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 LSS――自警団の役割を担う組織で、猛者たちの集う場所でもある。
 そんな彼らのうちの三人、グランを先頭に、レキセイとリーナがいた。彼らが、かの支
部の建物へ入ろうとしたところ、
「おっと、お客さんがいるみたいだよ」
 と、グランが告げる。
 内部をうかがってみると、ふたりの男性が、窓口のほうにいる女性と話をしているよう
であった。男性たちの身なりはあか抜けていた。そして、聞こえてくる、彼らの話し声。
「……どうです? こちらはほかの者に引き継いで、議会の構成員にですね」
 話を持ちかけているのは、男性たちの側のようだ。
「時代の節目ともいえるこの時期、市民たちもますます、我々の手を必要とするでしょう。
もし、こちら側が通常どおりに機能しなくなり、彼らに混乱を来たすと、あなたがたの活
動にも支障が出ることと存じますわ。社会の体制のみならず、組織内の顔ぶれが変わると
いうだけでも危ういですのに」
 女性の言葉づかいは至って丁寧なものであった、はなやかな外見に伴い、柔らかな印象
を与える。しかし、どことなく凛々しさをまとっており、かの男性たちを見据える目は、
凍てついてさえいるようだ。
「しかしですね。あなたの能力を考慮すると、現在の職種に収まっておられるままでよい
はずがないと思いますがね」
 かの男性たちは、一瞬ひるみそうになったようであった。そして、どうにか言葉を返し
たといったふうに告げた。
「それは買いかぶりすぎですわ。それに、この仕事は首相の任命を受けてのもの。ですか
ら、わたくしが今いるべき場所はここであることは間違いありませんわ」
 女性のほうも負けじと、氷の刃で貫くように言葉を返す。かの男性たちは、複雑そうに、
顔を見合わせる。
「ういーっす! ただいま戻りやしたあ」
 そのとき、合間を見計らったかのように声をあげ、建物のなかに進入するグラン。彼の
後ろに控えていたレキセイとリーナも続いて入ってくる。
 すると、かの男性たちは、目を凝らしていないと分からないほどであったが、びくりと
反応し、
「……今回はこれにて失礼いたします。また後日伺いますから、考えておいてください」
 かくいうやいなや、出入口へと引き返す。そして、レキセイたちをいちべつした後、ば
つの悪そうな表情を浮かべながら、この場を後にした。
「ぶう、感じ悪いなあ」
 彼らの去っていったほうを向きながら、口をとがらせて言うリーナ。レキセイのほうは、
即座に女性のほうを向き、
「えっと、カノンさん。今の人たちは……?」
「うーん、早い話が、政府の犬ってところね」
 先ほど感じさせた威厳とはうって変わり、難しい質問を子どもから投げかけられた親の
ような表情で答えるカノン。
「なるほどなるほど。ここのリベラルは出払ってる。彼らはその情報を入手。んで、僕ら
のいないすきを突いて、姐さんを引き抜こうって魂胆だったわけだ」
 グランは、腕組みをしてうなずきながら、間に入って解説しだした。
「そうだったみたいね。リベラルの解体を推し進めるという意味もあったのでしょうけど」
「解体?」
 当の彼女から説明されると、おうむ返しに尋ねるレキセイ。
「わたしたちの活動も、世間に浸透してきたから、それを快く思わない連中も出てきたっ
てことね。まあ、それはほんの一部の人たちだけだし、想定の範囲内だから、気にする必
要はないわ」
 カノンの答えはというと、はなはだのん気なものであった。
「その一部っていうのがややこしいのでは……」
 聞こえるか否かといった声で、レキセイがさらに聞き返していると、
「しかーし! すきがあったのは、実は彼らのほうだった。この僕、グラン・エクステイ
ンが帰ってきてただなんて夢にも思わなかった」
 割りこむように、いきなり声をあげて実況するグラン。
「グランって、存在感があるように見えて実はないでしょ」
 と、横やりを入れるようにかく言うリーナ。
「ふははは。リベラル切っての情報屋たるもの、そう簡単にしっぽをつかませないのさ」
「うわあ、自分で言っちゃってる」
 レキセイは、先ほどの懸念もさることながら、そんな彼らのやりとりをぽかんとした様
子で見つめている。
 そして、カノンのほうへ向きなおり、
「あの、カノンさんのほうは、大丈夫でした?」
「ええ。すぐに追い払ったから、なにごともなかったわよ」
 彼女は、さらりと、本当になにごともなかったかのように答えた。
「わたしも、ああ言ったけど、彼らが考えてることも分からなくはないわ。市民たちの信
頼がこちら側に傾いてしまうと、政府そのものの存続も危ういから」
 そして、表情は穏やかなまま続ける。
「えー、そんなのあの人たちの自業自得じゃないの」
 すると、やはり口をとがらせて言うリーナ。
「ふふ、それだけのことで済めば、わたしもそう言ってたわね」
「行政に支障が出てしまうと、様々なことが不利になって、結果、市民たちどころか国民
の生活まで脅かされる可能性があるってことですか?」
 と、不意に口をひらくレキセイ。
「ええ、おおむねはそういうこと。まあ、彼らだってこれほどの情報網を持ってるのだか
ら、視点を変えて、行動を改めれば、こちらを潰しにかからずともじゅうぶんに機能する
はずよ」
 息をつくように言いきる彼女の様子は相変わらずであった。それは、政府側の魂胆は別
にしても、改善の余地がある間は、意地でもこの座は譲らないという志が見え隠れしてい
るふうでもあった。
「とはいえ、自分に都合のいいものしか受けいれないってのは、情報の大きな落とし穴で
すから。そのうえ、収賄や談合が絶えないとなると、あんまり期待はできないでしょうが
ね」
 グランのほうも、やれやれと言わんばかりの姿勢をとっていたが、ひょうきんな様子は
そのままであった。
「んで、今の僕が目を向けるべきことは、レッキーとリーナくんの試験内容。てなわけで、
今回の任務はいかがなもので?」
「ああ、そうだったわね。あなたたちの今回の試験は……」
 と言いながら、ひらりと身をひるがえすように、窓口の奥のほうへと向かうカノン。そ
こに置かれているたんすのひきだしをあけ、どこかの鍵と、携帯用の電灯を取り出し、
「この都の地下にある、水路の内部に異常がないかの点検よ」
 と、それらをグランに手渡しながら告げる。
「ほえ? 試験って、そんなことでいいの?」
「ええ。緊急性は高いわよ。水は人の身近なものだから、水道に支障が出るようなことが
あってはならないの。それに、構造は複雑にできてるから、進入できる経路が見つかった
場合とか、子どもたちが迷いこみでもしたら大変よ」
「そっか。そういうことなら了解よ」
「あ、はい。俺もそれで構いません」
「試験ってことで、僕は基本的に手出しや口出しはしないから、君たちの判断に任せるよ」
「ふふ、監督の仕方は任せるけど、任務の担当者名義はグランだから、責任はあなたで持
つことになるわよ」
「そういうわけで、助けると思って頑張ってくれよ。危険の多い道中で、僕を護衛すると
でも思ってさ」
「それじゃあ、都を見物してて、調子に乗って地下にまで入ったけど、結局迷いこんでし
まった旅人の護衛ってことにしておくわ」
 リーナは、ままごとの配役を思いついたかのように、いたずらっぽい笑みを浮かべなが
ら言った。
「えー、お偉いさんが派遣した密偵とかにしてくれよ」
 グランは、そう言ってみせた後、カノンのほうを向き、
「ま、それはともかく。それじゃあ姐さん、行ってきますから」
「ええ、よろしく頼んだわよ」
 そして、グランは、歯をのぞかせながら笑うと、挙手で合図した後、出入口のほうへと
向かっていく。
「あの、それでは……、カノンさん……」
 レキセイは、ひとまずその場に立ったまま、不安げな表情で、彼女を見やりながら話し
かけていた。
「あーはいはい。わたしのことなら大丈夫だから、自分たちのことを気にしなさいな」
 と言われると、レキセイは、無理矢理うなずくかたちで合意を示した後、出入口のほう
へと向かう。
「行ってきまーす」
 と言いながら、リーナも、軽やかな足取りで出入口へと向かっていった。

 都のなかを歩く、かの三人組。グランは、レキセイとリーナを見守るようにして、ふたり
の後に続いている。彼らは、任務の現場へと向かっている途中であった。そんななか、リー
ナは、どことなくさえない表情をしていた。
「リーナ、どうした?」
 彼女の顔を、そっとのそきこみながら尋ねるレキセイ。
「事情は分かったんだけどね。最終試験なのに水路の点検だけでいいのかしらって思って。
ほら、カノンお姉さまなら、宮城内部の密偵の依頼くらいはしそうじゃない?」
「水路の内部は暗いうえに、足場も悪いんだ。それに、寒いから、体温だって奪われる」
 そして、ゆっくりとひも解くように答えるリーナに、静かに告げるレキセイ。
「それなりに難易度が高いってこと? でも、水路に問題なんて、滅多にないと思うけど
なあ」
「この都は名家が多いから」
 レキセイは、さらに打ち返すように告げる。
「うん。それは知ってるけど、なにか関係があるの?」
「大抵の名家にある逃げ道は、地下の水路に続いてるんだ」
「ああ、なるほどね。命を狙われる理由としては、名家というだけでじゅうぶん。逃げ道
はそのときのためのものね。それで、逃げているほうからすれば、水路にまで気を使う余
裕なんてない。だから、気づかないうちになにか問題が起こってたら大変ってわけね」
「……うん、そういうわけなんだ。その彼らの安否のことだってあるから」
「あれ? でもそれだと、泥棒さんも入り放題じゃないの? 鍵はなくてもこじあけれる
っていうし」
「…………」
 水流のように一定の調子で会話を繰り出すレキセイとリーナ。しかし、彼のほうが、答
えに窮したようで、せき止めるかたちとなった。
「おーい、君たち。今は試験中なんだから、私語は慎むように」
 今まで静観していたグランが、にいっと歯をのぞかせながら、その合間に口を挟む。
「……あ。すみません」
 はっとしたように、グランのほうへ振り向いて応答するレキセイ。
 そして、再び前方に目を向けると、だれかが走ってくるようだ。
「あー! グランだー!」
 子どもだった。グランを指差して走りながら声をあげていた。
 当のグランは、目を丸くする。飽くまで口を閉ざすつもりなのか、彼の去っていった方
向を見やるのみだった。
「かんとくなんだってー? グランなんかにつとまんのかよー?」
 さらに、ほかの子どもが、走ってきながら声をあげ、そのまま去っていく。
「なっなにい!? 僕をお目付け役にさせたら天下一品なんだからねっ! ……って師匠
が言ってた」
 グランは、こらえきれなかったらしく、彼らの去っていくほうに向かって叫ぶ。最後の
ほうは、なにやら口ごもっていたようだが。
「ちょっと! 今は試験中なんだから私語は慎みなさいよ」
 さらに、グランに向かって突っこむリーナ。
 そんなやりとりをしている合間にも、目的地までは目と鼻の先になっていた。そして、
到着すると、
「さあ、着いたよ。ここが魔界への入り口ってわけさ」
 両腕を広げながら、大げさに言ってみせるグラン。そのかたわら、リーナは地下への門
の鍵をあけている。
 レキセイはなにかを考えこんでいるようで、
「このあたりって確か、さっきの子たちがいたところじゃないのか?」
 と、疑問を投げかける。グランはなおも口を閉ざしていた。
「でも、鍵はかかってたし、子どもたちもみんなでいたから、進入の心配はないってこと
だよね」
 満面の笑みを浮かべて答えるリーナ。レキセイは、そんな彼女を見つめていると、
「うん……、そうだな」
 と、納得の旨を示した。
 そして、リーナは、携帯用の電灯を点け、好奇心に満ちた表情を浮かべながら、軽やか
な足どりで地下にある水路へと入っていく。レキセイも、遠い昔に思いをはせるように地
下への路をのぞきこんだ後、彼女の後を追うかたちで進んでいく。
 グランはというと、その場に立ちつくしたまま、子どもたちが走っていった方向に目を
やっていた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに彼らの後に続いていった。
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