――しかし、やつに腕利きの連れの者がいるということは、あれだ。確かに、災厄が起
こったとしても、被害の拡大を防げる確率は高くなる。だが、いざやつを捕らえようとい
うときには、面倒なことになりかねんぞ。
再び、暗い空間のような場所から響いてくる声。かろうじて視界にとらえられるのは、
法衣のようなものを身にまとった、幾人かの姿。
――なに、仲間のひとりぐらい、俺たちの敵ではない。
――そうでもないかもしれないんだ。その連れというのが、ダーテリンドの血脈の者ら
しい。
――なんと、これまた厄介な。
――そのことなら心配には及ばない。あの女に、やつらの足どめを命じておいた。それ
がかなわぬなら、いっそのことここに連行しろと。あの女の手にかかれば、ダーテリンド
の者ともあれ、苦戦をしいられるだろう。
――それはそれでやばくね? 寝返ったりなんかしてな。
――なに、分はこちらにある。
――そうだった。あの女は、俺たちには逆らえないんだったな。
不穏さをまとった、幾重もの穏やかな笑い声が辺りを包みこむ。
――そもそもさあ。彼の前にいきなりあれを放ったのがまずかったんじゃないの?
辺りは再び、冷や水を浴びせられたかのように、しんと静まりかえった。
――貴様、あの方の判断が間違ってたと言うのか!
――だって、危険にさらされてるうえに、逃げ場もない状況に追いやられたときたら、
自分と同等かそれ以上の実力がある人間を味方につけようっていう心理が働くのは当然の
ことじゃないの。
――ぐっ、この……!
――静粛に。神の御前である。
威厳のある声のしたそのほうには、神を模しているものと思われる偶像の姿が浮かびあ
がる。信徒であろう彼らは、いっせいに向き直ってひざをつく。
そして、偶像のかたわらには、ひときわ上質な法衣をまとい、暗がりからでも分かりそ
うなほどに華美な装飾を身に着けている、巫女であると思われる者の姿があった。
フレンジリアの町並みは、楚々とした雰囲気でありながらも、色とりどりの塗装の建物
によって華やかさが演出されている。実際に、大通りの周辺には、植えられた花々が、し
つこくない程度に並べられており、十字路の中心に立てられている標識の周囲にも、花を
かたどった電飾が施されていた。そんな景観を楽しめる場として、ところどころに、テラ
スのように開放されたカフェ。道ばたには、これもまたきれいに飾りたてられた屋台。ほ
か、看板にしても洒落た意匠が凝らされているものばかりである。
「うわあ、いい眺め。王都よりすごいかも」
そう感嘆の声をあげたのは、行き交う人々のなかでも、ひときわ軽やかな足どりである
レオン。上等な部類に入る服装での彼の言動は目につきやすいというものであるが、人に
ぶつかることはなく、本能で察するままにごく自然によけているためか、とりわけて目だ
っているようでもない。
レオンは、悪夢を見た後の気分転換にと、アレクに勧められて町なかを見てまわってい
るさいちゅうである。いまだに目を覚ましていないであろう例の彼女の側には、そのアレ
クが付いているから行ってこいとのことであった。
「まるでパラダイスだ」
俗世間から隔絶されているかのようにある、この都をそう称する者も少なくない。
ここで、突如として鳴る鐘。ただでさえ目が覚めるようなにぎわいをみせる町であると
いうのに、眠りをも妨げそうな音で。
しかし、この町の雰囲気には反していない、どことなく厳かな響きであった。鐘の音の
したほうからは、さらに人々の歓声。なにか演芸でも始まるのだろうか。レオンも、さら
に足を弾ませながら、その場に向かっていく。
レオンがやって来た先には、既に多くの人が集まっていた。その向こうにあるのは白い
建物ではあるが、その清らかさがかえって圧倒的な存在感を放っている。目がいきやすい
のは、建物の天辺にかたどられた、十字架のある箇所であろうか。ここは教会の前である
ようだ。
教会へと続くみちには赤い幕が張られており、その上をゆっくりと歩いてきているのは、
白く、それでもやはり華やかな衣装に身を包んだ男と女の姿。この場では結婚式が執り行
われていた。新郎と新婦、そしてこの場に集う人々の頭上には、さまざまな色の紙ふぶき
が、彼らを祝福するかのようにひろがりを見せて舞っていた。
先ほどの余韻に浸ってか、レオンがさらに軽やかな足どりで町なかを進行していたとき。
空は見る間に赤く染まっていく。しかしながら、まだ夕方の時刻には届かない。行き交
う人々顔は、町にひろがる熱気のせいかほてっている。ならば、まだ日中であるのだろう。
空が赤く染まるにつれて、辺りも赤に染まる。人々は、相変わらず歩みを進めていたり、
立ちどまって様子を見ていたりしている。なにかの出し物だろうかと、胸をおどらせてい
る者たちまでいる。増していくのは、晴れやかさではなく、不気味さである。
やがて、人々は、異様さに気がつき、悲鳴をあげながら、まばらな方向へ逃げ惑う。ど
うやら、町じゅうに火の気があがっているようだ。
予想だにしなかったできごとに、取り乱す人々。かろうじて落ち着きを払っている者た
ちは、消火にいそしんでいるが、なぜだか水をかければかけるほどますます火の気が増し
ていくようなのだ。彼らからも焦りが見うけられ、このままではさらなる混乱を来たすだ
ろう。
そんななか、さらに恐るべき事態が起こる。赤々とした空の向こう側に、なにか魔物の
ようなものをかたどった影が浮かびあがってきた。ぱっと見て、民家の倍ほどの身長があ
りそうだ。
レオンはというと、慌ててはいるものの、格段に取り乱したようすはない。彼は、人の
波をよけながら、アレクと彼女のいる宿屋のほうへと急ぐ。
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