今日も今日とて、日の光がさんさんと降りそそいでいた。以前にも増して照りつけてい
るようでさえある。季節も本格的に夏日へと入っていく頃だった。
青々としているといったほうがしっくりくる緑の、広々とした野原。風に吹かれている
草花が波を連想させる。
そんななか、ゆらゆらと揺れるように動くひとつの影。いや、人だ。黒い髪をしていて、
黒を基調とした服を着ているミカゲ。彼は、手さげかごを持って、だれかをさがしている。
一方、森に入る手前。そこでは、少女が、白い髪を風になびかせながら、ひざを抱えて
座っていた。どこかへ向かおうとするも、行くあてはなく、進みあぐねているといったふ
うに。
「リゼ」
不意に、背後から彼女を呼ぶ、重厚だがよく通る声。それ以外の音はなく。彼女、リゼ
は、怒涛ともいえる勢いで振り向く。
「ああ、ごめん。おどろかせてしまったか」
そこには、頭に手をやりながらそう言うミカゲがいた。リゼは、目を丸くしているもの
の、それはミカゲに声を掛けられたからというよりは、彼の気配を察知できなかった自身
に対してのことのようだ。
「全然気が付かなかった……」
「あれ……。こっそり近づいたつもりはなかったんだけどな」
「わたし、少しでも音がしたら分かるはずなのに……」
「へえ。だったら俺、泥棒とか暗殺とかの素質があるのかな」
ミカゲは、冗談めかしてそう言うと、滑りこむような動作でリゼの隣に腰掛ける。
「これ、君に持ってきたんだ」
彼がそう言って手さげかごから取り出したのは、布にきっちりと包まれた弁当箱である。
「昼ごはん、まだ食べてないだろうと思ってさ」
そう言いながら、お絞りの入った筒と箸を彼女に手渡すと、流れるような動作で、包ん
でいる布をほどいていく。
「ほら」
と、箱のふたを開けて差し出す。なかには、海苔で巻かれた握り飯や、色とりどりのお
かずなど、つまみやすいものが詰められている。
当のリゼは、ミカゲのほうを向いて目をしばたかせている。いきなりのことに処理が追
いつかないといったふうである。
「おなか減らないか」
そんな彼女の様子に敢えて構うことなく、相変わらずの調子でそう問いかけるミカゲ。
「減って……る」
「それじゃ、今のうちに食べておけ」
「い、今?」
「そうだ。腹が減ってる時間は長くないほうがいい。それに、食料だって時間が経てば鮮
度もなくなる」
リゼは、真剣なまでの表情で思い惑っている。それでも箸を置こうとはしないままで。
「それに、俺がまた腹減ったら食べてしまうかもしれない。そうなったら早い者勝ちだ」
話が脱線しているようであるが、ミカゲが発する言葉の調子は変わらない。
「まあ、世の移り変わりや時の流れは、あまり問題にならないんだ」
いきなり哲学めいた物言いに、リゼは小首をかしげる。
「確かに、チャンスというものはそれほど長く持たない。それは、なにかを成したいとい
う衝動に駆られているそのときどきだからだ」
弁当を食べようという話から、大げさな広がりを見せる彼の思想。ちなみにリゼはとい
うと、衝撃が走ったかのような、はっとした表情である。
「わたし、行きます!」
リゼは、なにか覚悟を決めたかのように、箸を持ったまま両手を握りしめて言うと、卵
焼きを箸でつまんで口に運んだ。
「おいしい」
ごく自然に発せられた言葉。自身でも意図しない合間に口をついて出たことに、はっと
おどろくリゼ。
「それはよかった。実は俺が作ったんだ」
リゼはさらに目を丸くしているようであるが、それほど意外そうにしているふうでもな
い。
「こんなごちそう、初めて食べた」
今度はミカゲが目をしばたかせる。ごちそうとはいっても変哲もない卵焼きであり、そ
のほかでも、弁当箱に詰めて持ち運べるほどのものしかないのだ。
「台所まで来てくれたらもっとほかにも作ってやれるんだけど」
ミカゲが軽く息をはいてそう言うと、リゼは困ったようにうつむく。
「いたくないんならいいんだけどさ。もっとたよってくれよ。長い時間ひとりでいるのも
落ち着かないだろ?」
「うん……。理由はないけど、森があるところにいると落ち着けるから」
ミカゲは、取り立てて追求するでもなく納得したようだ。根拠はないがそういうものだ
ろうと、彼のほうも見当をつけたからだ。
「ミカゲくん」
食事を終えてしばらくした頃。おそるおそるといった調子で彼の名を呼ぶリゼ。
「うん。なに?」
「よかった。合ってた」
そして、胸をなでおろしてそう言った。
そういえば、まだはっきりと名乗っていなかったなと、ミカゲは不意に思い当たる。言
ったつもりになっていたというよりは、彼女は知っているだろうという気がしていたほど
に飛び飛びになっていたと。
「ミカゲくんて呼ばれてたと思ったけど、チカゲとも言われてた気がしたから」
「そっちは姉さんの名前。俺たち双子だから、韻をそろえて付けられたんだ」
ミカゲがそう述べると、なにかを確かめるように彼の顔を眺めるリゼ。
「でも、あまり似てない」
ミカゲは、きょとんとした表情となったが、彼女の言いたいことをすぐに察してほほえ
み、
「一卵性の双子だと顔は同じだけど、俺たちは二卵性だから」
リゼは、意味が分からなく小首をかしげる。
「一卵性のほうは、受精卵が分裂して、それぞれ個別に発育した双子。もとはひとつのも
のだったから、必ず同性で、そっくりになるんだろうな」
例外がないとは言い切れないが、ほとんどがそのはずだと。
「それで、二卵性のほうは、もとから別々の受精卵が二個というわけだ。つまり、ほぼ同
時に生まれたということ以外は、ほかの兄弟姉妹と同じってことだ」
だから、同性であることもあれば異性であることもあり、似ていたり似ていなかったり
であり、その度合いもそれぞれであるのだと。
ちなみに、先に生まれたほうが弟や妹とされていた時代もあったが、今では順番どおり
となっている。
ひととおり聞き終えたリゼは、感心したようにミカゲを見ている。
「それで、ここに来る前は、奇異の目で見られたり、なにか言われたりしたこともあった
けどな」
そう告げられると、リゼの表情はみるみるうちに曇っていく。彼がどのような扱いを受
けてきたのか、容易に想像が付いたのだろう。
「いや、傷ついたというわけではないんだ。直接なにかされたわけでもないし」
もちろん困ったなと思ったことはあったが。そう小さな声で付け加えて補足するミカゲ。
「傍からすればそう見えるんだろうなって思っただけだ。それも、どちらかというと感心
したぐらいだ。見解の違いだな」
そうか、見解の違いでけんかのようなことが起こるのか。ミカゲはさらにひとりごちる。
「とりあえず、文化の交わりみたいなものだと思えばいい」
と、締めくくりはあくまで軽やかな調子であった。
先ほどからただ聞いていたリゼは、不思議そうな目でミカゲを見ている。しかしそれは、
いぶかしんでいるわけではなく、むしろ深遠さを感じとっているようである。それと同時
に、どことなくずれた発言を真剣にする彼に、得も言われぬ安心感をいだいていた。
「おい」
日も暮れかけた頃。教会に戻ってきたミカゲは、ふと呼びとめられる。彼が振り向いた
先にいたのは、どことなく精悍な顔つきをした、赤い髪の少年、ルーインであった。
そういえばこの彼、リゼが割りあいに流ちょうに話せていた相手であったと。そう思い
出すミカゲ。そしてミカゲを嫌ってはいないが、どことなく複雑そうであることを。ミカ
ゲにも、その理由の見当は大体ついている。
「リゼとなにを話していたんだ」
ミカゲは、出し抜けにそうたずねられても、ある程度の予想がついていたらしく、おも
むろに答える。
「主に卵の話をしてた」
すると、訳が分からないといったふうに眉をひそめる彼。
「おなかのなかでの、子どものできかたなんかも」
一卵性と二卵性の双子の違いについて説明していた。なにかを誤解したルーインは目を
むく。
「それで、交わりがどうとかこうとか」
いつの間にか、文化の交わりということで話が展開していたのだ。それを聞いたルーイ
ンは、まさに開いた口がふさがらないといった表情となる。
「それより前の段階で、早い者勝ちだという話もして――」
ミカゲがそこまで言いかけたところで、ルーインは力いっぱい壁をなぐった。そして肩
をふるわせながら、
「二度とリゼに変なことを教えるな!」
そう言うと、ルーインは、どかどかと足音をさせながら去っていった。
ミカゲは、彼と親しくなれそうなのはまだまだ先であるなと、長いため息をついた。
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