「ところで、話には聞いてた時点で人がよすぎるとは思ってたが、実際に対峙したときは
想像以上だった。貴様はなぜあれほどまで人助けしようとする。リベラルの団員としての
使命感だけではあるまい」
レキセイがおおかたのことを聞き終えたとき、今度は彼のほうがなにげなくそう問いか
けた。彼らは、なおもホテルのフロントにたたずんでいる。
そして、レキセイは、少し考えた後に答える。
「これといった理由があるわけじゃないけど……、しいて言うと、生き残りとしての役目
みたいなものかな」
そう聞いた彼は、なにを思うわけでもなく、緩やかに目を向けて次の言葉を待つ。
レキセイは語る。昔、助けきることができず、死なせてしまった子どもたちがいたこと
を。その過ちを踏まえて、彼らの代わりに、いや、それ以上の数の人の助けになるころが、
今なすべきことなのだとも。
「それが、神やら運命やらに対する、貴様なりの抵抗というわけか」
「それもあるかもしれない。今だって、かなしいって思う。だけど、俺自身がどうであっ
ても、ただそうするんだ」
そうだ、これこそ、感傷や罪悪感など、自身の問題でしかないではないか。その場その
場で起こっていることとは関係ないのだ。どうしたってなすべきことをなすしかないのだ
から。レキセイからは、そんな意をまとっているのが見てとれる。
「神にまで利用されると言ったが、手遅れだったようだな」
ぽつりと、聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく彼。
「どれほど困っていようとも手を貸しはしないが、試練は与える。しかしながら、簡単に
死なれでもすると、逆にこっちが困る。だから、そっちでなんとかしてやってくれ。そう
虫がよすぎることを言われてるようなものだな。そのうえ、昔に助けられなかった者たち
をネタに発破をかけられてる、というよりも脅されてるようなものだが、それでもか」
「そうかもしれなくても、人が困ってることに変わりがないなら、なにもせずにはいられ
ない」
その答えを聞いた彼は、密度の濃い息を短くはくと、
「貴様がどうしようが構わんが、こいつは使えないと思わせるのも、自衛する手段のうち
だ。おのれを過信することも見くびることもせず、正確に把握したうえで無能の振りをす
る。ときにはバカっぽく振舞って、こいつにはなにを言っても無駄だと思わせる必要だっ
てある」
これも手遅れだろうが。なにせ、あの方に目をつけられるぐらいなのだから。当のレキ
セイは、不思議そうに、それでいて関心を向けるように、そう続ける彼を見つめる。
そういえばと、レキセイは思いたつ。たわいないことではあるが、彼と接するには極め
て大切なことを聞き忘れていたと。
「そういえば、名前……」
「きゃー! ミカゲくーん」
レキセイがそうたずねかけたところで、扉のほうから、このような具合の、幾重かのか
ん高い声が聞こえてきた。
ミカゲと呼ばれた彼は、先ほどと同じように、すぐさま営業の姿勢に入り、優雅なしぐ
さで客人たちを迎える。もちろん、顔のほうにも、すっと仮面が現れたかのように、穏や
かな表情が浮かべて。
やって来たのは、若い女性の集団である。彼女たちは、ミカゲのファンであるようで、
それぞれがきれいに包装された贈り物を持っている。
ミカゲに会うために、このホテルに泊まりに来る客人たちが絶えないのだという。よそ
からやって来る者たちはもちろんのこと、地元の者たちまでも部屋を取ることがあるぐら
いだ。彼らは、ミカゲが勤務している日に当たれば喜びに浸り、いなかったとあらばかな
しみに明け暮れている――などということが、ちょっとした伝説になっていたりいなかっ
たり。
ミカゲのなにがそんなにいいのだと聞いて返ってくる答えは、
甘いマスクに憂いを帯びた瞳がいいわあ(25歳/女性)
紳士的な物腰が超・す・て・き(14歳/女性)
若くてかっこいい子を見ていると、目の保養になるわねえ(37歳/女性)
体つきがせくしいじゃのう(72歳/女性)
おっす、ちゃっす! ミカゲさんは、男の永遠の憧れっす(16歳/男性)
やだ、んもう。美しいって罪だけれど、ミカゲくんの可愛さはもっと罪ね。ぶほほほほ
(31歳/性別不詳)
ワオーン(3歳/オス)
代表として例を挙げるとこういうことであるらしい。もちろん、彼がいわゆる悪の組織
に身を置いているなどということはだれも知らない。
話は戻って、そんなミカゲを目当てにやって来た若い女性たち。彼の隣にいるレキセイ
をそっちのけにして、相変わらず黄色い声を発しながら、手にしていた贈り物を渡そうと
している。
ミカゲはというと、にこやかな様子でそれらを受け取っている。あらゆる好意を受け取
るすべを心得ているような、洗練された動作だ。ときには大げさなほどに喜びを表してい
たり、会話のはずみに乗っていたり。ひとりひとりに合わせて応対を変えている。
レキセイは、そんな彼を眺めながら思う。これは本当に営業、それも人を利用する手段
なのだろうかと。少なくとも、演技でしかないようには見えなかった。
彼女たちが帰っていくときも、ミカゲはにこやかに見送っていた。その後は、すっと表
情に乏しい面持ちに戻っていったが、贈られたものを扱う手つきの緩やかさは相変わらず
であった。
「なんだかすごい熱烈な人たちだったな」
なにげなくそう述べるレキセイ。
すると、ミカゲは、どことなくうれいを帯びた瞳で、贈られたものに目を向けて言う。
「ある意味ではカーナルの差し向けだろうな」
レキセイは、言っていることがまったく分からないといった様子であっけにとられてい
る。先ほどの彼女たちの様子は演技ではありえなかった。それに、どこからどう見ても人
間であったし、カーナル神のつかいの者たちだとは思えないと考えめぐらせながら。
「彼女たちの気持ちは本当だろう。しかしながら、それを利用して、俺になにかを贈るよ
う、運命とやらの名のもとに仕向けることは造作もないことのように思える」
いやいや、カーナル神に対していい感情を持っていないことは分かっているが、それは
暴論だろう。そう思っているが、ほうぜんとしているため、声にならない。
「それに、いろいろとあった今となっては、俺の機嫌をとって、反逆心をなくさせようと
いう魂胆にしか思えん。遅すぎたんだ。俺がすることといえば、拒否することはせず、彼
女たちに、心のなかでわびながら敬意を払う。ひたすらそれを続ける。俺がなびかないと
知らしめるために」
かく言う彼の言葉を、レキセイは、肯定も否定もすることなく、今度こそただ黙って受
けている。
「さて、午後からは交代で、俺はいなくなる。ほかの構成員と鉢合わせして面倒を起こし
たくなかったら、連れのやつらを起こして、今のうちにチェックアウトしておけ」
そう告げられると、レキセイは、そこをすぐには動かずに、彼のほうに目を向けて、
「あのさ……、エアリスの命令には従わなくてもいいどころか、いつでも辞めても、とが
められはしないって言ってたよな」
唐突に、そんなことをたずねる。
「だったら、俺たちと一緒にきて、それからいろいろと考えるではだめか?」
どこまでも弱気に、それでいて、これもまた唐突にさそい勧める。
「俺たちには俺たちのなすべきことがある。貴様らの道とは到底交わらないようなものが
な」
レキセイが、がくりとうなだれている合間にも、ミカゲはすかさず、
「早くしろ。用が済んだら、俺は消える」
そう促されたレキセイは、彼をわずかに見た後、リーナたちのいる部屋へと向かっ
ていった。
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