別天地を思わせるこの敷地には、辺り一面の草や花、それらを囲うようにして森が広が
っている。そこでは、さまざまな動物たちが戯れており、木々のすき間からのぞきこむよ
うにしているものたちもいる。
「今日は動物たちをよく見かけるな」
不意に発せられた声。人間……少年と青年の中間ほどである彼からのものであった。
「もしかしたら、お見送りに来てくれたのかもね」
さらに、彼と並んで歩いている少女が、それに応じる。
「そうか。それじゃ、また帰ってこないといけないな」
やがて、ふたりの姿は、この地の果てへととけこんでいった。
動物たちは、そんなふたりを、祝福するかのように鳴き声をあげ続けていた。
首都カンツァレイアは、豪華な造りの建物が並んでおり、きらびやかというよりは混沌
とした印象を醸しだしている。雑然と行き交う人々が、さらにそう思わせる要因となって
いるようだ。
そんななかにいる、成人する手前ほどの年ごろのとある男女。旅行用の大きな荷物を背
負っている彼と、槍を携えている彼女。
「わあ、ここはいつ来てもやっぱりにぎやかね」
と、声を発したのは、彼女のほう。
「うーん、テュアルも同じぐらいぎやかだったと思うけど」
そして、彼がそれに応じる。
カンツァレイアの属領にあたるテュアルでは、際立ったはでやかさはないものの、そこ
に住まう人々は、活力に富んでいる。ふたりは、そんな彼らに、盛大に見送られてここに
やってきたようだ。
「はあ……。もう、みんな大げさなんだから」
「まあ、手もとを離れるっていうのは、心配ごとのなかでは大きなものだから。それに、
そう思ってもらえるのはありがたいことだな」
「んー、それもそっか。それじゃ、カノンお姉さまのところにもあいさつに行きましょ」
ふたりが向かっている先にあるのは、LSSという文字の刻まれた看板を掲げている建
物。
内部の窓口のほうには、ひとりの女性がいる。歳は二十代半ばといったところだ。
「カノンお姉さまー、おっはよーございまーす」
「おはようございます」
声が聞こえてきた出入口からは、先ほどのふたりがやってきた。
「おはようふたりとも。テュアルの人たちからも激励を受けてきたみたいね」
そして、彼らのほうへと向きなおって言葉を発する女性、カノン。
「ええと、そうですが……、よく分かりますね」
それに答えたのは、彼のほうだった。彼女のほうは、なんでもないといった様子だ。
「分かるわよ。自分の子のように見守ってきた子が、旅立っていくっていうのだから」
「ラフォルには、最後まで世話になってしまったな。弁当までもらってしまった」
「旅するとなると、意地すら張っていられないわよ。使えるものは使えるうちに使いなさ
いな」
かくいうカノンは、凛々しさをまとった、穏やかな表情であった。
「それじゃ、わたしからも手向けをひとつ」
と言うやいなや、カノンは、窓口の奥のほうへ行き、なにかをふたつ持って戻ってきた。
それは、全面が黒色の球体で、一部分に縄のようなものが短く突き出ていた。
「はい、これよ」
と、それをふたりへ同時に手渡す。
受け取った彼女のほうはというと、てのひらに乗せてふらふらとさせている。どうやら
気に入ったようだ。そのとき、彼のほうが、そんな彼女からひょいと取りあげる。
「ううー、爆弾ーん……」
「なにやってるんですか。これ、所持してるだけでも求刑ものですよ」
どこからともなく聞こえてきた、ぶうぶう言う声をよそに、あきれた面持ちで告げる彼。
「大丈夫よ。爆弾と見せかけて、ただの煙幕だから」
「あんまり変わらないような気もしますが……。でも、それならもらっておきます」
彼は、半ばあきれたようでありながらも納得の旨を示し、爆弾もとい煙幕を、彼女のて
のひらの上へと返した。彼女は、再びおもしろそうにそれと戯れはじめる。
「ところで、グランはやっぱりいないの?」
と、それを手にしたまま尋ねる彼女。
「ええ、あなたたちの試験が終わった後すぐに、自分の仕事に戻っていっちゃったわ」
「ふうん、そっか。おかげでリーナたちも旅に出ることができたし、一応お礼を言ってお
こうと思ったんだけどな」
そして、手にしたままのそれを指でつつきながら、一応という部分を強調して言った。
「ふふ、次にあったら、わたしのほうからことづけておくわね」
「あ、俺の分もよろしくお願いします。あと、ギャグの極意とやらの件も」
「レーキーセーイー?」
「え、えっと……」
「ふふ」
と、かすかな笑い声が聞こえてくると、ふたりははっとし、カノンのほうへと向きなお
る。
「えっと、それじゃ、リーナたちそろそろ行くね」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。あなたたちが次にここに来る日を楽しみにしてるわ」
かくして、ふたりは、幼子たちに向けるような柔らかな笑みで見送られると、再び外の
世界へと歩きだしていく。
センドヴァリス国内の地方間には関所が設けられている。外観は、堅ろうそうな門に加
え、豪壮さを醸しだしている。
そんななか、その窓口のほうへと向かう、まだ成人する手前ほどの年ごろともいえる、
一組の男女の姿があった。
「それじゃ、身分証明書を」
窓口のところにいる男性は、ぱりっとした軍服を着ている姿とは裏腹に、どことなくさ
えない表情で促す。かのふたりは、Liberal Support Section という文字が記されたそれ
を一斉に提示する。
「よし、とおってくれ」
それだけ言った瞬間、番を担当している隊士が、なんらかの機器を操作する。すると、
やや離れたところにある門が徐々にひらいていく。
「え、こんな簡単でいいんですか?」
そう尋ねたのは彼、レキセイのほう。
「ああ、国外ではないし、LSSの団員なら問題ないだろうからな」
そして、ふたりは、半ば追い払われるかたちでその場を後にする。
「さすがリベラル。ほとんどフリーパスでとおっちゃった」
彼女、リーナは、楽しげなしぐさで言う。
「というより、面倒がられたみたいだけど」
「ま、列車の搭乗券だって、身分証明書さえ提示すれば発行してもらえるっていうくらい
だし、こんなもんでしょ」
出口の付近に差し掛かると、歩みをとめる彼女。彼のほうも、彼女に続くかたちで立ち
どまる。
「せーの」
彼女は、掛け声とともに、両腕を前後に振り、
「えいっ」
と、声を発するとともに、前方へと跳んで着地した。
「やったあ。セイルファーデに入ったあ」
うれしそうにはしゃぐ彼女のかたわらで、ゆったりとした動作で、セイルファーデの領
地へと足を踏みだす彼。
そして、ふたりはどちらからともなく、横に並んで歩きつづけていく。
セイルファーデの領土では、道が舗装されていながらも、それは、人がとおるのに困ら
ない程度であった。草木などの自然のものには、人の手がほとんど加えられていない。ほ
どよく冷たい風が穏やかに吹き抜け、緑のにおいとともに、葉と葉のこすれる音が涼やか
に鳴り響く。野遊びには適していそうだった。
これで、動物たちとも戯れることができれば申しぶんない――はずなのだが。
「うーん、遊んだ遊んだあ。おっきいやつが襲いかかってきたときはびっくりしちゃった
けど、意外とすぐに勝てちゃったし。あのちっちゃいのは、見かけによらず歯ごたえがあ
ったわよねえ」
道の外れにある休息所にて、テーブルに荷物を降ろしながら語る少女の姿があった。動
物たちに襲われ、追い払ったことは、彼女にとっては遊びの一環だったらしい。
「この前のといい、戦意があるというより、おびえてるといったほうがしっくりくるな。
……もしかしたら、なにかの前触れなのか」
少女の連れである彼、レキセイも、彼女に続いて、テーブルに荷物を降ろしながら応じ
る。
「なにかって?」
「それは分からないけど……」
そして、席に腰を下ろしながら、言葉を交し合うふたり。
「それじゃあ、考えても仕方ないし、ラフォルのお弁当でも食べて楽しみましょ」
「……うん、そうだな」
そう締めくくると、彼らはそれぞれ、荷物のなかから、紙製の小箱を取り出す。
「はあ、ラフォルの料理を食べられるのも、これが最後なんだよね。独創的だったけど、
リーナは割りと好きだったし」
「この旅を終えたときに、また食べに帰れるさ」
そんなやりとりを交わしながら、弁当箱をあけるふたり。そのなかには、色とりどりの
おかずがぎっしりと詰まっていた。握り飯においては、切り刻まれたのりがはられており、
動物をかたちづくっていた。
ふと彼のほうが、弁当にはしをつける。すると、周囲に詰められていたおかずが、その
反動で飛び散った。
「わ、レキセイ、こういうときは、ちっちゃいおかずから取って食べるものよ」
「う、そうなのか」
「敵を制するときはザコからっていうじゃない」
そう言いながら、弁当箱のはしのほうにある小魚を、はしでつまむ彼女、リーナ。
「うーん、それとはちょっと違うような」
レキセイは、飛び散ったおかずを拾って口にしている。
「わわ、そんなの食べたら汚いよ」
「大丈夫。このくらいならなんともないから」
ひとしきり会話を交わしながら憩うふたり。
食事を終えると、弁当の入っていた紙製の容器をごみ箱へ捨て、荷物を背負い、
「それじゃ、そろそろ行こっか」
というリーナの声を合図に、休息所を後にし、再び道を歩みだしていった。
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