Short Stories  -  ぬいぐるみと腐女子 No.02
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ユヅカ

 ぼくは今、窓辺に置かれている。座っているというのとはちょっと違う。実はぼく、ひよ
このぬいぐるみなのだ。
 ちなみに、名前もひよこである。なんでも、ぼくを買ってくれた彼女が言うには、ひよこ
にはひよこのアイデンティティというものがあるらしく、下手に名前を付けるなどしてそれ
を損なわせるべきではないとのことだ。
 はあ。それにしても、開かれた窓から入ってくる風が気持ちいい。このままどこかへ飛び
立っていけそうな気がする。いや、飛べないし、どこかに行くつもりもないのだけれどね。
 だって――と。そこまで考えたところで、一階のほうからぱたぱたという、鳥よりも鳥ら
しい、羽ばたきのような音が聞こえてきた。きっと彼女が、料理や洗濯、掃除なんかをして
いて、それで走りまわっているのだろう。
 ぼくを書店で買ってくれた、その彼女、名前は「ユヅカ」というらしい。それと「じょし
だいせい」だとも言っていたと思うけれど、まあ、これは覚えていなくてもよさそうだ。
 ユヅカはなかなかの才気と器量を持っているようだ。ええと、それはさいしょくけんびと
いうものだったかな。
 そのユヅカがなぜ、ぼくのような、形が崩れたぬいぐるみを選んでくれたのか。おもしろ
そうだからとは言っていたが。今でもまだ、この都合の良い現実が信じられないぐらいだ。
もしかすると、おかしな姿をしているぼくをあざ笑うためなのではないかと。そんなことさ
え思った。
 そのとき、部屋のドアが開かれる。用事を終えたらしいユヅカが戻ってきた。それから彼
女は、ぼくの頭を少し乱暴になでた後、なにやら叫びながらぼくをほおずりしだす。
「んん、もちもちふわふわ。かあわいいい」
 少しうっとうしいぐらいだ。とりあえず(あ、鳥が会えないのはだめだから、とりあえる
かな)愛されているのは間違いないのかな。
 売られるときはぞんざいな扱いを受けてきたかと思いきや、こうして買われたときはかわ
いがってくれる。人間にもいろんなのがいるとは知っているけれど、ここまで差が大きすぎ
ると戸惑いを隠せない。多分、顔には出ていないと思うけれど。
 やはりユヅカは気のいい人間なのかもしれない、ある一点を除いては――。


びいえるたいむ

 今日は雨が降っているから、いつもぼくが置かれている近くの窓は閉められている。それ
から雷注意報と暴風警報というのも出ているらしい。
 別にそんなものはこわくない。売れずに処分されていたかもしれないことなんかと比べれ
ば。
 それよりも、ユヅカの挙動のほうが気になる。先ほどから、なにかの本を読みながら、邪
悪ともいえる笑みを浮かべている。彼女はもともと、人間のなかでも美人だといわれる部類
の顔である。だからだろうか、その不釣合いな光景に不気味さを覚えるのは。
「ふふ、ふふ、ふふふふ腐腐腐」
 ああ、これさえなければ……。それに、なんだか笑いかたも怪しい。
 そういえばあの本、ぼくを買ってくれたとき、一緒に持っていた、やたらに肌色の多い柄
のもの。あれを手に取っていたときも、こんなふうに薄笑いをしていたことを思い出した。
 もしかして、あの本には、人を狂わせるなにかがあるのではないだろうか。それならば早
急に取りあげたほうがいいのだろうけれど、あいにくとぼくはぬいぐるみだから動けない。
 そのとき、びゅうびゅうと吹きつける風とともに、窓もがたがたと鳴る。さらには、耳を
つんざく雷鳴。若い女の人であれば悲鳴をあげるか、おそろしさのあまりに布団を被るかな
どするのであろう。
 しかし、ユヅカは、読みかけの本を手にしたまま、すっと立ちあがって、
「ああもううるさい」
 窓の外に向かって声を張りあげた。
「わたしのBLタイムを邪魔するやつは、自然現象だとしても許さない。たとえ神や仏であ
ったとしても」
 び、びいえるたいむ……?
 それよりもぼく、強風や雷よりも、今のユヅカの形相のほうがこわいよ。
 とにもかくにも、邪魔しただけでこうなるということは、本を取りあげるということは絶
対にしないほうがよさそうだ。ユヅカが本を読み終えて正気に戻るのを待つしかないという
ことか。
 こうしてぼくは、人との付き合いかたというものを学んでいった。

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