クロヴィネアの都には、おもに木やれんがで造られた建築物がならんでいる。その周辺
には、至るところにある樽や、無造作に置かれてた、ばこばことけられたように傷んでい
る小箱。美しい景観というふうではないが、住まうには心地のよさそうな均衡であった。
都のなかを行き交う人々のほとんどのグループには、武器を携え、大なり小なり鍛えら
れた体つきの者が、ひとりは交ざっていた。
「はああ、やっとついた。ここがクロヴィネアかあ」
その一角から、疲れている様子ではあるが、のん気さがうかがえる、少女の者と思しき
声。
「カンツァレイアやセイルファーデほどのきれいさはないけど、これはこれで素敵な感じ。
ね、レキセイ」
彼女の同伴であると思しき彼、レキセイは、異常な光景をまのあたりにしたかのように、
きょろきょろと周囲を眺めている。
「レキセイ?」
小首をかしげながら、彼の名前を呼ぶ彼女、リーナ。
「え? ああ、うん。住みやすい立地だとは思うけど。とりあえず、どこかで食事をしに
いこうか」
「待って。その前に、宿の部屋を借りて、お風呂に入って、お洗濯もたのんでおかなきゃ」
「飲まず食わずで数時間も歩きまわった後だけど、おなかすいてないか?」
「おなかもすいてるけどね。今は、お風呂とお洗濯のほうが先決なの」
「うん。それなら、そっちからでもいいけど……」
レキセイとリーナは、宿の部屋の予約を取り終え、身なりを整えると、再び都のなかを
歩きだす。
「うわあ、レストランがいっぱい。どこにしようかなあ」
「ええと、できれば安価で済むところで」
「もう、そんなの、入ってみないと分からないじゃない。あっ、あのお店がいちばんセン
スいいわね。あそこにしよっと」
そうまくしたてるやいなや、リーナは、そのレストランのほうへと、駆け足で向かって
いく。レキセイも、なにを思うでもなく、ゆったりとした歩調で、彼女に続いていった。
レキセイとリーナが入ったレストランの内装は、気のきいた装飾はほとんど施されてい
ないが、居心地のよさそうな清潔感が保たれていた。
「うわあ、なんでもあるのね。トッピングも好みで選んでいいんだって。どれにしようか
な」
声をはずませながら品書を眺めているリーナのかたわら、レキセイは、なにかを見つけ
たようで、それを手にとってみる。
「これ、なんだろう」
その声を合図にするかたちで、リーナも、レキセイが手にしているもののほうへと目を
やる。それは、高さはあまりない円柱で、親指と人さし指の先を付けて弧をえがいたほど
の面積のものである。取り立てて言うと、中心部がやや突起していることか。
「あっ、分かった。これを押せばいいのね」
と言うと、リーナは、レキセイが手にしているものを取り、卓上に置きなおすと、その
突起している部分を指で押さえた。
レキセイも、その部位を押さえてみた。彼がそこから指を離すと、それは、瞬時に元ど
おりに突出した。すると、もういちど試してみる彼。やはり、元の位置に戻ってしまった。
レキセイは、さらにそれを繰り返した。そして、しばらく、指で押さえたままであった。
それは、できうる限りに押しこもうというふうでもなく、ふちの部分と同じ位置にとどめ
ておこうとしているようである。やがて、指を再び離してみる彼。相変わらず元に戻って
しまう。
そんなありさまに、火がついたのか、レキセイは、ただなんども同じことを繰り返して
いた。そのとき、
「……お客様、ご注文は?」
レキセイとリーナが着いている席のほうへやってきた店員は、営業のために笑顔で応じ
ようとはしているものの、引きつっている様相である。
「リーナは、ステーキとコンソメスープのセットね。それから、焼き方はミディアムで」
リーナは、そんな店員の様子を気にとめたふうでもなく、即座に応じた。
「ええと、俺は、チャンポンメンの、チャーシュー抜きで」
レキセイも、突然のことで戸惑ったものの、瞬時に応じた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
いちどだけ注文を聞いた店員は、念を押すようにそう告げると、早足でその場を去って
いった。
「あっ、分かった。これを押したら店員さんが注文を取りにきてくれるのね」
かくいうリーナの解説を聞くと、レキセイは、先ほどまで押すことを繰り返していたボ
タンを、卓上の端へさっと戻しておいた。
メニューが運ばれてくると、レキセイとリーナは、それぞれ注文したものを食べはじめ
る。
肉汁と胡椒の調和したかぐわしさを楽しみながら味わっているリーナ。レキセイは、ず
るずると音をたてながら、吸いこむようにして口に運んでいる。
「そういえば、レキセイって、肉の入ってるメニューを注文してないわよね? 料理する
ときだって、肉を入れてなかったみたいだし」
先に話を持ち出したリーナは、レキセイに、素朴な疑問を投げかける。
「うん? ああ、そう言われてみるとそうだな」
「別に嫌いじゃないわよね? リーナかラフォルが料理したときは食べてたから」
「うん。嫌いじゃないけど、自分から進んで食べようとは思わないな」
「どうして?」
「うーん、これという理由はないけど、なにを思うでもなく食べる習慣はつけたくないか
ら、かな」
言葉であらわすことが難しいらしく、要領を得ない説明をするレキセイに、小首をかし
げるリーナ。
やがて、レキセイとリーナは、食事を終え、勘定を済ませると、再び外へと足を運んで
いった。
都のなかを行き交う人々は、相変わらず、グループのなかにひとりは武器を携えた者が
いた。そして、なにかを警戒しているようでさえあった。
「ねえ、レキセイ。こんななかで、両親のことを聞きこみにいくの?」
そして、相変わらず、素朴な疑問を投げかけるかのようにたずねるリーナ。
「いや、多分無理だな。ひとまず、ここの市長の家に行って聞いてみようと思う」
こうして、ふたりは、市長の屋敷と思しき、この都のなかでもひときわ目だつ建物へと
向かっていった。
市長の屋敷の門前には、見るからに強固な扉が構えていた。
「ううーん、鍵が閉まってる」
かちゃかちゃと、断念しようともせず、ひたすらに取っ手をまわそうとしているリーナ。
「これ、なんだろう?」
かく言うレキセイの目線の先、取っ手の横に設置されている、四角い、指先よりやや広
い面積のもの。それは、中心部がやや突起していた。
「あっ、分かった。これもなにか押すものなのね」
と言うと、リーナは、突起している部分を指で押さえた。
レキセイも、その部位を押さえてみた。彼がそこから指を離すと、それは、瞬時に元ど
おりに突出した。すると、もういちど試してみる彼。やはり、元の位置に戻ってしまった。
レキセイは、さらにそれを繰り返した。そして、しばらく、指で押さえたままであった。
それは、できうる限りに押しこもうというふうでもなく、ふちの部分と同じ位置にとどめ
ておこうとしているようである。やがて、指を再び離してみる彼。相変わらず元に戻って
しまう。
そんなありさまに、火がついたのか、レキセイは、ただなんども同じことを繰り返して
いた。そのとき、
「なんだね、君たちは。この都の住民かね?」
神経質そうな、ともすれば不機嫌な様子である男性が、扉をあけて出てきた。貫ろくが
うかがえることから、市長本人であろう。
「ううん。リーナたちは違うわ。ここに住んでる人たちにも聞きたいことがあったんだけ
ど、あの雰囲気じゃ無理そうだったから、ひとまず市長さんに聞こうと思って来たの」
リーナは、そんな市長の様子を気にとめたふうでもなく、さらりと告げた。
「俺たちは、生き別れた両親をさがすために旅をしてるんです。それで、俺と同じような
銀髪と、シルヴァレンスという姓に心当たりはないかと思いまして」
「ふん。この都は、人が越してきたり越していったりの移り変わりが激しいからな。いち
いち覚えておらんよ」
市長は、それだけを告げると、さっと扉を閉めて引きこんでいった。
「あっ、分かった。これを押したら市長さんが出てくるのね」
かくいうリーナの解説を聞くと、レキセイは、しばらく合掌していた。
クロヴィネアに置かれているLSSの支部の建物の内部は、やや傷んだ木造の机と椅子
に掲示板、天井には簡素な電灯が吊るされており、床下は泥にまみれている。いかにも冒
険者たちの集う場所といったところである。
その窓口のほうで構えている男性は、中年といった容貌で、体つきはがっちりの一言で
あった。黒くて太い眉と、鋭利そうな目つきが、それを際だたせている。
「こーんにちわあ」
「ええと、失礼します」
と、出入口のほうからやってきたのは、成人する手前ほどの年ごろといえる男女がふた
り。
窓口にいる男性は、なにが起きたか分からないといった様相がうかがえたが、それも一
瞬のことで、すぐさま彼らに応じる。
「いらっしゃい。依頼かね? あいにく、団員はみな出払ってるが」
そして、口数は少ないが険はない様子でそう告げたところで、少女が携えている槍を見
やり、状況判断しようとする。
「いえ、俺たちも団員なんです」
ふたりがほぼ同時に示した身分証明書には、Liberal Support Section という文字が記
されている。また、それぞれの名を、レキセイ、リーナと書き付けられていた。
「君らがそうだったか。本当に気配を感じさせないのだな。セイルファーデの担当者に聞
いたとおりだ。かの傭兵をしりぞけた割りには若いな」
「わ、あのおじさん、本当によくしゃべるわね」
「だから君らを待ってた。なんでも、両親をさがしてるのだとか」
「あ、はい。手がかりは、この銀髪と、シルヴァレンスという姓で、レキセイという名を
つけてくれたということだけですが」
「話は分かった。わたしのほうからも呼びかけておこう」
「あ、ありがとうございます」
そう話がまとまったかと思うと、
「あの……、賊を取り締まってると聞いたのですが、それはもう解決済みでしょうか?」
次の質問を投げかけるレキセイ。
「彼らの行方は分からんが、今のところ音さたはない。ひとまずは落ち着いたとみていい
だろう。住民たちはおびえ、護衛なしでは出歩けなくなってしまったが」
「それで、グループのうちひとりは武器を持った人が目だったんですね」
「そうだ、さっき、市長さんのところに行って追い返されたから言いそびれてたんだけど」
と、リーナが会話に入ってきて、そう前置きすると、
「自分の土地に、あやしい人たちを入れないようにするのはいいんだけどね。それを依頼
するのは、もっとまともな人たちにしてほしかったわ。セイルファーデの市長さんの権限
を奪うための暴挙にまで出られて、大変なことになったんだから」
「ふむ……。彼も、傭兵たちを紹介されただけだったようで、悪気はなかった。しかし、
わたしのほうも、彼と小まめに連絡をとりつつ、関わってくる者たちを見きわめておくべ
きだった。すまない」
「別に、おじさんが謝ることじゃないわ」
どれほどいかめしそうであっても、リーナにとって、彼はあくまでおじさんであった。
不意に、レキセイが辺りを見まわすと、
「ところで、ほかの団員たちが出払ってるのは、市民たちの護衛のためでしょうか」
「ああ、そのとおりだ。そこでと言ってはなんだが、君らが着たら至急たのもうとしてた
仕事がある」
担当者の男性は、そう言うやいなや、机の引出から地図と取り出し、
「このあたりに、農場がひろがってる。農夫たちによると、そこに出没しては畑を荒らす
動物を退治してほしいとのことだ」
その範囲をペンでなぞるようにしながら告げる。
「それなら、さくでも作っておけばいいんじゃない?」
「ここ最近、動物たちも凶暴化してるせいで、そのさくすら壊されるらしい」
「その、退治しないといけないほどひどいのでしょうか?」
「今のところ甚大な被害は出てないが、あそこは国の食料庫といわれ、重要区域に指定さ
れてる。万が一、なにか深刻なことがあると、国全体がかたむくといっても過言ではない。
緊急性は高い」
「なるほどね。それじゃあ行ってみるしかないかあ」
そう述べられると、あっさりと承諾するリーナ。
レキセイは、なにかを考え込んだ後、
「分かりました。退治は別にしても、話を聞きに行ってきます」
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