらずテントを張って寝泊りをしている人々もいるが、少なくと
も、ぼうぜんと座りこんでいたり、テントのなかにこもっている者はいないようである。
彼らは、物資を配り合ったり、重量の資材を共同で運んだりしている。
そして、視察しているらしい、それなりに身なりがよく、貫ろくもある男性がいた。
「あ、市長さんだ」
リーナがそう言うと彼のほうへと向かうと、レキセイもそれに続いていく。
「む、君たちは」
市長は、迷惑そうに、それでいて邪険にはできないといった様子でふたりを見やる。
「なんだね、こんなところまで」
「いえ、特になにというわけでもありませんが、様子を見にきたんです」
「見てのとおり、復興に向けて動いてる段階で、まだ進展はない」
レキセイは、取りつく島もないといったところだ。
「レキセイがあのときにボタンを連打しこと、まだ根に持ってるんじゃないの?」
リーナがそう投げかけると、
「その節は、突き出ているものを、周囲と同じ位置に収めようとしてつい意地になってし
まって失礼しました」
真に受けたためか、あくまで必死に謝罪するレキセイ。そんな彼の様子に、市長は脱力
したようである。
「まあいい、一度ならず二度までも市民を助けてくれたことに関しては感謝する」
「あ、それから、そのことで忙しかったときに、資金を振りこんでいただいてありがとう
ございました」
レキセイからそう述べられると、市長は、今度こそ敵意をなくしたようであった。
「市民たちのことなら気にしなくて構わん。いざというときには骨身を惜しまないからな。
それに、今回の騒ぎの元となったのは、その場に居合わせてた者たちの証言と、住民票を
併せて確認した結果、市民以外の者であると思われる」
「……え?」
「今回も、リベラルの支部のほうに、謝礼として幾らか振りこんでおく。今後の旅にでも
役だてるがいい」
市長は、レキセイがあっけにとられている合間に続けてそう述べると、口をはさませる
すきを与えることなく、その場を後にしていった。
「変なの……」
そんな市長の背に向かって、リーナはそう一言つぶやいた。
しばらくすると、レキセイとリーナは、ケイトのいる病室へと向かう。再び旅だつ前の
あいさつであった。
「あ! おーい、兄ちゃん、姉ちゃん」
レキセイとリーナが着くと、以前よりはだいぶ顔色のよいケイトが出迎える。そばには、
ケイトの母親である女性もいる。
「ケイト、元気そうだな」
「へへ、まあね。兄ちゃんも、だいぶ傷が治ってきたみたいだな」
「うん、治りが早いのだけがとりえだから」
「それで、今日も遊びに来てくれたんだろ」
「それもあるんだけど、今日は話があって来たんだ」
レキセイは、そう切りだした後、傷が快方に向かっていることもあって再び旅に出るこ
とを告げた。
「えー! ってことは、もう会えないってことじゃないか」
「いや、目的を達成できたら、また会いにくる」
「ほんとか?」
「いつになるかはわからないけど、お互い生きていれば必ず」
「うー、わかった。じゃあ、俺、生きてるから。絶対、ぜーったい約束だからな」
「うん、約束だ……」
こうして、彼らは、送別の意もこめて、楽しいひとときを過ごした。
帰り際にも、レキセイは、しばらく目に焼きついて離れなかった。惜しむことなく、紛
れのないいつくしみをこめる母と、それを受けて健やかな表情を浮かべる子の姿が。
このクロヴィネアの一角に設けられている、LSSの支部の建物。内部の床は以前にも
まして泥にまみれており、やや傷んだ木造の机と椅子に掲示板、天井に吊るされた簡素な
電灯は相変わらずであった。
その窓口のほうで構えている、中年といった容貌の、がっちりとした体格の男性。そし
て、彼に向かい合うようにしてたたずんでいる、レキセイとリーナの姿。
「そうか、旅を再開することにしたか」
口を開いたのは、窓口のほうにいる男性。
「はい、傷も治ってきましたし、早速ディルト・リーゼフのほうへ行ってみようと思いま
す」
そして、そうきっぱりと答えるレキセイ。
「とはいえ、まだ本調子ではないのだろう」
「もちろん、戦闘となると、いつもの力は出ないと思います。しかし、体調自体は万全な
ので大丈夫です」
ちなみに、レキセイの主治医は、
「いいか、なんども言ってるが、本来ならあと数日はじっとしてもらいたいところを、治
癒力が高いのと、リベラルの団員だからある程度は体調管理できるだろうという意向で、
特別のなかでも特別に許可したんだからな。覚えてろよー!」
と、最後のほうの不穏な言葉とともに、金切り声でまくしたてていた。
「ふむ、道中気をつけてな。またなにかあれば、ほかの支部を通じて連絡するといい」
男性は、それ以上せんさくするでもなく、それだけを言って、ふたりを送り出した。
外は相変わらずの景色で、人通りもそこそこあり、抜けるような青空がひろがっている。
LSSという看板が掲げられている建物から出てくるレキセイとリーナ。
「ええと、ディルト・リーゼフ方面はこっちだったか」
「うん。にぎやかなところみたいだから、楽しみだわ」
楽しげでいてどことなく感じが細やかな印象である少女――リーナの姿を、レキセイは、
いつくしみとも懐かしみともとれる面持ちで、そっと眺めていた。
そんなふたりが、都の出入口のほうまでやってきたところで、人影をとらえる。
その姿からするに男性であると思われるが、うつむいているため、顔はわからない。目
だったところといえば、彼自身の身長ほどもある剣を携えていることと、この空に勝ると
も劣らないほどに鮮やかな色の髪。
「そこの人、どうかされましたか」
レキセイとリーナが駆け寄ったところで、
「――――っ、ちくしょう……!」
空色の髪をした男は、顔をしかめ、それだけの言葉をはき捨てると、ふたりの姿に気が
ついた様子もなく、都の外へと駆け出していった。
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