「お呼びでしょうか」
この執務室に呼び出されるような用件といえば、ろくでもないことに決まっているのだ
が、一応は形式に則ってそうたずねてみる。
「うん、呼んだよ。君だって、呼ばれたと思ったからこそ来たんでしょ」
早速、違う意味でろくでもないことを言われた。
ろくでなしの語源は、実は陸でなしであることをふと思い出す。
ろくをりくと読む六に関係があるものだと思う。
取り分け、六道を表す輪廻のことだろう。
摂理から外れた存在を表すこととして定着したといったところか。
……などという現実逃避を一瞬したのちに我に返る。
「用がないのでしたら帰りますよ」
この主に対して敬意がないわけではないが、絶対の忠誠があるわけでもないといったあ
り方を隠すつもりもなく告げる。
「ああ、待って。一応、込み入った話ではあるから」
まあ、本当にただふざけるだけのつもりではないことは確かだろうということで、一応
は聞いてみることにした。
「実は、最新鋭の飛行船に乗った客が、この総本山にやって来るかもしれないという話な
んだ。それだけに、性能もさらに高く更新された武装が施されてるという」
「それ、襲撃ではないですか」
確かに込み入った話ではある。しかし本当にろくでもないことであった。
「平たく言えばそうなるね」
あっけらかんとした調子で言うこの上司にあきれはしたが、正直に言うと、この事態も
想定の範囲内ではあったので驚きはしなかった。
はっきり言って、うらまれる理由なんてありすぎるぐらいだ。これほどの組織ともなれ
ば、いくら気高さを掲げでいようとも、後ろ暗いことだって存在する。
特に自分からすれば、犯人に同情的ですらあるぐらいだ。仮にまったく正当性のない、
ただの愉快犯だったとしても、こちら側に自業自得な部分もある以上は。
そうは言っても、当然それに甘んじるというわけにはいかないのだが。
「いずれにしても、好きにさせておくというわけにもいかない。僕たちに危険が及ぶだけ
にとどまらず、下手をすれば世界全体が衝撃を受けて戦争に突入することだってありうる」
そうなのだ、カーナル神ともなれば民衆の信仰は根深い。
その教団の総本山になにかあったとなれば、いつ争いの取っ掛かりにされてしまうやも
しれない。
カーナル神とその信徒を分けて考えている者など案外いないのだ。
「それで、その予定日までは全員滞在してそうかい」
「ええ、いますよ。わたくしを含め、ここを出る理由なんてほぼないでしょうし。――あ
なたの取り計らいのおかげでね」
このくらいの嫌味なら言ってもまったくもって問題にならない。
この男だって、自分を含む『神隠し』の構成員に、ひとりでも抜けられると困るという
意味では劣勢であるのだから。
案の定というべきか、彼はやれやれといった姿勢をとって苦笑していた。
さて、早速ほかの者たちにも知らせて、準備に取り掛かってもらうとしようか。
ゼイオス・クラインバッハ
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