市長の屋敷の内部にある通路。一見すると飾りけがない、豪奢な造りの電灯が、一定の
間隔で、壁に設置されている。清潔感の保たれたその場が、煌々と照らしだされているよ
うであった。
そこには、およそ不釣合いな、全身を黒い服で包み、サングラスを装着している男がふ
たり。彼らは、銃を構えており、なにかを探るように、辺りを警戒している。
そのとき、不意に、背後からかげりが差す。
彼らが振り返り、銃口を向けた先には――二灯ほど、消えいりそうな電灯があった。
彼らは、舌打ちすると、再び進路を戻っていく。
すると――今度は、ひゅんと、乾いたような音が聞こえてくる。
彼らは、音のしたほうへ振り向いた。それと同時に、眼前は、霧のようなものに覆われ
る。
「――うわ!」
彼らが驚きの声をあげた刹那、びゅんと、先ほどよりひときわ大きな、風を切るような
音がした。
煙幕がほぼ振り払われ、視界がひらけた先には、青年と少年の中間ぐらいの容ぼうの彼、
レキセイが立っていた。二挺の銃を抱えて。
男たちは、自身の手のほうへ目をやると、
「――な……!? おまえ、いつのまに」
そして、そうあっけに取られている合間にも、
「とりゃあ」
レキセイの相棒である彼女、リーナが、うちひとりの男を槍でけん制する。男が均衡を
崩したすきに、リーナは、彼の背後へまわりこみ、槍で殴りつける。
レキセイのほうも、自身の足で、もうひとりの男の足もとを崩し、転倒させる。そのす
きに、足をけりあげ、男の背骨の部分を打ちつけた。
男たちがもだえている合間に、レキセイは、リーナに目配せした後、銃を抱えたまま、
来た道を戻る方向へ走りだす。リーナも、すぐさまその意図を解したようで、彼の後を追
いかけていった。
レキセイとリーナは、目的地へと向かうため、通路を走っている。
レキセイが先を行き、リーナが後に続くかたちである。いや、彼のほうが、彼女の走る
速さを把握したうえで合わせているといったほうが適切か。
「ね、ねえ、レキセイ。これって、なんだか、水路のほうへ戻ってってるみたいだけど」
「うん。銃器は、水につけてしまえば使えなくなるから」
息を切らせながら会話を交わすふたり。
先ほど鉢合わせた男たちとの交戦が身体に響いたのか、レキセイの顔色は優れない。リ
ーナのほうは、一見なんともなさそうであるが、体力が落ちていることは見てとれた。
やがて、地下にある水路へ続く、隠し通路のある部屋へとたどり着く。
レキセイは、足を滑らせることなく、階段を下り、銃を水路のほうへと投げすてる。
すると、ぼちゃんと音が二重に響き、二挺の銃は沈んでいった。
それを確認したレキセイは、両手をひざに付き、うなだれたような格好で、
「こ、これで、一安心。だけど、早く、市長を見つけないと……」
「ええ。ここも見つからないうちに退散したほうがいいわね」
レキセイとリーナは、再び通路を走る。たどり着く場所は定まっていないようであるが、
なにかをさがしているといったふうであった。
こころなしか、ふたりの足取りは、先ほどよりさらにおぼつかない。
やがて、先ほど敵と交戦した場所の近くまで来ると、
「――いたぞ!」
「あいつらか!?」
と、男ふたりの声が飛んできた。
「わ、あいつら、もう復活したの?」
「いや、違う。彼らは――」
先ほど交戦した男たちではない。彼らはというと、壁にもたれて座りこんでいる。
今しがた声を発した男たちも、全身を黒い服で身を包み、サングラスを装着している。
しかし、その場で伸びている男たちとは似つかないほど、がっちりとした体つきである。
「屋敷の門前で警備してたやつらだ」
それだけに、この都の住人たちの目に付かないようにするためか、武器の類は持ってい
ないようである。
レキセイが、忍者のような俊足で、男のほうへ向かって体当たりをしようとする。リー
ナも、もう一方の男のほうへと槍を突きだした。
しかし、槍による攻撃はかわされ、すばやい体当たりも、寸のところで防御されること
となる。
後ろへと飛びのき、体勢を整えるレキセイ。リーナも、槍を構えなおす。
レキセイとリーナは、一瞬、顔を見合わせる。すると、互いになにか通じたのか、意を
決したようにうなずき合う。
そして、レキセイのほうが、男ふたりのうちどちらに向かってやってきているのやら、
判別がつかないほどに、ただ突進していく。
ひとりへ拳を突きだし、もうひとりの足もとを崩そうとしていたのでは、やはり防御さ
れ、体勢までも不利になるものである。
そこで、リーナが、
「せいやあ!」
という掛け声とともに突きだした槍は、油断していた敵の急所を突いていた。
「ぐ……お……」
一方の敵が体勢を崩したすきに、レキセイは、即座に、もう一方の敵を背負うようにし
て前方へと投げる。ただ、大きな体つきの相手だったためか、レキセイのほうも、立ちき
れずに、床へと打ちつけられた。火事場のばかぢからというものであったようだ。
そして、リーナは、レキセイに投げつけられた相手へのとどめも忘れない。
「ち……く、しょ……」
「おい、全員立て。一時撤退だ」
そして、ひとりの声を合図とするかたちで、男たちはぞろぞろと立ち上がり、この場か
ら去っていく。
「ああ、待てえ」
どうにか立っているといった様子で言うリーナ。
レキセイも、両手を床につけ、どうにか立ち上がると、男たちの逃走していったほうへ、
おぼつかない足どりで向かっていく。リーナも、それに続いていった。
レキセイならば、彼らを捕らえることなど造作ないはずであるが、体力をひどく使って
しまったためか、見失わないよう追いかけるだけで精一杯であるようだ。
男たちは、階段の近くに到着するやいなや、そこをのぼりはじめる。逃走するための経
路としては不適切であると言わざるを得ないが、そこを問題としている余裕はなさそうで
あった。
彼らを追い、たどり着いた先は屋上の庭園であった。
レキセイとリーナは、出入口のほうで、おどろいたように、追っていた足をとめる。
そこには、およそ不似合いなものが置かれている。数人が乗れるほどの、小型の船とい
ったようなもの。額の部分には、電灯が取り付けられている。ほかに、目立つ箇所といえ
ば、その頭の部分。一本の軸から、数枚に分かれた羽状のものが垂直に付いていた。それ
の幅は、本体よりやや広め。
彼らが船に乗りこんだ瞬間、うめくような轟音と、耳鳴りがするほどの高い音がまじり
合って響く。レキセイとリーナの向かい側からは、突風がやってくる。
ただぼうぜんと立ちつくすレキセイと、腕で顔をかばうようにしているリーナ。
風が治まり、ふたりの視界がひらけたその先では、船が――飛んでいた。
高く高くのぼっていくと、空の彼方へと消え去っていった。
「こらあ、待てえ」
いたずらをして逃げ去っていく子どもへ向かって言うような調子のリーナ。
今まで立ちつくしていたらしいレキセイが、はっとした様子で、
「リーナ」
相棒である少女の名前を叫ぶと、彼女はすぐさま彼のほうへと向き直る。
「今は、市長のところへ急ごう。このまま放っておいたら危険だ」
焦燥している様子のレキセイに、リーナは、なにを言うでもなく、流れるような動作で
うなずく。
レキセイが引き返していくと、リーナもそれに続くかたちでその場を後にしていった。
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