Short Stories  -  ぬいぐるみと腐女子 No.03
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びいえる妙味

 ぼく、ひよこのぬいぐるみ。名前もひよこ。性別も多分ひよこ。少し形が崩れていて、売
れなければ送り返されて処分されるところだったのだ。
 そんなぼくを買ってくれたのは、ユヅカという女の人。確か、じょしだいせいだったかな。
 平時は、ユヅカの部屋の窓辺に置かれている。退屈だなんて感覚はないけれど、彼女がい
ないときは、なんとなくつまらないかなと思うことはある。
 それで、ユヅカは今いるのだけれど……、
「ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふ」
 ああ、また机の上にぼくとお菓子を乱雑に置いたまま、椅子に座ってなにか本を読んでい
ては怪しい笑みを浮かべているよ。たとえるなら、なんだか腐臭が漂ってきそうな笑いかた
だよ。やたらと肌色の割合が多い表紙のものを読んでいるときに限ってこれだ。ちなみに、
ぼくを買うときに一緒だった、あの本とはまた別物のようだ。これは確か、びいえるという
類のものだったな。
「今回のは本当にいい仕事してるわ。ああ、おいしい……!」
 おいしい……? びいえるとは食べ物なのだろうか。なんて考えていると、ユヅカとぱち
りと目が合った。
 そして、ユヅカはなにやら得意げに語りだす。
「BLというのはね、腐らせてなんぼのものなの」
 食べ物を腐らせてしまったらだめな気がするけれど……。ああ、もしかして発酵させると
いうことかな。意味は違ってくるけれど、現象としては同じはずだ。
「さっぱりとしたものから、ねっとりとしたものまで。男×男という題材は同じとしても、
その味つけは実に多様なのよ」
 そういえば豆腐と納豆、どちらも大豆からできたものだと聞いたことがあるな。
「それでね。わたしたちは、作った人たちに感謝しながらおいしくいただくの」
 そうか。食料というものは、農家の人たちが汗水を流しながら苗や種を育てて、それから
はじめて出荷されるものなんだ。料理だって、作る人の腕にかかってくる。これは確かに敬
意を払わずにはいられない。
 ああ、びいえるとは奥が深いものなのだなと思った。



びいえるを食らわば皿まで?

 ある日の昼下がり。今日も外はいい天気で、気持ちまで晴れやかになってくる。
 ……だというのに。ぼくの主である女の人、ユヅカの機嫌は下り坂であるようだ。いつも
のように、びいえるというものに興じているはずなのだけれど。
「ああもうこっちは全然ダメ。萌えが足りない」
 もえが足りない……? ああ、燃えが足りないか。ということは、生焼けなのかな。生の
肉の場合だと、じゅうぶんに火がとおっていないものを食べたら危険だといわれていたよう
な。
「だがしかーし!」
 そうしてユヅカは、握りこぶしを突き上げて言う。
「それだってなかったら、飢え死にすることがあるのもまた事実。BL不足のときにぜいた
くなんて言ってられない。萌えないというのなら、持ち前の妄想力で萌えてみせる」
 おお、ユヅカが燃えている。そうだよなあ、満足できないことがあるときには、自らこし
らえることも必要だよね。
「たとえおいしくなくても、BL生活を送るためには敢えて食らうことも必要なのよ。毒を
食らわば皿までだというのなら、BLだって皿まで食べてやるわ」
 そうか……! これが、苦汁を嘗めてでも生きるということか。どこまでも、強く。
 ぼくも、たとえまただれかにさげすまれても、彼女のようにたくましく生きて行きたいと
思った。

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