実りの秋とは言うが、多くの野菜や果物が採れるのは、実は夏のほうなのだ。
みなしごたちが集うこの教会でも、人里から離れた場所にあることも相まって、生計の
大半は自給自足で賄っている。今がちょうどその収穫の時期である。豊作であるとはいえ、
そこではまだ安心しきれず、人数分の食料を調達しないことには死活問題にかかわるため、
精を出して作業に取りかからなければならないこと必至だ。
そうは言っても、重量のあるものを掘り出すのは、体力もまだ発達の段階にある子ども
たちには限界がある。そこで、彼らのなかでもそこそこ身体が成熟しているふたりの出番
だ。
ミカゲとルーインは、おのおの野菜を掘り出しては、それぞれ別の荷台へと積んでいく。
ルーインはややミカゲに対抗しているふうではある。反対に、ミカゲのほうは、ルーイン
の精のよさを見たことによって、遠慮なく動いているためか、いきいきしているようでさ
えあった。
ミカゲは、自身とルーインの収穫した野菜の量を見て、一息ついてから、
「こんなものでいいか」
その後の結果は、ミカゲのほうがやや多めに収穫したといったところなものだから、
「ミカゲの勝ちー!」
彼らの成りゆきを見守っていた子どもたちのうちひとりが、はずんだような声で告げる。
当のミカゲはといえば、目をしばたかせながら、
「あれって、勝負だったのか」
などと言っていて、本当になにもわかっていないあんばいであるものだから、ほかの子
どもたちはあんぐりとするほかなかった。ミカゲの相手であるルーインは、ある程度の予
想は付いていたためか、ひとつため息をついたのみであった。
夕食を終え、時刻も夜に差しかかると、子どもたちは就寝の準備にとりかかる――でも
なく、はしゃいだ様子で、教会の近くにある草原へと向かう。彼らが一斉に走り去ってい
った後、ミカゲとルーインは、水の入ったバケツとなにかを持って、黙々と跡を追う。
夜の草原では、緩やかに吹く風が静寂を引き立てるなんていうことはなく、大勢のかん
高い声と、なにかが吹き出るような音がしていた。近くの教会に住んでいる子どもたちが
集まって花火を楽しんでいる。
あまりにも心がはずんでいるためか、なかにはさらに走りまわる者たちもいる。
「こら、危ないから、花火を持ったまま走るな。やけどをしたら、痛いだけじゃなくて、
何年も跡が残るんだからな」
ミカゲはそう声をあげながらも、自身が手に持っている花火から意識をそらさない。
「それから、やり終わった花火の先は、バケツのなかの水につけておけ。まだ熱いし、触
ったらやけどする」
そう言いながら、実践してみせるかのように、やり終えた花火の先を、水の入ったバケ
ツのなかに突きこむミカゲ。
花火がなくなってくると、さらにはでやかに締めくくる。その名のとおり、打ち上げ花
火である。ミカゲとルーインが花火を打ち上げようとしているなか、ほかの子どもたちは
やや離れた場所から成りゆきを見守っている。
ミカゲが、花火玉から突き出ている導火線に火を点けると、風のような音をたてて、星
が空へと昇っていく。それからはじけるような音とともに、夜の暗さに映えるようにして、
火花がひろがりを見せた。ルーインもやや遅れて着火すると、ミカゲが打ち上げた花火が
消えると同時に、次の火花がえがかれる。
その合間に、ミカゲはそれとなく、自身の後ろにいる子どもたちのほうに目を向ける。
彼らは、打ち上げられた花火に、好奇の目を向けて見入っている。
ちなみに、ミカゲの姉であるチカゲはこの場にいない。彼女は、花が嫌いであるのだが、
花火にまで不快を示すわけではない。しかしながら、それほど興味がないというわけで、
見物を断られたのだった。
そうして子どもたちをさりげなく見まわしていたなか、ミカゲの目にとまったのは、今
にも夜の闇に溶けて消え入りそうな、白い髪をしたリゼの姿。
ミカゲは、ほかの子どもたちと同じように楽しんでいる様子のリゼを、意外そうに目を
しばたかせながら見ている。なんとなく、このような場面ではこわがりそうだと思ってい
たからだ。人の気配には敏感で、聴力も人一倍あるともくればなおさらだろうと。
とにもかくにも、なにも問題はないというわけで、ミカゲは、次の花火の筒に火を点け
て打ち上げる。一瞬だけ空で咲き誇って、軌道をえがくようにして落ちて消えていく。そ
の頃合いを見計らって、次にルーインが花火を打ち上げるという、そんな繰り返しであっ
た。
宴が終わり、目がくらむような花火の光からは打って変わって、教会の窓からもれてく
る、静ひつさをうかがわせる明かりが辺りを照らす。
そのかたわらで、ミカゲは後片づけにいそしんでいるなか、
「よし、こんなもんかな」
そうひとりごちる。そうは言っても、今この場にいるのは彼ひとりではない。
「おかげで思ったより早く片づいたよ、リゼ」
ミカゲは、先ほどから隣にいた彼女に声を掛けた。
「わたし、役に立てた?」
答えは告げられているようなものではあるが、彼女はおそるおそるとたずねる。
「もちろん。初めて花火を打ち上げた恐怖のせいか、まだ動悸が治まってなかったところ
だったし。付いてきてくれて助かった」
ミカゲはあっさりと肯定した後、なにげなく余談を持ち出して語る。リゼは意外そうに
彼を見やると、
「こわかったの?」
そんな疑問が自然と口をついた。
「それはそうだ。あんな危ないものがすごい音をたてて空ではじけるんだから」
それに火は空中で消えるとはいえ、残り火が落下してこないとも限らないぞと、最悪の
事態が起こった場合のことも交えて力説するミカゲ。
「それなのにやったの?」
「まあ、度胸なんてやってみないとつかないからな。遅かれ早かれ慣れてくるものだろう」
「慣れ……」
リゼはなにかを確かめるかのようにつぶやくと、意を決したかのように顔をあげて言う。
「わたし、料理も少しはできるようになったかな」
「うん。だいぶできてたと思うけど」
どことなく脈絡のない問いにも、ミカゲは少しも戸惑った様子がなく答えた。
それを聞いたリゼはほっと一息ついた表情で、力を抜いて顔をうつむける。そうかと思
いきや、再びミカゲのほうを向いて言う。
「あの。今度またミカゲくんと一緒に料理もしたい」
「ああ。またしような」
ミカゲがまたあっさりとそう答えると、リゼはなにかを言いなおそうとする。
「ええと。お手伝いってことじゃなくて、肩を並べて作れるようになりたいなって……」
すると、今度は不意を突かれたかのように目をしばたかせるミカゲ。
「ミカゲくんやルーインみたいに、なんでもできるようになりたいと思ったの」
「俺がなんでもできるかどうかはわからないけど……」
ミカゲは、頭の後ろに手をやりながらそう言うと、
「そうだな。力を合わせておいしいなものを作って、みんなをあっと言わせるのもいいな」
すっと、リゼの前に手を差し出す。リゼは、はにかみながらそろそろと手をとった。
そして、手をつないだまま、どちらからともなく歩き出して、帰路へと就いていった。
子どもたちも寝静まり、夜もすっかりふけてきた頃。教会の窓からもれてくる明かりは、
静ひつさが影を潜め、心なしかあやしげに光っているようでさえあった。さらに、なかか
らは、数人の密やかな声が聞こえてくる。
「彼は非常に役立ってくれてるようですね」
「ミカゲくんのことですか」
「ええ。ルーインも相当なものですが、ミカゲのほうがまだ、あらゆるところでパワーが
ありそうです」
「しかし、両者がリゼに魅入られてるというのは、こちらにとって不利かと」
「そうですね。ルーインだけならばまだどうにかなるかもしれませんが、ミカゲがとなる
と厄介ですね」
ここで、彼らの意思はひとつに集結する――早い段階でミカゲをこちら側に引き入れろ
と。
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