宿に戻ったレオンたちは、再び茶と菓子を片手に談話していた。
引出物としてもらったそれらは、どことなく鬱蒼とした色味である。それなりに豪奢で
明るい雰囲気の、この部屋とは不釣り合いな印象を受ける。
「これって、たしか茶番っていうんだよね」
「それを言うなら番茶だ」
レオンがなにか外れたようなことを言えば、アレクがすかさず訂正に入るのも茶飯事で
ある。
ちなみに、この菓子は和菓子という種類のものであり、レオンたちが慣れ親しんでいる
洋菓子との違いはあるが、甘みを強調したものという点では同じだ。
この番茶というものも、緑の色をしていて、慣れ親しんでいる紅茶とは風味も違うが、
どことなく茶らしくもあった。
「でもこれ、紅茶とは違うんだよね」
「製法が異なるだけで、もととなる植物は同じですよ」
レオンが素朴な疑問を投げかければ、トワがそれに答えるというのも茶飯事となりつつ
ある。
「つまり、生まれたときに男だったか女だったかの違いなんだね」
「そんなところですね」
また、どことなくずれたような結論に、トワも適当に合わせているわけでもなく、むし
ろ納得したというふうに受け答えていた。
このふたりの会話に余計な茶々を入れると存外に疲れることを知っているアレクは、ひ
とまず黙って茶をすすっていた。
「お茶のおかわりはいかがですか」
茶菓子ともなれば、それほど日持ちしないだけではなく、旅をしながら持ち歩くには不
向きである。それもあって、今日のうちに食べておこうということになり、茶会はまだ続
いている。
「復興もまだ完全ではないのに、旅を再開しても大丈夫かな」
「なに、多少瓦礫のようになっていても、生活していこうと思えば存外にできるものだ」
もとから廃墟のような町に住んでいたアレクは言う。レオンも、城に住んでいたわりに
は実際にできたものだから、納得はできるようであるが。
「でもまたあの悪者が出てきたら、住民は今度こそ混乱して、復興どころではなくなりそ
うだよね。戦力だって足りてないわけだし」
「おまえ、そういうところは意外と思慮深いな」
王家の人間、つまり王子であるからだとは言えないが。
「悪者かというと、それは少し違うのですよ」
トワは、口につけていた湯飲みをいったん置いて言う。レオンとアレクは、ぱちりと目
を見ひらいている。
「今になって別次元の世界が侵食してきた理由については確定しきれませんが、なぜこの
町でそれが起こったかについては見当がついてます」
レオンとアレクは興味があるといった面持ちで次の言葉を待つ。
「まずはじめに、この町フレンジリアについてなのですが、もとは遊郭だったのです」
「遊郭!?」
淡々と述べるトワに対して、驚きのあまり声を上げるレオン。
そういえばと、レオンは思い出す。以前に読んだ資料では、この町のことを花街だと表
現していた箇所があったと。あまりにもそれとなしに書かれていたため、深く考えること
なく、花の都であることを指していたものだと思っていたが。
「ここが花の都と呼ばれているのは、その名残もあるのでしょう。そして、随所に花を置
いてるのは、本当にそう印象づけるためだと思います」
まるでレオンの心のうちを読んだかのようにそう述べるトワ。
「町全体の雰囲気が色っぽい気はしていたが。それにしても、教会のある場所で堂々と営
業してたのか」
ちなみに、この場所にある教会は、創世期ごろから存在していたという。
「ひとまず、教会というものが、神と人をつなぐ場所であって、ある意味ではあの世とこ
の世の境目であるということは承知だと思います」
それはもちろんと、レオンとアレクはうなずく。
「そして神子の役目というのは、神託や口寄せ、つまり神の声を聞いたり、霊を招き寄せ
てその言葉を伝えたりする人のことです。そのさまはまるで精気を注ぐかのような、ある
種の性交渉なのです。受精する瞬間というのは、胎児があの世からこの世へやって来る瞬
間でもあって、これもある意味では次元の境界を表しています。境界は教会というわけで、
実はゆかりがある――」
「いや、もういい」
なんともないといったふうに語ってはいるが、さすがに女の口からここまで言わせるの
はいたたまれないと思ったのか、アレクは話を遮る。
「聞いてください。なりふり構ってる場合でもありませんから」
しかしながら本人がそこまで言うのならと、話の続きを待つことにした。
「ちなみに、わたしたちが戦った場所、ラヴィレ橋は参道を表していたのですよ。参道は、
赤ちゃんが生まれるときに通る産道のことでもあるのです」
まあ、その情報はいらなかったと思いつつも黙って聞き続ける。
「それで、この遊郭にいた娼婦というのは、事情はさまざまでしょうけれど、むりやり連
れてこられた場合が多かったのです」
それは悲痛であるだろうなと、レオンとアレクは男の身でありながら容易に想像がつい
た。まさに悪夢だと――。
「その苦しみや悲しみといった念は晴れることなく、霊となって今でもこの場所をさまよ
い続けてると考えるのが自然でしょう。実体を持たないだけあって、思いを同じくする存
在同士が同化して、さらに念を強めて――」
「ちょっと待て」
またもやアレクが話を遮るが、やめさせようとしたわけではなく、なにかに思い当った
といった様子だ。
「まさか、あのナイトメアは、その娼婦たちのうらみの念の塊だったというのか」
「それも少し違いますね。あれは間違いなく異次元の存在ではあるのですが、彼も予想だ
にせずにこちらに現出して混乱したのでしょう。それが娼婦たちの念と結びついて、この
町を壊滅させようとして猛威を振るったのです」
しかし……、ここはもう人々が日々の生活を営んでいる場所ですし、彼らを危険にさら
すわけにはいかないので、申し訳ないながらも退場願いましたが。
トワはここまで話して一息つく。菓子に手はつけていないものの、さすがにのどが渇い
たのか、再び紅茶に口をつける。
レオンとアレクは顔を見合わせる。話の内容は理解できたかといった目くばせであるよ
うだ。お互い、ついていくのがやっとであるというふうであるが、彼女の話を無下にしよ
うとする気がないというところでは共通している。
「なんらかの理由で世界の壁の崩壊が進み、あらゆる意味で世の狭間であるこの場所が、
如実にその状況を現したのかもしれませんね」
トワはまったく慌てた様子もなく、しんみりとそう告げた。
「そういえばさ」
茶会もそろそろお開きになろうとしたところで、なにかを思い出したかのようにレオン
が話を切り出す。
「さっきの話、僕が見た夢となにか関係があるかな」
「たしか、あの光景によく似た夢でしたよね。でしたら、そう見て間違いないでしょう」
そして、なんてことはないといった調子で答えるトワ。
「そもそも夢というのは、死後の世界と同質のものなのです。別次元の光景を指してると
言ったほうが分かりやすいかもしれませんが」
「だから、ある意味ではあの世に近いこの場所では、特に干渉を受けやすいと?」
アレクがそう補足すると、トワは静かにうなずく。
娼婦のことは遊女ともいい、本来の読みかたとは違うが「ゆうめ」と読めなくもなく、
転じて「ゆめ」とも読める。
受精すると、胎児となる魂があの世からやって来ることから、あの世とこの世を結ぶこ
とにもつながり、結う女という意味も秘められているのかもしれない。
「ところでさ、その夢の女の人、どことなくトワに雰囲気が似てたんだよね」
レオンがそう言うと、トワは興味があるといった様子で彼のほうに顔を向ける。
「トワは、花は好き? 花冠を作るのは得意?」
「ええ、花のある景色を見ることは好きですよ。ただ、花冠を作ろうとは思いませんが。
咲いてるところを摘んでしまうのは気が引けますし」
トワがそう言うと、今度はレオンのほうが興味深そうに彼女を見やっていた。
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