外には飲食店が建ちならんでおり、通りも平たんに舗装されていることから、人の行き
交いも盛んでありそうなものだ。
しかし、人の姿は見あたらない。おもに木やれんがで造られた建物が続いている。目だ
つ場所といえば、焼け落ちてから幾日か経った酒場と、火が燃え移った跡の残るその周囲
の蔵や民家。よほどの大火事だったためか、被害は広範囲にわたったようだ。
そんな一角にある、ふたつの人影。青年と少年の中間ほどの彼と、彼よりやや年下だと
思しき少女。レキセイとリーナが、病舎から出てきたところであった。
レキセイのほうは身体じゅうに包帯が巻かれているほどの大けがを負っているが、当人
は気にとめた様子もなく、
「そういえば、ケイトは自宅のほうにいるのか? それに、人の気配がしないけど、みん
などこに行ったんだろう」
辺りを見まわしながらそんな疑問を口にする。
「ケイトは別の病院にいるわ。まずはそこから案内するわね」
かく言うリーナからは、先ほどまでの元気な様子は見うけられない。だた真顔で告げた
かと思いきや、進路へと向きなおり、流れるように足を歩める。
レキセイは、リーナの様子から胸騒ぎを覚えたようであるが、ひとまずは遅れをとらな
いよう、彼女に続いていった。
左右に幾つかの部屋がならんだ、やや幅ひろい通路。天井や床、壁はやや薄汚れており、
白を基調としている。そこを歩いている、ふたつの足音。
彼らは、目的の部屋の前に着くと、足をとめる。
「この部屋か……?」
そうたずねたのは彼のほうである。
彼女のほうは、それに答えるでもなく、かすかにうなずいたようなしぐさをするやいな
や、緩やかな動作で向きなおって、
「おおーい。レキセイが目を覚ましたよ。連れてきたよお」
声だけを聞いていると元気な調子でそう言いながら扉を叩く。
なかから扉をひらいたのは、ひとりの女性。
「あ……」
そして、レキセイの姿に気が付くと、小さく声をあげた。
彼らより奥の窓際の寝台では、十歳前後の少年が横たわっていた。顔色は決して優れて
いるとはいえないが、呼吸は安定している。
「あの、その節は本当にありがとうございました。おかげさまで、息子もこうして助かり
ました」
腰を深く曲げ、心の底からありがたそうに述べる、少年の母親であるらしい彼女。
「ええと、あのときは、俺のなかの警報機がフル稼働して、つい勢いづいただけでござる
から、どうか頭を上げてくだされ」
頭を下げられたレキセイのほうがあわてふためいているようで、訳が分からなくなって
いた。
「う……ん」
そのときだった。時機を計らったかのように少年が目をあけたのは。
「ケイト!」
すると、すぐさま少年のもとへ駆け寄る、母親である女性。
「ケイト、お母さんよ。わかる?」
「あれ……お母さん?」
少年、ケイトは、どことなくうつろな様子であるが、母親の姿を認識すると、満たされ
たような表情をうかがわせる。
レキセイとリーナも、流れるような動作でそこへ向かう。
「よかったわ、目を覚ましてくれて。あなた、火事のあった建物のなかに取り残されて…
…、あの人が助けてくれたのよ」
ケイトは、状況をよくのみこめていないようであるが、母の示したほうに目をやると、
「ああ! もしかして、あのときの兄ちゃん?」
さらに光のともったような笑みを浮かべてたずねた。
「あの、さ……」
当のレキセイは、ざんげをするような形相で口ごもる。
次に会ったときには遊ぶという約束をしたものの、果たせなかったことに対してなのか。
彼の意志を無視して、彼を生に縛りつける選択をしたことに対してなのか。
「もしかして、遊びに来てくれたの?」
そんなレキセイの思惑を知ってか知らずか、ケイトは、彼の姿を確認するやいなや、無
邪気な調子でたずねる。
レキセイは、目をしばたたかせると、なにかに気づいたかのように考えをめぐらせる。
そうだ、ケイトにとって、レキセイと対面したのは、町の通りでのこと以来であったのだ。
「……あれ、なんだか起きあがれないや」
ケイトの容態は、出火した酒場のなかに取り残され、気を失って以来、衰弱しており、
目を覚ましてもしばらくは起きあがることもままならないだろうというものであった。動
けるようになったとしても、数日は入院が必要だとのことだ。
「はあ、残念だな」
そうつぶやくケイトに、レキセイは、室内に置いてあった本を読み聞かせて過ごしてい
た。彼の語り口は、場面ごとの抑揚に富み、大勢の観客を相手にするような演劇性で、そ
の世界に引きこんでいた。
レキセイとリーナが再び外へ出たときは、三時をまわっており、日もややかたむいてい
るせいか、明るさがおとろえているようであった。
「それじゃあ、次は広場のほうに行ってみましょ」
気が進まないといった調子でそう提案したのはリーナのほうである。
「広場……?」
「被害を受けた家の人たちは、そこでテントを張って過ごしてるの。ボランティアのため
にいる人や、リベラルの人たちも何人か駐在してるわ」
それ以降の状態を知りたいのであれば、その者たちに聞いたほうがよいという意思表示
であるようだ。
リーナが流れるような動作で歩を進めていくと、レキセイもそれに続いていく。
広場には幾張かのテントが広げられており、そこで寝泊りをしている人々のいる様子が
うかがえる。
そんな彼らはというと、テントを背にして座りこみ、ぼんやりと空を眺めていたり、う
つむいていたりである。火事の被害に遭った者たちのみならず、ほかの住民たちの表情も
さえない。その場を守備するために立ちつくしているLSSの団員、通称リベラルの者た
ちは、どことなく硬さが残るとはいえ、思いつめているまでの様子ではなさそうだ。
ひとまず、レキセイは、リベラルのひとりに声を掛けてみた。
「ん? ここの市民か?」
「いえ、市民ではありませんが、俺たちもLSSの団員なんです」
「へえ、そうか」
その団員は、成人もしていないこのふたりに資格が取れるわけがないと疑うでもなく、
特に感心したふうでもなく、ただそう応じた。
「実は、火事のあった酒場から脱出して以来、気を失ってしまって……。それからどうな
ったのかが気になってやって来ました」
「ということは、そこに取り残された子どもを救出したやつというのはお前のことか」
身体じゅうに包帯を巻いていることも相まって、それがレキセイであったことを察した
ようだ。
「はい。それよりも……、軽傷では済まなかった人もいるというようなことを聞いたので
すが、どうなってるでしょうか」
「…………」
レキセイにそうたずねられると、重苦しい息をはく。
そして、ゆらりとひらかれた口から告げられたのは、
「この広場で暴れて、市民に危害を加えた三人の賊がいただろ。そいつらを収容してた場
所というのが、出火した酒場の隣にある蔵なんだが……」
そこまで聞くと、レキセイは、凍りついたような表情になる。ここから先のことは大体
の想像が付いたようだ。その賊の行為をとめに入った者はほかでもない、レキセイとリー
ナなのだからなおさら気にかかるのだろう。
「そこにも燃え移ってな、そいつら全員焼死したんだ」
そうはっきり聞かされると、レキセイは、今度こそ全身が蒼白になり、立っているのも
やっとであるといったところだ。
「それで、そのことを知った市民たちは、気が狂ったかと思うほどに喜びをあらわにして
たのだが、むざんなまでの遺体を見るや、急にあのような状態になって……」
その後の説明は、レキセイの耳には入っていないようだ。
「まったく、喜ぶのか沈みこむのか、ちゃんとどっちかにしてほしいわね」
先ほどから黙って聞いていたリーナが会話に入ってきた。それは、あくまでも、矛盾を
受けつけられない純粋さから出てきた言葉であった。
「あ、ああ。ところで、そいつ、どうかしたのか」
「ごめんなさいね。レキセイには刺激が強すぎたみたい。ひとまず、帰らせておくから、
お話の続きはまた今度ね」
にこやかに、お辞儀をするような動作でリーナがそう述べると、レキセイの背を押すか
たちでその場を後にしていった。
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