+. Page 065 | 陽だまりの影法師 .+
 双子が忌み子だといわれていたのは、跡目の争いなど、穏やかでないことが起こりうる
からであるというのが主な理由だろう。しかしながら、それは当人たちばかりの問題では
なく、派閥による争いなど、周囲がひき起こす暴乱のせいでもあっただろう。
 それは昔の話であり、現代ではそのような言い伝えは薄れてきている。そうはいっても、
一部の地域では根強く残っているものである。それも、由来などはまったく知られておら
ず、そういうものであるのだと洗脳されるようなかたちで。
 彼らは、そういった場所で生まれ育ったのだ。両親こそ嫌悪を示すまではいかなかった
ものの、周囲からの風当たりは決して芳しくなかった。よって、だれかが血眼になってさ
がしにくるわけでもなく、売りとばされて以来、もうずいぶんと月日が経っているため、
忘れられてさえいるだろうと考えている。
 だた幸いであるともいえるのが、彼らが男と女であったというところか。男女の双子と
いうのは、心中した恋人たちの生まれ変わりだとされており、引き離すと災厄が降りかか
るともいわれている。それは、彼らを軟禁した所員たちの間でも割りに根づいているいわ
れであった。よって、彼らは、そんななかでも割合にともにいることができた。

「おお、天におわす我らが神カーナルよ。なんということでしょう……」
 人里を離れた場所に建てられている教会、彼らと向かい合うかたちで壇上に立っている
牧師は述べる。カーナル神を糾弾しているわけではなく、あまりにも大きな問題を前にし
て途方にくれたため、すがっているといったあんばいである。
 牧師の目の前で立っている彼らふたりは、表情を顔に表さないまま、これから下される
であろう判断を待つ。このひらかれた扉の先で審判を受けるかのように。
 ここに来るに至ったいきさつについては正直に話した。ただ、事実があまりにも信じが
たいような内容であり、話を受けいれられたとしても、大問題に発展する確率が高い。こ
のふたりの両親や、その住まいの地域のことなどを調べあげられて、彼らに責が問われる
などのおそれがある。そうなれば、不利益をこうむるのは、このふたりとてさけられない
だろう。しかしながら、話をつくりあげるとなると余計にややこしくなるため、ありのま
まを話すことにしたのだ。
 そして、牧師が口をひらくと、
「これもカーナル様のお導きでしょう。あなたたち、今日からここに住まいなさい」
 判決は容易にそう下された。当の彼らは、拍子抜けしたためか、目をしばたかせている。
そんな彼らの心のうちを知ってか知らずか、牧師は続けて、
「どうか気になされぬよう。ここにいる子たちはみな訳ありのため来ているのですから」
 そう告げられたふたり、ミカゲとチカゲは、どちらからともなく振り向く。
 その先には、性別も年齢もまちまちな子どもたちがいた。彼らは、それぞれが思い思い
にくつろぎながら、ミカゲとチカゲを眺めている。新来の者が珍しいというわけではない
ようであるが、人となりをはかりかねているといったようである。とにもかくにも、嫌悪
に類する感情を向けられていないことは確かで、迫害などといった心配はなさそうだ。
 ふと、ミカゲの目に映ったのは、彼と同じぐらいの年頃の、赤い髪をした、端正な面立
ちの少年。少年は、彼と目が合うと、すぐに顔をそらした。なぜだか分からないといった
ふうに首をかしげるミカゲ。ミカゲに対して、嫌悪しているわけでも恥ずかしがっている
わけでもなさそうではなさそうであるが、どことなく複雑な気持ちをいだいたようである。
 そして、その少年は口をひらくやいなや、
「……リゼはどこに行ったんだ」
 だれに答えを求めているというふうでもなく、ひとりごとのようにつぶやいた。
「さあ、またどこかへ行ったんじゃないの?」
 まあ、この近くにはいるだろう。周りの者たちも、なんてことはないといったふうであ
る。
 ひとまず、たびたび輪から離れていくような、まだ見ぬここのだれかがいるらしいこと
が分かった。

 あの後に食事を経て、さんさんとした太陽がいちばん高い位置に昇る時刻。ミカゲは、
教会からやや離れた所にある草原に来ていた。草は青々としていて、その場に腰掛けても
痛くないほどに柔らかい。吹いてくる風も、近辺にある森のにおいをはらんでいて、清涼
な空気が心地よさそうだ。しかしながら、彼の面持ちはさえないようである。
 そのとき、さっと風が吹きつけてきて、ミカゲは目をつむり、顔をかばう体勢をとる。
 そして、ミカゲが顔をあげて目をひらくと、彼よりやや離れた位置になにかの姿があっ
た。陽の光の影響からか、白く輝いて見える。緩やかに吹く風によってなびき、波うって
いるように見えるのが、さらにそれを引きたてている。
 いや、なにかではなく、人である。色白な肌をしているうえに、白く長い髪によって、
顔の横半分が隠れていて分かりにくいが少女だ。藍の瞳と黒い服が辛うじて彼女の輪郭を
つくりあげているといったふうな。ミカゲよりやや年下といったところであるが、それに
しても小柄なほうである。
 ミカゲは、そんな彼女の姿に、ただただ見とれている。これほどに美しいものがこの世
にあったのだろうかと言わんばかりに。一瞬たりとも目を離さない。
「あ、の……」
 かすみのかかった調子でそう呼び声をあげたのは彼女のほう。
「あ、なに?」
 ミカゲは、はっと気がついたかのように、腰を上げて応じる。
「ひ……っ」
 いきなりのことにおどろいたのか、そう一声を発すると、その場から走り去っていく彼
女。
「え……?」
 ミカゲも、いきなりのことにとまどい、そう一声を発して目をしばたかせる。
 それでも、彼は、彼女のいた場所からしばらく目を離さずにいた。そこから一歩も動か
ず、追いかけることもせず、姿が見えなくなった後も、彼女の面影を目に焼きつけるかの
ように。
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