+. Page 020 | 動き出す運命 .+
 草木に囲まれた路上で、風を切るような音がする。
 しかし、それにしては生々しい響きも含まれる。旅の途中で凶暴な動物に襲い掛かられ
たため、撃退するべくして剣を振るっているようだ。
 しかも厄介なことに、二足歩行で立ちふさがり、突進してくるのだ。
 レオンも剣を振るうことはできるが、彼より長けているアレクが大技を使うときには、
後ろに跳ぶようにしてその場を離れ、魔術での攻撃に専念する。その合間にトワが、回復
などの魔術で援護をして、余裕があれば彼女も魔術での攻撃を仕掛け、魔術が効きにくい
場合は弓も用いる。それぞれが戦闘の形体を理解し合ってからは、そうした動きが定着し
つつあった。
 どうにか仕留め終えると、彼らは一息つけたというわけでもなく、そのけものの姿かた
ちをまじまじと見ていた。
「なんだか珍しい型だよね。動物というより魔獣といったほうがしっくりくるような」
「とはいえ、まったくもってきつねであるようにも見える。確かに不気味な様相ではある
が」
 レオンとアレクがそう談義を交わしている合間に、トワはなにか当たりをつけた様子で
考えこんでいる。
「……進化でもしたか」
「分かった! 上の次元から来たスーパーきつねだ」
 突飛ではあるが単純な解を出すアレクに、突拍子もなく現実味もないことを言うレオン。
「そのどちらでもありませんが、ある意味ではそのどちらでもあるでしょう」
 すると、さらに要領を得ない回答を神妙な面持ちで告げるトワ。
 ふたりは、よくわからないといった様子であるが、ひとまず次の言葉を待つ。
「次元の壁が崩れかけてることによる影響であるのは確かでしょう。ですが――」
 トワが話しはじめたときは、口をはさまずに聞いているほうがいいだろうということが
暗黙の了解となっているためか、彼女を見すえたままでいる。
「この場合、上の次元から直接やって来たというわけではないでしょう」
「え、そうなの?」
 疑問が出てくると、好奇心が顔を出したレオンが反応する。
「次元が裂けてたとしても、動物の部類である存在が独自で超えてやって来ることはほぼ
ないのです」
「来たことには違いないが直接ではない……ということは、おい、まさか――」
「そうです。その次元の気の流れの影響を受けて、体の一部分が異形と化したのだと思い
ます」
 ある意味ではあるが、力や知恵をつけたことには変わりないというわけだ。
「襲い掛かってきたのは、突然のことで制御が効かなかったにすぎなかったのでしょう」
 かく言うトワは、口調こそ淡々としていたものの、どことなく意気消沈している。
 アレクは、トワへ同情の眼差しを向ける。もとはただのきつねでしかなかったのに、自
分たちの身を危険から守るために倒したのだ。彼女の性格からすれば、その事実は重くの
しかかっているはずであると。
「そういえば、内臓が機械みたいになってるやつもそうなのかな」
 不意にレオンがそう疑問を投げかけると、トワとアレクは我に返って彼のほうを向く。
「機械? 確かに先進的ではあると思うが……」
「外観だけが通常の生物と変わりないということでしょうか。ないとは言いきれませんが、
あまりピンときませんね」
 トワは、注意して見ていないと分からない程度ではあるが顔をしかめて、またなにか考
えこんでいるようである。
 しかし、あまりにも突拍子のない考えであると思ったのか、首を横に振って取りやめた
ようだ。
「とりあえず、ただごとでないのは確かですから覚えておきましょう」

「それにしてもさ、アレクって余裕だよね」
 ようやくのどかとなった道すがら、レオンがそう切り出した。
 当のアレクは、なんのことやらさっぱり分からないといった様子でレオンを見すえる。
「だって、前に出て剣を振るってるのに、防具を着けずにコート姿でいても平気みたいだ
から」
「防具なら服の下に着てる」
 なんてことはないといったふうにアレクが答えると、レオンは意外だと言わんばかりに
目を丸くする。
「一応、着てないと見せかけて相手を油断させる手段のひとつではある。ちなみにコート
を着てるのは、風で広がると動きやすいし、身もかわしやすいからだ」
 そういえばと、レオンは思い返す。旅装束として新調した、この服の内にだって防具が
しこまれていると。雨風を凌ぐためだとされているこのマントだって、いざ動きまわると
風を集める働きもしているのだと。
「でもアレクは、てっきりやられない自信があるからだと思ってたよ」
「どんな相手だろうと、戦ってみるまでは分からないものだ。どれほど鍛錬を積もうが、
絶対にやられないなどと言いきれるものはない」
 たとえ、非力そうな女や子どもであってもだと。
「前にも言ったが、勝ったと思って油断している状態がいちばん危険だ。やられた振りを
して反撃する機会をうかがっているだろうというところまでは疑って掛かれ」
 レオンは、ぽかりとした面持ちではあるが、感心した割合のほうが高いといった様子で
ある。
「そもそも、魔術に対抗するとなると勝率は未知数だからな。俺は、魔術は使えないし、
原理も想像がつかないが、だからこそなおさら剣技や戦技をみがく必要があるというわけ
だ」
「いいえ、剣技も術のうちではあるのです。先ほどの、服に関する論も、広い意味では術
の一種なのです」
 そのとき、レオンとアレクのやや後ろを歩いていて、彼らの話に静かに耳を傾けていた
トワがそう述べる。
「術もなにも、剣も服もそうやって使えるから使ってるだけだ」
「術というのは、発想からはじまるものです」
 これはこうだからこのようにするといった、あらゆるそれが術に相当するというわけか
と納得している様子のアレク。
「ちなみに、魔術というのも、発した思いで成り立ってます」
「そういえば、火が出てくるように念じたら火が出てくるし、水が出るように念じたら水
が出るよね」
 もちろん、本物ほどの効果はないし、どの属性をどれほどまで出せるかは人によるけれ
どねと付け加えてレオンは言う。
「その辺りは、属性との親和性も関係してきますね」
 たとえば、火に慣れ親しんでいる人であれば火の魔術が得意で、水が好きな人は水の魔
術が扱いやすいといったような。
「でも僕、一応全部の属性を使えるけど、どれもそんなに親しみがあるわけではないよ」
「属性の祝福を満遍なく受けやすいのは、好き嫌いの差があまりない場合というわけでも
あるのです」
「なるほど。確かに僕、食べれないものって思いつかないや」
 そういう問題かと言いたげなアレクであったが、なにやらトワのほうは納得している様
子である。
「それでも中魔法までしか使えないんだよね」
 大魔法ぐらいからは、よほどその属性に祝福されていなければ、鍛錬を積んでも時間が
掛かるのだという。
「魔術というのは、芸術の分野に通じるものがありますから」
 またもや不可思議な発言を繰り出すトワに、首をかしげるレオンとアレク。
「自己錬成型の魔術とは、絵を描く感覚と同じなのです。発生させてもすぐに消えるので
分かりにくくはありますが」
 絵の具や筆を使う過程を省略して現出させるようなものなのだと。それも紙という平面
上ではなく、空間に立体としてえがくという。
 だから鍛錬のほかにも、感性や情熱といった要素も絡んでくるというわけだ。
「結局のところ、優劣ではなく個性なのです。魔術を極める人もいれば、ほかのことに特
化させた人もいるわけですから」
 いずれにしても、しなければできないことには変わりないとも言って。
「トワのはエンゲージ型が主だって言ってたけど、えがくというのとはまた違ってたよね」
「ええ。あれは対話の部類ですね」
「対話って、雨を降らせるときに水辺に語りかけるっていうあれだよね」
「水そのものに質疑応答する能力があるものなのか」
 このように会話を交わすわけではなく、以心伝心といったもののようではあるが。
「動いてないので分かりにくいと思いますが、自然も心を持った生き物なのです」
 それだけではなく、あらゆるものには霊が宿っていると考えられ、ただ空中を漂ってい
る霊だっているといわれている。
「だれしも無意識に、そうした存在と対話してることがあるのですよ。気分が変わりやす
いのも、なにかをひらめくのも、そういうところから来ているのかもしれませんね」
 そして彼らも、人からなにかを感じ取ったり学んだりするものなのだと。
「寄生虫か」
「なかよしってことじゃないかな」
「さまざまな人がいるように、ほかの存在にもいろいろな性質が存在していますから」
 トワは、どちらの考えも否定することなく、微笑しながら言う。
「とにもかくにも、なにをするにしても、多かれ少なかれさまざまな存在の干渉を受けて
いるものですから、その意味では完全な自己錬成型というのは存在しないということです」
 今度はにこりと笑ってそう告げる。
「広い意味では、こうして生きて動いてることそのものが術だといえるかもしれませんね」
 そして、どことなく無邪気さをうかがわせる、軽やかな調子で背を向けて先に歩き出し
た。

「トワってさ、自分は落ちこぼれたようなものって言ってたけど本当なのかな」
 それについてはレオンの言おうとしていることは分かるといった様子で彼を見やるアレ
ク。
「独特というか、不思議な発言が多いけど、的外れとも思えなくて、つい聞き入っちゃう
ぐらいだし」
「いろんなことをよく知ってるしな。セルヴァールにある、あらゆる書物のどれにも記さ
れてなかったようなことも含めて」
「疑問にもちゃんと答えてくれるし、少なくとも悪意はまったくないよね」
「まあ、教団といっても真っ白というわけではないだろうし、いろんなしがらみもあるん
だろう」
 それこそ、都合の悪いことを知られたくないために足を引っ張るだとか、扱いにくいあ
まりに追い出したとか。
 レオンとアレクは、白い服を蝶のようにひらひらと風になびかせながら先を行くトワを
追うようにして再び歩みはじめた。

                       〜 第二部:動き出す運命・完 〜 
BACK | Top Page | NEXT →