セルヴァールの町並みは、朽ちた城のような外観の建物で構成されていた。それが、襲
撃してきた怪物の群れによってさらに崩壊されたのだ。
しかし、そのことから、人々の生活はもとより不便なこと必至であったためか、さほど
混乱を来さずに済んだ。学問に身を置いていた者が多くいたためか、それにともなって最
善の判断を下せる者も多くいたことが幸いしたようだ。王都からの物資の運搬が手早くな
されたということに関しても大いにあった。現在は復旧にいそしんでおり、生活のことな
どに関しては援助し合いながら過ごしている。
ときに、けがをした者は重軽傷を含めて大多数であるが、死者は出ていない。これも武
術に優れた者が多くいたことが幸いしたのだろう。
後日、復旧もおおかた進み、人々の心にも平安がもたらされた頃。町の広場を取り囲む
ようにして集まっている彼ら。けがが治りきっておらず、包帯を巻いたままの者が大半で
ある。その場からはどよめきの声がひろがっているが、期待をいだいているかのような声
にも包まれている。広場の中央には、ふたりの若者が向き合うようにして立っていた。レ
オンとアレク、この町を襲ってきた怪物たちの親分を撃退した、功労者であるふたり。両
者は、それぞれが本物のつるぎを手にして相対している。レオンは、出立の餞別にと授け
られた、王家に伝わるとされるものを。アレクは、露店で武具を売っていた祖父から受け
取った、なかでもいちばんの業物を。どちらも、人を切るために特化されているものでは
ないが、扱いを間違えれば命取りとなるだろう。
「なあ、どっちが勝つと思う?」
「アレクだな、やっぱり」
「いいや、レオンのほうもなかなかやりそうだ。それに、魔術まで使って怪物のボスを撃
退したらしい」
「へえ、人は見かけによらないわね」
「確かこれ、使える技は全て使用していいってルールだったわよね」
「てことは、勝負の行方はやっぱり分からないってことだな」
「ああ、剣術に加え、回復と攻撃の魔術を使いこなすレオン。そして、剣術に関しては達
人の域であり、魔術をもつるぎではじくといわれているアレクの戦いだ」
そして、人々の声はますます熱を帯びていく。
さて、このような状況になったいきさつは、怪物を全て撃退した後に倒れこんだレオン
とアレクが、目を覚ました頃にまでさかのぼる。
目を覚ましたレオンの頭上には、鮮やかなまでの青空がひろがっていた。そうはいって
も、あれきり屋外で横たわっていたわけでもない。彼が眠っていたのは、建物のなかにあ
る寝台の上だ。ここの天井は、どうやら怪物たちの襲撃によって壊されたようである。
レオンが流れるような動作で上体を起こすとともに響く、骨がきしむ音。彼自身、無傷
とで済んだわけではないが、骨折するのは免れた。古びた寝台と、やや傷んだ床に力が加
わった音である。その割りには手入れが行き届いている。寝台の横にある棚の上には、彼
が起きたときのために、一杯の水と一斤のパンが置かれていた。
「おや、目が覚めたかね」
部屋の奥のほうから聞こえてきた、しわがれたような声。
「あ、おじいさん」
声のぬしは、レオンにもなじみのある顔、この町の広場で武具を売っていた老人であっ
た。
「ここはどこ?」
「ふおっふぉ。わしの家じゃよ」
「え。ということは、アレクの家? そうだ、アレクはどうなったの」
「やつなら、外のほうで、住人たちに囲まれて祝勝されておったぞい」
「それじゃ、僕も行ってくるよ」
そう告げると、レオンも、外のほうへと歩きだしていく。
町の景観は、建物がからがらと崩れ落ちた後であり、抜け殻であることをほうふつさせ
る。それは、一夜にして滅びた文明のなごりさながらである。
しばらく歩いたところで、人が多く集まっており、その中心にいるアレクの姿を見つけ
たレオン。アレクは丁重になにかを否定しているようだ。惨事の始末をつけたアレクに、
人々は次々に賛辞の言葉を述べている。心酔している者までいるほどである。そんな午後
三時、レオンはその光景を眺めていた。
ようやく、レオンにも、アレクと話す時機がやって来た頃。
「貴様はなぜ旅をしている?」
そうたずねたのはアレクであった。突然のことで小首をかしげるレオン。
「剣術に関しては訓練されてるようだからな。それに、育ちも悪くなさそうだ。そんなや
つが遊びで、そのうえ突発的に旅に出ようとするとは考えにくくなったんだ」
「うん、ちょっとね。世界を見てまわりたくなったんだ」
もちろん、視察であると言うわけにはいかず、適当にお茶を濁す。
「親やその代わりの者たちが心配するだろう。できれば早く帰ることをすすめるが」
幸いというべきか、アレクもそれほど深く詮索する性質ではないようだ。
「それがね、終わるまで帰ってきたらだめなんだって。行くときも盛大に追い出されたか
らね」
そう聞いたアレクの眉間にしわが寄る。レオンののん気なまでの表情がさらにそうさせ
るのだろう。レオンとて、世間の見聞を広めるとともに、即位する前の儀式であることを
告げるわけにはいかないのだ。ちなみに、追い出されたではなく、送り届けられたの間違
いであり、それは城の者たちによる祝賀会であった。おそらく、そうした事情を飲みこみ
きれていないアレクのなかでは、レオンの親に対する印象は最悪のものとして映ったこと
だろう。
「……その旅、やっぱり俺も同行する。連れていってくれ」
「え。それは願ったりかなったりだけど、町の人たちのことはいいの?」
「構わん。なかなかたくましいやつらだ。じじいだっていることだしな。それに、貴様の
親に会って言いたいこともある」
「どうかなあ。たのんでみたら会えるかもしれないけど……」
はあ。そんな音を隠そうともせずにため息をつくアレク。何様のつもりであるのだろう
振る舞いにおこる気力もそげたようだ。レオンの親は王様であり、特別の身分や地位を持
たない者に会うことは滅多にない。アレクに、そのようなことを知る由もないのだ。そも
そも、レオンの一挙一動から王子であることを察するのは不可能に近い。
「ともかく、俺は貴様に付きあう。そこでだ」
アレクは、そう言って、携えていたつるぎを手にして、
「貴様の持ってるそのつるぎと、このつるぎで一騎打ちをしてくれ。無論、魔術も使って
構わん。一緒に旅をするなら、互いの動きを体感で把握しておいたほうがいいだろうから
な」
こうして現在に至る。次第に事はひろまっていき、人々を広場の中央あたりに近づけさ
せないよう、整理や誘導をする役割を買って出る者たちも現れた。審判の役は、レオンも
アレクもよく知っている、あの老人である。
「両者構えじゃ」
レオンとアレクは、その声を合図に、戦いの姿勢をとり、
「では始め」
そして、どちらからともなくつるぎを交える。あまりにも鋭い音に、一斉に息をのむ観
客たち。間合いをとるため、互いに後ろへと下がる両者。やはりというべきか、力と腕前
ではアレクが上まわる。
剣術のみでは勝ち目はないと判断したレオンは、中魔法を発動するための詠唱に入るも、
「――遅い!」
一瞬も動きをとめないアレクによって阻止された。
それでもどうにか防御が間に合ったレオンは、そのままアレクとつるぎを交え、一進一
退を繰り返す。そうなるとアレクのほうが有利であるため、レオンの体力が消耗して負け
となるのも時間の問題である。
そこで、すきを見て、高く跳躍するレオン。予想外の動きであったためか、観客たちは
一斉に上を見やって、感嘆の声をあげる。彼は、勢いをつけて、アレクのほうへとつるぎ
を振り下ろした。アレクはというと、退避はできたものの、多少の打撃は受けたようだ。
そのことによって、観客たちの声はますます熱を帯びていった。
ようやく一息つくレオン。その合間にも、即座に体勢を立て直したアレクの、次の攻撃。
レオンもはっと気づいたようで、魔術の詠唱に入った。もしかすると、小魔法であるなら
ば間に合うかもしれないという願掛けとともに。希望は通じたらしく、地の魔術によって
生じた岩石が、アレクに向かって突進する。
すると、アレクは、つるぎを横に向けて構え、盾の代わりにして防御の姿勢をとった。
痛手は最小限に抑えられたようだ。次は攻撃を命中させるべく、防ぎきれないであろう属
性、火の小魔法を唱えるレオン。そうして出現した火の玉が彼に向かっていった。
今度は、守りではなく攻めの構えをとるアレク。火の玉に向かってつるぎを突き出した
かと思いきや、そのままなぎ払い、それを消滅させていった。
あっけにとられているレオン。彼のそんな戸惑いを待ってくれるはずもなく、アレクは
再びレオンのもとへと飛びこんで技を繰り出し、高速で十字に切りつける。全くの無防備
であったレオンは、大幅に打撃を受けた。
レオンが、体勢を立て直すべく回復の魔術を唱えようとするにも間に合いそうもない。
アレクとの距離は近く、その彼のほうも一息つく様子すらなく、次の攻撃が繰り出されそ
うな勢いなのだ。彼の剣術のなかでも恐るべきとされる、光のような速さである、連続し
た切り。
もはやアレクが勝ったも同然だというのに、彼は手加減する様子もなく、ひたすら決着
をつけようとしている。観客たちの間でひろがっていくどよめき。アレクはそれに気を取
られることもなく、とどめの一撃をこうむらせた。
あまりの激痛でその場に倒れこむレオンに、息をのんで事の成りゆきを見守る観客たち。
「五、四、三」
レオンが立ち上がるまでの秒読みを始める、審判である老人。
「二、一……」
その結果は、
「レオン、戦闘不能。よって、勝者アレク」
そう告げられると、歓喜やら怒声やら、混沌とした反応を示す観客たち。
「はあ、やっぱり敵わなかったかあ」
そして、残念そうに、それでいてすがすがしそうにそう発するレオン。
「いや、歯ごたえはあった。今までのなかでも特にといっていいほどだ」
アレクは、勝利の余韻に浸るでもなく、レオンの前に手を差し出しながら述べる。レオ
ンは、アレクの手をとって起き上がった。
つるぎとつるぎの舞踏を見終えた人々の興奮は、しばらく止むことはなかった。
その日の夜。電灯の明かりで照らしだされているものの、ほの暗さの残る部屋で旅支度
をしているアレク。
「どうじゃった、レオンと戦ってみた感想は」
そうたずねてきたのは、その部屋の片隅に置かれているいすに腰を掛けている、アレク
の祖父である老人。
アレクは、荷造りする手を動かしながら、
「調子に乗って自爆する性質ではありそうだが、勘は鋭いし、相手の動きによって対処の
し方を判断するセンスは悪くないからな。見こみはある」
「ふおっふぉ。だから言ったじゃろ、付きあってやればよいとな。おぬしら、近いうちに
ここをたつのかの?」
「そうなるだろうな。あいつの旅は一刻も早く終わらせたい気がしてる」
そう言い終えると同時に、必要な物品を、背負い袋に詰め終えた。
「ならば力添えしてやるとよい。そのつるぎはくれてやるぞい。わしからの出立祝いじゃ」
「ああ。ありがたく受け取っておく。町のやつらのことはたのんだぞ」
「なーに、大丈夫じゃ。おぬしらのおかげで、彼らの士気も高まっておることじゃしな」
そして翌日。レオンとアレクは、彼をはじめとして、人々から盛大に見送られながら旅
立っていったのだった。
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