+. Happy(?)Valentine Day .+
 今年もやって来やがった、女が男にチョコを贈って、愛を告白するというこの日が。今
の時代では、友人とか世話になったやつとかに贈る習慣もあるようだが。そうなると、業
界の陰謀なんかも絡んでくるわけで。綺麗に包装されたチョコが置いてある店先へと、吸
い寄せられるかのように向かっていく女たち。
 しかもだ、無類のチョコ好きだときている、この連れの男――レキセイが、その店へと
向かって何種類か買って来やがった。人ごみに紛れても容易に見つけられるであろう銀の
髪のみならず、顔もあでやかな部類に入る男がその場にいたら、奇異の目で見るのは必至
だろう。俺は他人の振りを決め込んでいたのだが、レキセイは買い終わって出てくるやい
なや、
「お待たせ、アルファース」
 俺の名前を口に出していたため、俺は奇声を上げながら、大急ぎでこいつを連れ出した。
それによってますます注意を引きつけてしまったようだが、もう知らん。なかには好奇の
目を向けるやつらもいたが、これも放っておけ。俺たちは旅の身だ、町に長居さえしなけ
ればすぐに忘れ去られるだろう。
 さてと、ここまでならまあいい。問題はその後、しばらく歩いて、町の広場までやって
きた今このときだ。レキセイが不意に立ちどまったかと思いきや、ごみ箱のなかを漁りは
じめやがった。
「うわ、なにしてんだよ」
「チョコが捨てられてたから」
 そう言ってレキセイが手にしたのは、黄色いチェック柄が描かれた透明な袋に入れられ
ている、手作りのものであると思われるチョコ。丁寧に青いリボンまで施されている。
 そうか、こいつは、捨てられているものでも、無駄にするのが惜しいと思えば拾うやつ
だった。それどころか、捨て猫まで拾ってそのまま飼ったことが何度かあるって言ってい
たな。おまけに、どこにも行くあてのない女の子――具体的にいうとリーナを連れ帰った
のだとか。なるほど。ならば、この状況になるのも納得……じゃねえよ!
「持ち主が取りに来るかもしれねえから戻しておけ」
「ごみ箱のなかにあったということは、元の持ち主はこれを放棄したわけだ。つまり、今
からこれは俺のものになる」
 きりっとした顔つきで言うんじゃねえ!
 そう発しようとしたのだが、開いた口がふさがらないとはこのことで、口を動かすこと
はかなわなかった。断じて泥棒ではない、そんな堂々ささえもうかがえる。
「とにかく、もったいないから持っていく」
 だああ、この貧乏性が! 
 こいつは、特に食い物は無駄にしない。床に落ちたものぐらいは平然と食うし、土や埃
を被ったものでも払い落として食うほどだ。ときには、敵が持ち込んだものでさえ食うの
だとか。――って、それでも限度があるだろうが。
「駄目に決まってんだろ。他人が作ったものなんて、なにが入ってるか分かったものじゃ
ねえ」
「たとえなにがあろうとも受けとめてみせる……!」
 ……めまいがしてきた。
 もともと愚直を絵に描いたようなやつだが、見境のなさも天下一品だ。真面目にボケら
れたら手に負えねえ。さらに、良くも悪くもノリがいいときている。こんなの勝てるわけ
ねえだろ。こいつのせいで「安易に乗るな」という辺りが口癖になったやつらにお悔やみ
申し上げたい気分だ。それで、俺の出した結論は、
「ああもう勝手にしろ!」


 * おまけ * 
 宿屋の台所を借りていたリーナは、この日のイベントに備えて、チョコレートを作るこ
とに励んでいた。愛の告白というわけではないが、無類のチョコ好きである、旅の相棒に
手渡そうと企てている。旅に出てからは、チョコレートを口にする機会は減っており、手
作りのものとなると全くないだろう。だからいきなり差し出して驚かせようという腹積も
りなのだ。チョコレートができあがると、黄色いチェック柄が描かれた透明な袋に入れて、
青いリボンで締める。
 そうして仕上げたそれを持って、目的の人物をさがすために外へと駆けていく。相手は
どこにいても目だつ銀髪であるため、見つけだすのも難しくはないだろう。そう予想した
とおりに、彼の姿はそれほど時間を掛けずにとらえることができた。
「レ――」
 彼の名を呼びながら走っていこうとしたそのとき。リーナの目に飛び込んできたのは、
チョコレートの包みであろうものを何種類か抱えている彼という光景。
 リーナは、顔をうつむけ、きびすを返して走りだしていった。
 あてどもなく駆けていってたどり着いた広場で、ごみ箱を見つけては、彼にあげようと
していたそれを投げ入れた。

                      〜 Happy(?)Valentine Day 終 〜
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