+. Page 087 | 雨降る夜の亡霊 .+
 ミカゲとチカゲは、窓の外からたたきつけるような水音がするなか、搭乗しているバス
に揺られていた。
 バスというのは、一定の場所に停留しながら行く道を走行する、大型の乗り物のことで
ある。
 大国センドヴァリスで普及している列車というものに少し似ているかもしれない。駅か
ら駅にかけて走ってはとまることをくりかえして、また元の場所に戻ってくるといった仕
様はそのままである。
 形としてはバスのほうが狭くはあり、移動する範囲も速度も及ばないが、優劣があると
いうわけではない。遠い場所へ早めに向かいたい場合には列車のほうが便利であり、それ
ほど遠くはないが徒歩ではもてあますなどといったときにはバスのほうが便利なのだ。
 今、このバスに乗っているのは、ミカゲとチカゲだけである。ほかにも乗客はいたが降
りたのか、もとから乗っていなかったのか。
 とにもかくにも、自分たちしかいないとなると、自分の世界に入りがちとなる。揺りか
ごのなかのようにゆるゆると動かされ、目を閉じる――というわけではなく、どこか遠く
をひたすら眺めているようですらあり。
 しかも外は雨。その薄暗さは、もの悲しさをいざなうにはじゅうぶんであった。
「ミカゲ」
 そのとき、彼の名を呼ぶチカゲ。
 彼女は、なにを思っているわけでもないようだが、彼の様子を気にかけているようでは
ある。自分はそれほど長く思考していたのだろうかと、ミカゲは不思議に思う。
「またリゼのことでも考えていたか」
 チカゲは、彼の気をうかがうことなく対象の名を指して言う。
 まさにそのとおりであったのか、おどろいた様子のミカゲ。そうはいっても、表情の変
化は微々たるものであるが。
「ここにいたとしても、手に入れたいというわけではないことは確かだな」
 そして、そんな彼にかまうことなく、さらにそう続けるチカゲ。
 ミカゲは、それはそうだと言わんばかりに表情を引きしめる。
 むしろ彼女には嫌われているぐらいが程よい具合なのだと思いながら。彼女が狭量では
ないとしても。そして自分はまだ彼女のことが好きであって、それでもだと。
 そうだ、あの彼ならばと。ミカゲは、ふとルーインの存在に思い当たる。自分と同じく、
彼女とよく話していた間柄である彼のことだ。もしかすると、ある意味では自分よりも、
彼女とは対等に近かったかもしれない彼のことを。
 自身の手で殺した相手に対して身勝手であると思いながらも、できるならば、向こう側
では彼に、彼女の傍にいてほしいと願っているのだ。
 彼のことは、彼女の危機であるときに立ちふさがっていたところをのけた結果、手に掛
けてしまったといったところではあるが、彼だって彼女を好きだったはずなのにどうして
だといういらだちも含んでいたのだろう。
 しかし彼とて、神の意志とやらを挟まないのなら、立派に彼女を守りきってくれるはず
であるのだから、やはりその役目は彼以外に考えられないのだ。
「リゼにはただ会いたいといったところか」
 またチカゲが続けて言ったところで、ミカゲもようやく口をひらく。
「会いたくないわけではないな。でも、会いたいっていうのもちょっと違う」
 彼女には嫌われていたいどころか、極端なことをいえば存在を忘れられていてもかまわ
ないと、ミカゲは自虐するでもなく、なにとなしにそう思っている。
 今の気持ちを敢えて言葉にして表すならば……、
「確認したい……かな」
 元気にしているのだろうかと、そればかりが気にかかるようである。死者に対して元気
もなにもないだろうというところであるが、幸せであればいいとか楽しそうであればいい
とか、そういうこととも少し違うらしい。悲痛な思いをしていなければいいということが
いちばんの願いであって、言葉にするならやはりこれがいちばん適切であるということな
のだろう。
 もちろん、彼女の身によからぬことが起これば、問答無用で奪い去っていく心づもりで。
 たとえ、彼女のいる場所は遠く、見ることさえかなわないのだとしても――。
 それきり、ミカゲとチカゲは、とりわけてなにかを話すでもなく、互いにただ寄りかか
っていた。

 ときに、遠くへと馳せる思いは、創世の頃のできごとにまでさかのぼる。
 もちろん、そのような時代に生まれているわけでもなければ記憶があるわけでもなく、
神話のなかのことである。
 いわゆる、最古の人類である男と女の話だ。彼らは、楽園と呼ばれる場所にいた。
 そこには、絶対に食べてはならないといわれている「知恵の実」がなっている樹があっ
た。その実はりんごであるだろうといわれている。
 あるとき、彼らは、その樹に絡みついているへびにそそのかされ、言いつけを破って、
知恵の実を食べてしまった。それをきっかけに、楽園から追放されたのだ。
 知恵の実を食べたことが知られたのは、自分たちが裸であることが羞恥であると思うよ
うになり、性器を葉で隠したことによるものであった。
 ところで、とある歌に、葉っぱではなくカエルだったというものがあるのだが。もしか
してこの話のなかでもそうなのだろうかと、ミカゲはふと思った。
 さらに、結婚式のときに鳴る鐘の音がリンゴ―ンであることと、知恵の樹にリンゴがな
っていることを掛け合わせて、どちらも男と女の組み合わせを表す象徴などと考えたとか
考えなかったとか。

 とにもかくにも、この話は、母体から生まれ出る赤子を表しているものだということが
最も分かりやすい考えかたであるだろう。彼らは裸である胎児の状態から生まれたという
示唆であるのだろう。
 もうひとつ、裸の王様という話がある。
 ある日、衣装が好きな王様は、「ばかには見ることのできない布」というもののうわさ
を聞きつけ、それを持っているという仕立て屋に服を織るよう注文する。
 そうはいっても、それはもともと存在していなかったのだから、だれにも見えるはずが
なかった。
 しかし、王様に、機織りの様子をうかがって来るよう言いつけられた大臣や役人が、自
分がばかであると思われたくないために、その布を素晴らしいとほめたてる。
 ついには王様までも、ばかだと思われたくないために、その布をほめたたえた。
 すると、仕立て屋たちは、服を作るふりをしたあと、仕上がったそれを王様に着せよう
とする。もちろん彼らはなにも持っていないが、みんながほめそやすならばよほど素晴ら
しいものであるのだろうと、それを着て町に出て披露しようとする。
 それからというもの、城下町に住まう人々も、その服が見えているかのように振る舞い
はじめる。彼らについては、ばかだと思われたくないためであったり、へびのように長い
ものには巻かれていようとするためであったりするようだが。
 単に見栄を張ったばかりに恥をかいた話なのか、人々を催眠術にかける話であるのか。
もしくは大衆の意見に流されずに自身で判断しろという教訓であるのか、世界はこうして
欺瞞にまみれていくという皮肉であるのか。
 ちなみに、根が正直である子どもは、王様の裸を指摘する。しかし親は、その子どもを
物陰に引っぱりこんでしかりつける。ここで子がしかりつけられた責は王には行きにくく、
親に飛び交いやすくなるというわけだ。だからましてや、この状況を許した、もしくはす
きを突かれた神のほうへ向かうことはほぼ皆無であるのだ。
 近頃の展開では、指摘したものには褒美をやるようであるが、口どめ料のようなもので
あるのだろう。あめを口に含ませておけばしゃべることはできなくなり、甘さに酔いしれ
ている合間はまともに会話もできないといった理屈だろう。

 さて、創世神話の男と女が胎児に相当するとなれば、へびがへその緒で、樹が母体とい
ったところか。へびを通じて栄養を得ると考えれば納得しやすくはあるが。
 しかし、それではあまりにも単純である。まるでそのように読んでくれといっているか
のような。
 思考をとめるという状況は、なにも分からないときよりも、なにかが分かったときに起
こることのほうが多いものだろう。問題が解けた瞬間というものは、快感につつまれ、す
べてを知ったつもりになりやすいものなのだから。実際には一皮むけただけであったとし
ても。

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