+. Page 006 | プロローグ .+
 首都カンツァレイアの表舞台には、大道具にあたる建築物と、そこに施された小道具に
あたる装飾品の数々。そして、役者とされる人々は、寸分も狂いなく舞台を行き交う。舞
台の裏で起こった惨事など知るよしもなく。
 表舞台の一角、LSSの所有する建物の内部では、裏の舞台にいた面々が集う。
「お疲れさま。本当に大変だったみたいね」
 と、窓口のほうで座っている女性が、労いの言葉をかける。
「いやあ、まったくです」
 すると、へらへらと笑いながら答える青年。
「グランはなにもしてないでしょ。まさか本当に、口出しも手出しもしないとは思わなか
ったわ。途中から存在を忘れてたくらいだし」
 それに、続けざまに突っこみを入れる少女。
「でも、グランさんにしては静かだったと思う」
 そして、会話にさりげなく入りこむ、少年……青年……その中間くらいの彼がいた。
「お、もしかして褒められた? わーい」
 かくいうグランをよそに、少年と青年の中間くらいの彼、レキセイは、窓口のほうにい
る女性、カノンのほうを向いて尋ねる。
「それで……、あの人の所在は分かったのですか?」
 彼ら三人は、LSSの認定試験を兼ねた任務で、地下に敷かれている水路の内部にいた。
その際に、挙動不審の男を発見したという。彼は今、この建物の内部にある留置場におり、
ほかの団員たちが見張っている。
「それがどうも口を割らないみたいなの。まあ、取り調べについては、こちら側では管轄
外だから、軍内の警備班に引き取られたら、そちらで行われることになるわね」
「そう……ですか」
 やや困ったような表情で答えるカノンと、同じような面持ちで応答するレキセイ。
「まあまあ、こっちでやることはやったんだから、あとは向こうに任せるとしよう。おふ
たりさんの実技試験の手間は省けたことだしね」
「う、それはそれで複雑です。向こうの自業自得といえばそうなのかもしれませんが……」
「まあ、試験専用の武器だったから、殺傷ざたにならなかったのは幸いね」
 試験を終えてきた彼らが会話を交わしているなか、
「ふむ。それで、グランから見ると、合否はどうかしら?」
 単刀直入に尋ねるカノン。当のふたりの間には緊張が走る。
「ははっ、それはもちろん――」
 グランは、そう言いかけていったん区切り、
「ひとりだけだと危なっかしすぎて、合格にはできませんね」
 と、さらりと言いきった。
 ――ベシッ。そして、下のほうから聞こえてくる、鈍い音。
「いやん」
 リーナが、グランの脚をけったようだった。彼は、妙な声をあげたかと思いきや、均衡
を崩すそぶりもなく、即座に立てなおし、
「な、なにするんだよう」
「未熟なのは認めるけど、グランに言われるとなんだか腹が立つわね」
「ああもう、人の話はよく聞きなさいってーの。ひとりだけだとって言ったんだ」
 そう告げられると、レキセイとリーナは、どちらからともなく顔を見合わせる。
「つまり、ふたり一緒なら話は別ってことさ」
 さらにそう告げられると、同時に彼のほうを向くふたり。
 そして、カノンのほうを向き、任務中のあらましを伝えるグラン。
「両極端のふたりが一緒なら、均衡が保てるだけでなく、あらゆる意味で、莫大な成果が
期待できるってわけさ」
 そう締めくくられると、当のふたりは、そろってきょとんとした面持ちで、かく言う彼
を見つめる。
「というわけなんですが、姐さん的にはどうですかね?」
「ふふ、わたしも賛成よ」
「そ、それじゃあ……」
「合格、ということでいいのでしょうか」
 表情にたちまち明るみがさすリーナと、そろそろと確かめるように訊ねるレキセイ。
「ええ。あなたたちの身分証明書のほうに、今日の日づけを入れてくるから、ちょっと待
っててね」
 と言うやいなや、カノンは、窓口の奥のほうへ向かう。それから戻ってくるまでに経過
した時間はわずか数十秒であった。
 そして、身分証明書と、LSSの記章を、緩やかな動作で、当のふたりへ同時に差し出
し、
「おめでとう。これであなたたちもリベラルの一員よ」
 たおやかな笑みをたたえながら祝福の言葉を述べる。
 ふたりはそれらを受け取ると、
「わあ、ありがとう」
「ありがとうございます」
 感極まった様子でお礼を述べたそのとき、
 ――パチパチパチパチ。時期を見計らったかのように、出入口のほうから、小気味の良
い音が聞こえてきた。一同がそちらへ向くと、
「あー! ラフォル!」
 音の主を見つけると、とびはねんばかりの勢いで駆け寄るリーナ。
「やあやあ、リベラル認定おめでとう」
 と言いながら、そっとおしこむように、リーナの頭に手を置くラフォル。
「もう、グランを監督に指定してたんだったら、そう言っておいてよ」
「ははは、君たちをびっくりさせてやろうかと思ってね。どうだい、試験前の緊張も解け
ただろう」
 さらに、リーナの頭をなでながら言う。彼女のほうは、不満を残しながらも、されるが
ままになっていた。
「師匠、お疲れさまでっす」
 敬礼の姿勢で、弾むような口調で述べるグラン。
「やあ、グランもご苦労だったね」
「いやいや、むしろ楽なものでしたよ」
 そして、含み笑いの面持ちで告げる。
「ラフォル、どうしてここに? それにその格好、仕事中なんじゃ……」
 既にその場になじんでいる様子のラフォルに、あぜんとした様子で尋ねるレキセイ。
「君たちの試験の結果が、もうすぐ出る頃だろうと思ってね。ちょっと抜けて来たんだよ」
「まったく、とんだ不良聖職者ね」
 さらに、窓口のほうから、あきれたふうに言うカノン。
「あそこでは、僕は下っ端だからね。ちょっとくらいなら大丈夫だろうさ」
 かくいうラフォルの傍ら、レキセイは首をかしげた。
「さてと。それじゃ、このへんで戻るとするよ」
 というやいなや、軽やかな足どりで出入口のほうへと向かうラフォル。
「あっと、そうだ」
 そして、なにかを言い忘れていたといった様子で振り返り、
「帰りは遅くなりそうだから、夕飯よろしく」
 晴れ晴れしいほどのさわやかな笑顔で言って去っていった。
「もう、リーナたちも、試験が終わって一段落ついたばかりなのに」
「まあまあ、朝は作ってくれたんだし」
 その場には、不満げなリーナと、それをなだめるレキセイが残されていた。
「わはは。君たちも、まだまだ師匠にはかなわないようだね」
「はい。でもいつかは対等にわたり合えるようになりたいかな」
「うわあ、こりゃまた大きく出たね」
「でもその前に、グランさんとも、肩を並べれるようになりたいです」
「うわっはっは。いやーうれしいねえ。おっそうだ! レッキーにもギャグの極意を伝授
しよう。君なら、真顔とのギャップで受けるだろう」
「それはぜひお願いします」
 弾みに乗っているグランに、きりっとした面持ちで言うレキセイ。
「ちょっと! レキセイに変なこと教えないでよ。ああもう、レキセイ、行くわよ。夕飯
だって作らなきゃいけないんだから」
 リーナは、そんな彼らを見かねたのか、会話に突っこんでまくし立てる。
「ええと、極意というのを教わってから……」
「い・く・の」
「……はい」
 レキセイは、彼女に気おされたらしく、出入口のほうへと向かう。
「それじゃ、カノンお姉さま、まったねー!」
 リーナも、カノンに手を振り、出入口のほうへと向かう。
「はいはい、またね。というより、ばりばり働いてもらうつもりだから、また来てもらう
ことになるわよ」
「ちょっ、僕はー?」
 かくいう声を意に介さず、軽やかな足どりで出ていくリーナ。
「ええと、それではおふたりとも、失礼します」
 レキセイは、いったん振り返り、彼らにそう告げた後、リーナの後を追うかたちで、終
幕の舞台を後にした。

 役者が去った後の舞台は閑散としていた。しかし、裏方たちが片づけに入るときは、ま
た別である。
「いやあ、それにしても、まったく知らなかったことが分かるというのは、一種の快感で
はあるのですが。身近なことを新たに発見するというのも、また違った快感がありますね」
 LSSの所有する建物の内部にて、仕事を終えたらしき青年、グランがべらべらとしゃ
べっていた。
「ふふ、なんだか悪いことしちゃったわね。ただでさえ大きな仕事を押しつけてるのに」
 そして、流ちょうな様子で応じる、窓口のほうに座っている女性、カノン。
「はは、姐さんの頼みとあれば、いつでもどこでも駆けつけますよ」
 グランは、締まりがなく笑いながら言ったかと思いきや、なにかを思いついたように、
「なんなら、しばらくここに残りましょうか? 最近ますます物騒になってきたところで
すしね」
「ううん。物騒なのは今に始まったことではないし、在中の団員たちでなんとかするわ」
 そう提案されたカノンは、首を緩やかに横へ振りながら告げた。
「それに、こういうときだからこそ、広い視点での調査が必要だと思うから、引き続き調
査をお願いするわ。悪いついでに、追加でお願いしたいこともあるの」
 ちなみに、彼女からは、本当に悪いと思っている様子は見受けられない。
「了解っす! んで、その追加分というのは?」
「物品の横流しの調査の件だけど、範囲をここ五年間に拡大したいの」
「へえー、五年前とはこりゃまた。確か、姐さんがここに着任したのもそのくらいの時期
でしたよね。僕がここにきたのもそのすぐ後でしたし。それに、レッキーに会って……、
そして、リーナくんがやってきて……」
 グランは、懐かしみをたたえた表情で言葉を紡ぐ。
「ええ、わたしが旅を終えた時期でもあるから、それ以降のことには疎くなっちゃって。
くれぐれも見つからないように調査をお願いできるかしら?」
「おいーっす! 了解いたしやしたあ!」
 そして、先ほどとはうって変わって、隠しきれないほどの存在感を放つ声をあげる。
「ああ、そういえば、リーナくんが不思議がってましたよ。姐さんなら、宮廷内部の密偵
の依頼くらいはしそうだって」
「ふふ、あの子たちがたくさんの経験を積んだときにはそうしたいわね」
 カノンは、あくまで、物語の余談を子に聞かせるようにして告げる。
「なぜ先ほどにそうしなかったのです? ふたりそろっていれば、師匠に匹敵するほどの
実力になりうるでしょうし、いざとなれば僕が付いてますし」
 そして、そぼくな疑問を親に投げかけるように問うグラン。
「そうね。眠りから覚める過程で考えてもらえるとわかると思うけれど……、よく目覚め
ていない状態から活発に動きまわることは、ひとにとって大きなストレスになるの。それ
と似たようなものね」
「なるほど。どんな情報だって、いきなり結論を突きつけられると、好奇心がかきたてら
れなくなり、結局通りぬけてしまうでしょうからね」
「そう。LSSの性質上、大局を見ることももちろん大切だけど、細やかなことをおろそ
かにするようでは、団員は務まらないのよ。それに、こらえ性がないと、ひとに付くこと
にはには向かないでしょうから、ついでにそういうひとたちをパスさせない手段としても
有効というわけよ」
 先ほどから同じ調子の、流ちょうな口調で語る彼女。心なしか、最後のほうは、静寂の
ようにぽつりとしたようなものであったが。
「ふむふむ。僕なんかは、認定試験が『犬の散歩』でしたもんね」
 ときに、このLSSでの活動の内容には、民間でのこうしたささやかな手伝いの依頼も
含まれる。
「あのとき、犬をねらう誘拐魔、といっても、その役を買って出てた団員数名でしたね。
執拗に、犬をわたせとせがんできたうえに、そうすればお前の命は助けてやるとまで言わ
れて。とにかく、わんこだけでも守らねばと思って、そいつらを気絶させるだけさせて、
その隙を突いて、わんこを抱えて即座に帰って。ああ、これは失敗、受からないだろうな
と思っていたのですが……、まさかそれが合格だったとは」
 やられたと言わんばかりに、頭をかきだすグラン。
 カノンは、できの良い生徒を持ったかのように、にこやかな面持ちであった。
 かと思えば、ため息をつくときのような面持ちに一変し、
「ただ、やっぱり、おそろしい世の中になったと思うわ。武器を振るうことといえば、凶
暴な動物か、ただの盗賊や痴漢を追い払うといったものだったけど」
「まあ、おのれを律することのできないやつが武器を持つというのもおそろしいですね」
 軽やかにそう言ってみせたかと思いきや、グランは、なにかを考えるしぐさをのぞかせ、
「ところでですね。今日、姐さんのところに来た政府の犬と、僕らが捕まえた不審な男、
なにかつながりはありそうですかね?」
「そうね、まったく関係ないとも言いきれないけど、分けて考えていいと思うわ。政府側
には、気位の高い人たちが多いから」
「確かに。彼のほうは、戦術的な訓練と、簡単に口を割らない教育は受けてるみたいです
が。ただ、知性に関しては、政治家としては心もとない。むしろ、子どもたちのほうが、
聞き分けが良すぎるくらいですよ」
 グランは、様々な意味でやれやれと言わんばかりに、頭に手をやりながらそう述べた。
「おっと、そうだ」
 そして、なにかを言い忘れていたといった様子で顔をあげ、
「姐さんのほうにも頼みたいことがあるんです」
「あら、わたしに? なにかしら」
「子どもたちのこと、よろしくお願いしますよ」
 かく言う彼の表情には、いつくしみがたたえられており、静寂の情景をも思わせる。
 カノンのほうは、それだけ言われると、得心がいったというふうに、凛々しげな笑みを
作り、
「ああ、あの子たちね。たまにここにも遊びに来てるから、話し相手くらいにはなれると
思うわ」
「ありがとうございます。それでは、僕もいったん帰りますので」
「はいはい、お疲れさま」
「失礼しまっす」
 グランは、再び敬礼の姿勢で、弾むような声をあげ、片づけ終わった舞台を後にしてい
った。
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