+. Page 013 | セイルファーデ編(夢境).+
 四方を壁に囲まれた、薄暗い空間があった。人影の見当たらない、置き去りにされたよ
うな、冷たい場所。
 そんななかで目につくものといえば、ぽつりと落とされたような、かすかな光。
 同時に、どこからともなく響いてきた、かすれるような音。
 これが夢であるならばはやく目覚めたいという、はかなげな祈りの声であるような――。
 光は、それに共鳴するかのように輝きを増し、みるみるとヒトのかたちを現していった。
 やがて、かの者は、おぼつかない足どりで歩き出す。
 その先には、ジグザクと立ち並ぶ壁。
 かの者は、道なりにいくことはおろか、壁にぶつかろうとも、特に気にした様子もなく
引き返しては進んでいくことを繰り返している。
 ――ひゅううううう、おおおおおお…………。
 前進していくにつれ、風の反響する音が、次第に大きくなっているようだ。
 更に歩みを進めていくと、
 …………、――――、ああああああ…………!
 強く吹き荒れる風に加え、おびただしく響く音。それはまるで、だれかがうめいている
ような……。
 ――だれかいるのか!?
 そして、光を放ちし者も、声にならない声をあげる。彼は、言葉を発せられていないこ
とに構わず、それどころか気づいていないとすらいった様子で、歩幅をあげて進んでいく。
ただただ、だれとも知れぬ声のあるじを求めて。
 しばらく歩いた先はいきどまりだった。しかし、足をつくことのできる場所へは全て行
った後だった。あとは引き返すしかないだろう。
 そう思ってとき、
 ――け……て。…………る、しい……。
 壁の向こう側から声が聞こえてきた。儚くもすがりつくような、少女のもの。
 ――そこか!

 どんどんどんどん――
 どんどんどんどん――

 そして、彼は、目の前の壁を叩き出す。
 ――聞こえるか!? いったいなにが起こっているんだ!?
 ――……り……た、…………い、た……い。
 彼の問いに対する答えはなく、ただ彼女のか細い声が聞こえてくるのみであった。
 ――びゅううううう、ごおおおおお…………。

 ごんごんごんごん――
 ごんごんごんごん――

 さらに力強く叩く。風の音に屈することもなく。
 ――返事をしてくれ。おれはここだ……!
 ――びゅうう……! ――――! ひい、ひい、ひゅああ…………! 
 彼女と風の声が入りまじっており、はっきりとした言葉はききとりにくい。壁の向こう
側では、彼のうちつけた音すらかき消されているのだろう。

 がんがんがんがん――
 がんがんがんがん――

 ただただ叩く。この境界すらも破るべくして。
 ――――! ――――! びょおおおおおお…………! ああああああああ…………!
 さらには、風と彼女、そして彼の声までもまじる。もはや、だれがなにを言っているのか
すら分からなくなっていた。
 やがて、壁に拳をついたまま、引きずりおろされるような体勢になっていく。こすれる
音は、境界と共鳴し、あざわらうかのように。

 さて、そろそろ、開かずの間の扉をひらいていこうか――――
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