+. ホテルマンと恋話・序 .+
 辺り一面を白で覆われた町、リーゼフは、冬が訪れるよりも前から雪が降りはじめ、終
わりを告げられた後であっても消え残る。
 ここよりさらに北の方角には、一年じゅうといっても差し支えがないほどに、常に雪で
包まれている極寒の地がひろがっている。
 つまり、このリーゼフは、ある国との境の辺りに位置しているのだ。
 それに因んで、この地はあの世とこの世の境目だなんていわれたりもしているのだが。
おまけに、死者と生者が混在する地だと言い出す者までいる始末だ。
 一方で、引き離された恋人たちの逢瀬だという、なんとも情緒のあるたとえをする者も
いる。どことなく郷愁を漂わせている、この町並みがそう思わせるのだろうか。
 まあ、それとともに裏社会に詳しい者たちが集う酒場があるだとか、はでやかな外装の
賭博場があるだとか、そういったことはまた別の話としておこう。
 なにはともあれ、危うい均衡の上でありながらも、一定の秩序は保たれているのだ。
 それどころか、これほどの寒さであるにもかかわらず、観光を目的として足を運んでく
る者たちも絶えずいるぐらいだ。やはり人というものは、雰囲気によって動かされやすい
生き物であろうか。
 かくいう俺たちも、彼女リアちゃんとともに観光も兼ねてやって来た。いわゆるデート
というものだ。今風に言うとリア充だな。俺のそのリア充っぷりときたら、世間一般の比
ではない。なんといっても、リアちゃんが相手でリアルが充実している、リア充のなかの
リア充だ。
 恋の情熱で、雪の寒さだってなんのその――なんていうには物理的に限界があるので、
ひとまずホテルを探すことにした。

 いや、探すまでもなかった。密集している建物のなかでも飛び抜けてどっしりとたたず
んでいて、ぎらりと冷たく射すような趣もあって目立つため、すぐさま見つかった。
 こう見えても、宿泊者にとって親切な価格であるとの評判だ。格安というわけではない
が手頃であるといえる。なるほど、客の要望に応えながらも自分たちの価値を下げない、
その絶妙なさじ加減も魅力となっているわけか。
 いざホテルの入り口に到着すると、なにやら黄色い声が聞こえてきた。なにかショーで
もやっているのだろうか。そんなことは一言も聞いていないが。ひとまずなかに入ってみ
るとしよう。
 フロントのほうには、女の人だかりがあった。年齢層はまちまちのようだが、これはど
ういった状況だろうか。そこからやや離れた憩いの場からも、老若男女さまざまな者の視
線が向けられている。
 その視線の先には、支配人であると思しき青年の姿。そうはいってもまだ成人していな
いようであるが。不意に聞こえてきた名前によると、彼はミカゲくんというらしい。
 それで、そのミカゲくんはというと、もてているにもかかわらず、とりわけて愉快そう
であるわけでもなく、かといって困惑しているふうでもない。簡単に言えば営業スマイル
であるというやつだ。
 それにしても、彼は、この状況に慣れてはいるようだが、なんとも不思議なやつだ。
 別に、彼が不気味であるとかいうことではない。そういう意味でいうなら、むしろ彼の
取り巻きたちのほうにある。
 彼女たちは、ミカゲくんとやらに群がっているものの、彼に恋慕の情をいだいていると
いうわけではなさそうだ。だれかのものになることを望んでいるわけではないが、同時に
自分のものになることも望んでいないようでもある。言うなれば崇拝に近いような。
 それにだ、俺の予想では、彼にはもう特定の相手がいる。俺はこの手のことには割りと
鋭いのだ。カジノで十万リラを賭けてもいい。
 それだけではない、彼はあの見た目の若さではあるが、既婚者であると思う。そう考え
るとあの人気ぶりにも合点がいく。
陰と陽の合わさったものは神のごとき輝きを発揮するという。それは夫婦や恋人といった
関係にもいえることだろう。
 しかしその後、ミカゲという彼は見かけどおり本当にまだ成人もしていなければ結婚も
していない、それを知ることとなるのだが。しかも彼に恋人はいない、それどころかもっ
と悲惨な話を聞くこととなった。

                       〜 ホテルマンと恋話・序(終) 〜
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