+. Page 005 | 流離い人 .+
 セルヴァールは、廃墟の城のような町並みだ。はるか昔に栄えた文明のなごりであると
いわれているのだが、王都アーメンベーレの領地に属する都市であるだけに、城跡である
ことが思いえがかれやすい。外観からはところどころが崩れ落ちているようではあるが、
内部は、人が生活していくにもじゅうぶんな空間であり、また補修も施されているため、
住み慣れている者たちにとって不自由はなさそうだ。なおそのうえに、ほかの地区からや
って来た者たちにとってはもの珍しくあるようで、観光の名所のひとつとされているほど
である。
 町のなかでも特に際だっているのが、中心部の、地面が舗装された広場。そのすぐ奥に
は、一階建てではあるが三階ほどの高さがあり、面積も大きい建物。それも例にもれなく
古びてはいるものの、手入れはしっかりとされている。それこそ、敵からの攻撃を防ぐた
めに築かれたものであると思わせるほどに。
 道行く人の姿といえば、町の外観とは対照的にごつごつとした感じの身なりである者が
多い。身軽な服装の者たちといえば、学者のような風貌である。広場には店を出している
者たちもおり、おもに武具や学用品が売られている。
 そう、セルヴァールは武術や学問が発達した町であり、それぞれの専門家やその志願者
が多く集う。広場の奥にある建物は、それらの養成機関である。ちなみに、その費用も王
家が負担している。
「ここがセルヴァールかあ。確かにちょっとお城みたいだ」
 広場のほうで、そう感嘆の声を上げたのは、凛とした顔つきではあるが、あどけなさも
残っている、成人する手前ほどの年ごろの若者。彼の出で立ちは、旅人のようであり、そ
れも貴族が身にまとうような上質のものである。武人でも学者でもないようだが、剣術を
会得していないわけでもなく、勉学を苦手としているふうでもない。実は彼、身分を隠し
て、世界じゅうを旅している王子なのだ。仮として使っている名はレオン。
「おい、おぬし」
 だれかをよぶ、ひしがれたような声。レオンの後ろからだ。
「そこの珍しいつかのつるぎを持ってるおぬしじゃ」
 レオンは、自身が呼びかけられたのだと認識すると、声のしたほうへと振り向く。そこ
には、露天で武具を売っている老人。ひどくしわのよった外見ではあるが、瞳はすべてを
見とおすかのように輝いているふうである。
「僕のこと?」
「そうじゃ。おぬし自身の剣の腕もなかなかのもののようじゃからのう。それに、ひとり
で旅をしてると見える」
「世界を見てまわりたいと思ってさ。このつるぎは、師匠からあずかったものなんだ。無
事に帰って返してくれるようにっていう願掛けでね」
 視察であるというわけにもいかないため、抽象的に述べる。師匠というのは父、つまり
王にあたるわけだが、これもあながち間違いではない。
「なるほどのう。ときに、つるぎというものは切るために作られ、そのために持つとされ
ておる。それも間違いではないが、なにかを成し遂げたいという願いをこめて作られるこ
ともある。そのつるぎとて、例外ではないかもしれぬぞ」
「なにかって?」
「そうじゃのう。おぬしは、プレアティールの伝説は知っておるかの?」
「確か、カーナル神の核となる部分で、それを守護するか破壊するかの運命を、自らが人
に与えたという……」
「ああ。もしかすると、そのためのつるぎがどこかに封印されておるか、今もどこかで製
造されておるかもしれんのう」
「ええ!?」
「ふおっふぉ。人の念というのは、良くも悪くもそれほど強いという例えじゃ。むろん、
作り手だけでなく、使い手とて同じ。おぬしの心構え次第で、そのつるぎも聖なるものに
も邪なるものにもなるというわけじゃよ」
「う、うん。でも、応戦しないといけなくなったらどうしよう」
「己の信念を見失わないことじゃな。まあ、安心せい。この町は王家の管轄じゃし、ここ
で悪さをしようと考える者は滅多におらん。それから理由はもうひとつあるのじゃが」
 と、ここまで言いかけたところで、
 ――きゃあああ……わあああ……!
 広場の奥にある建物のなかから、悲鳴とも声援とれる人々の声。
「おお。これじゃよ」
 事情をのみこめなく、首を傾げるレオン。
「町いちばんの剣豪である、アレクじゃよ。腕前ももちろんじゃが、そのときの形相まで
おそれられておってな。やつ個人どころか町に害を加えようとする者などはみな退散させ
ておる」
 それを聞いたレオンは、興味を持ったようで、目を輝かせながら、
「へえ。僕ちょっと見てくるね」
 そう告げると、その建物のほうへと駆けていった。

 道場のほうでは試合が続いており、依然として彼ひとりの圧勝であった。アレク・ダー
テリンド、町でいちばんとされる剣豪。重苦しいほどの装備である武人のなかでも、ひと
りだけ黒のコートを身にまとっている。さらに、さらりとした金髪との対比が、冷酷そう
な形相を引き立てる。年の頃は二十代なかばか、それ以下といったところか。
 この場に到着したレオンは、アレクのほうに目をやると、もっと近くで見るべく、見物
に来た人々の合間を流れるようにして前に出る。
 試合は再開したらしく、それにともなって場内もどよめく声に包まれる。
 力任せに振り上げられた木刀を、しなやかにかわすアレク。彼が手にしているのも木刀
であるが、洗練されたその構えは、本物のつるぎであると錯覚させるほどである。次にや
ってきた素早い攻撃も、難なく受けとめる彼。
 そして、アレクは、そのまま勢いをつけて木刀を振り、相手を後退させて反撃に移る。
胴にねらいを定め、そこに打ちつけた。それもまだ手加減をしているような動作であるが、
相手のほうはしびれて動けなくなったようで、傍から見ても強くぶつけられたかのようで
あった。ところどころで悲鳴もあがった。ただひとり、レオンは、目を輝かせながら眺め
ていた。
 それからも、アレクと一戦を交えては力が尽きて敗退していく者たちが絶えなかった。
彼に本気を出させるほどの腕前を持った者でも、やはり彼から一本とることはかなわなか
った。彼に挑戦しようとしていたその前に撤退する者まで出てきたほどだ。
 もうアレクの前に出ようとする者はいなく、彼も帰ろうかとしており、うたげも終わり
かと思われたそのとき……彼のほうに向かって歩く者の姿があった。上質な旅装束に身を
包み、技巧ではあるが不思議な紋様をしたつかのつるぎを携えた者、レオンだ。先ほどま
で騒いでいた人々もカタズを飲んでいる。挑戦者か。まさか。あの格好で。あのあどけな
さで。そんな困惑の数々を向けながら。
 レオンが、アレクに向かい合う位置にやって来たとき。アレクは、レオンをじろりと見
やる。怒りの感情をいだいているわけではないが、手合わせのために近づいたのではなさ
そうな彼の目的を図りかねているようだ。
 レオンは、アレクの前に手を差し出すと、
「わが名はレオン・フォールイゼン。アレクとやら。気に入った。われの旅に同行せい」
 刹那、この場にはだれの気配もないと思わせるほどに静まり返った。傍からすると、レ
オンの立ち振る舞いは、身のほど知らずのなにものでもないのだ。彼の実際の身のほどが
どうであっても。
 この場だけ、まるで時がとまってしまったかのようであった。
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