+. エイプリルフール戦線(前半の部) .+
 うそをついても良い日……なんていうものがあるらしい。
 そんなわけで、冗談を言い合って楽しむ遊びが広く行われている。ときには、うそかも
しれないし本当かもしれないことを言い、つきとおせるか見破られるかを競い合うのだと
か。
「おもしろそうね。ねえ、みんなでやりましょ」
 広い居間のなか、いのいちばんにそうさそい勧めたのはリーナである。この場にいるレ
キセイ、アルファース、アンネ、ゼイン、各々なにかしていた手を休めて彼女のほうへと
振り向く。
「うそか本当か知られるのが遅かったほうが勝ちね」
 彼女のなかでは、することは既に決定していた。少なからず自信はあるためか、にやに
やとした表情である。
「よーし、乗った!」
「分かった。やってみる」
 リーナに対して甘いところのあるアンネと、積極性を通り越して乗りのよすぎるところ
のあるレキセイはふたつ返事で承諾する。
「俺はやらねえぞ」
「あーっ! そんなこというなら、アルファは不戦敗にするんだから」
「勝手にそうしてくれ」
「ま、アルファはうそなんて得意じゃないっていうかできないもんね」
 そう締めくくったアンネが不意に言う。
「わたしね、こう見えても結構か弱いわよ」
「それはないな」
 そして、すかさずそう反応するゼイン。
「そこ! ちょっとは迷いなさいよ」
「俺のダンベルが荷物のなかに紛れてたときも平気で持ち歩いてた女はか弱いとはいわね
えからな」
 アルファースも、やれやれと言わんばかりの様子でそう付け加える。
「ちょ、ちょっとは重いなって思ってたわよ」
「アンネは別に強剛なわけじゃないと思うわ。……ただちょっと鈍いだけよ」
「うわあん。リーナ、それフォローになってない」
「バカは風邪を引かないんじゃなくて、バカは風邪を引いたことに気が付かないって聞い
たけど、それと同じか」
「レキセイは追い討ちを掛けないで。しかもなにを納得したみたいに言ってんのよ。ああ
もう。今度はゼインの番」
 彼女のきまりが悪くなった原因である彼に矛先が向かった。
「そうだな。あの話をするとしよう」
 割りに付き合いの良い性質である彼は、不快に思うでもなく乗ってきた。
「俺が務めてた研究所にあるトイレのことだが。夜になると、不気味な笑い声や泣き声、
ときには叫び声が聞こえてくることがある。おまけに、やつらの標的となった個室は、朝
になるまで開かないこともあるんだ」
「ふふん。トイレに出てくるお化けってわけね。そんな手には乗らないわよ」
 アンネが得意そうに言っているかたわら、
「むう。なかなか難しいわね」
「これは五分五分だな」
 どちらとも付かずに悩んでいる様子のレキセイとリーナ。
「おいおい。考えるまでもねえことだろ」
「いや、そういうことがたまにあって――」
 分かりきっている様子のアルファースに、レキセイがなにか言いかけたそのとき、
「……ふふ、ふふ。あは……あははははは」
「ひっ」
 突然きこえてきた不気味な笑い声におどろいた様子のアンネ。アルファースは、声をあ
げてはいないものの、警戒態勢に入る。ゼインも、大きな反応は見せないが、顔をしかめ
ている。そんななか、落ち着いているというよりも、意に介してもいないレキセイとリー
ナ。
 声の出所は、この館のトイレであった。ほどなくして、そこの扉がひらかれる。その先
にいるのはお化けではなく、どのように見ても人間である。にこやかな青年といった風貌
だ。
「グ……グラン?!」
 アンネが、声のぬしの名を呼ぶと、アルファースとゼインも気を抜く。
「こんにちは、グランさん」
「もう、また勝手に人の家に入ってトイレを占領したりなんかして」
「やあやあ、レッキーにリーナくん。それに、みんなもおそろいで」
 グランというその彼は、軽やかな調子で言う。
「のん気にあいさつしてる場合じゃねえ! いつからいた!?」
「グランさん、いつの間にかこの屋敷のなかにいて、トイレにこもっていることが昔から
よくあるんだ」
「普段から、情報を集めるために国じゅうを駆けまわってるから、音をたてずに入ってく
るなんて簡単そうだもんね」
 だから気にすることはないという意をこめて説明するレキセイとリーナであるが、そん
な効果はまったくない。
「それは不法侵入というものだろう」
 冷静に突っ込むゼイン。
「もう! びっくりしたじゃないの」
「いやあ、あそこにいると思考しやすくて。それで、解に到達したときにはつい笑いが」
 当のグランはまったく悪びれた様子がない。長時間も部屋から出てはならないが場所は
選ばせてやるよと言われたら、あらゆる意味で便利なのはトイレであるということを切に
説く始末だ。
「なるほど、そういうことだったか」
 先ほどまで冷徹さをのぞかせていたゼインが、なにやら納得したように流されていく。
「分かったから、せめてトイレぐらい静かにしてくれ」
 論点がずれているが、至って真剣なアルファース。黙って居すわっていることに関して
は問わないようだ。
「トイレにお化けがいて、不気味な声が聞こえるって話、本当にありそうな気がしてきた
わ」
 アンネがため息まじりにそうつぶやく。
「種を明かすと、お化けではないが、研究員たちの仕業だ」
 ゼインが言うには、夜の遅い時刻まで居残っている研究員たちが、作業に行きづまった
ときなど、持ち場から離れるときによく行き着く場所がトイレであるそうだ。適度に狭い
空間であり、外部からの干渉をほとんど受けないというところに魅力を感じるのだとか。
トイレから聞こえてくる声というのは、おもに彼らの苦悩であるのだという。そこでその
まま寝入ってしまう者たちの存在も珍しくないのだった。
 なにかしら、能力のある者というのは得てして変わっているところがあるものなのか。
たわいない会話で盛り上がってきたとき。
「君たち。そろそろ休憩にして、ランチタイムにしないか」
 時機を見計らってきたかのように、ここの家主であるラフォルがさそい勧める。台所で
準備を手伝っていたカノンも、一歩ほど彼の後ろにたたずんでいる。

                  〜 エイプリルフール戦線(前半の部) 終 〜
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