古びた宮殿のような建物のなかでは、武芸者たちによる試合が執り行われていた。一対
一で戦い、力がつきた者から退場していくというものである。
しかし、なかでもひとりだけが勝ちを得ており、彼に挑戦するための試合であるという
意識が定着している。アレクだ。彼は、ほかの挑戦者たちのように重苦しい武装はしてお
らず、相変わらず黒のコートで身をまとっていた。それが、軽やかな身のこなしを際だた
せているようでもある。
アレクの、鋭い目つきに相まって、勢いが強く激しく見える攻撃。まだ手加減している
かのような動きだ。それでも、相手のほうには、動けなくなるほどの衝撃が走ったようで
ある。次々と相手が替わっていきながらも、その繰り返し。彼は、もう十数人と制したは
ずであるが、呼吸が乱れた様子もない。
見物にやって来た人々の興奮も強まってきた頃。そんななかで、ほうけているような、
それでいて真剣な様子でアレクを眺めている若者がひとり。貴族を思わせるような、上質
な旅装束を身にまとっている――レオンだ。
レオンは、人々の悲鳴や声援に紛れて、ぽつりと、
「やっぱり、アレクを仲間にしたいなあ……」
そういうわけで、アレクが出てくるのを待つべく、広場で立ちつくしているレオン。
出てきたアレクの姿をとらえると、レオンは、軽やかな足どりで彼のほうへと駆け寄っ
ていった。
だれかが目の前にやって来たことに気が付いたアレクは、ぴたりと足をとめて確認する。
そこには、満面の笑みを浮かべているレオン。
「また貴様か。今度はなんの用だ」
アレクは、目つきは鋭いが、にらんでいるというよりもあきれているようだ。
「改めて僕の旅にさそいに来たんだよ」
「何度も言わせるな。遊びに付き合ってやるほど暇ではない」
「遊びじゃないよ。それにさ、僕、剣術だけじゃなくて、中魔法までなら全部使えるし、
回復魔法だってちょっとはできるよ。どう? 僕とコンビを組んでみたくなったでしょ」
「ならん。そもそも、旅などしてどうなる」
「世界じゅうを見てまわるんだよ。あれとかこれとか、未知のことに出あうって、わくわ
くするでしょ」
実際には、世のなかの視察を兼ねた、即位する前の儀式であるのだが、身分を隠して遂
げることが大前提であるため、それ以上のことを述べるわけにはいかないのだ。
「帰れ。そんな浮かれた気分では、旅に出たところで命を落とすだけだ」
やはり事情をのみこめないアレクが、すごみを効かせた顔つきで言いつける。あくまで
食い下がるべく、射抜くようにじっと、彼に目を向けるレオン。そのとき、
「なんじゃ、けちなやつじゃのう」
近くのほうから聞こえてきた、しわがれたような声。
「まったく。お前さんとて、ここにとどまっておっては腕も鈍るじゃろうし、付きおうて
やればよいものを」
声のぬしは、なじみのある顔、この広場で露店を構えて武具を売っている老人であった。
「あ! おじいさん」
アレクは、親しげに駆け寄っていくレオンを横目にすると、
「じじい。俺のことを吹きこんだのは貴様だな。その舌ぶった切るぞ」
「おお、こわいこわい。それがか弱い年寄りに向かって言うことか」
「だれがか弱いだ。年に一度のセルヴァール武術大会で無敗を制した男が」
「そうなんだあ。おじいさんもすごいんだね」
ぱっと目を輝かせて老人を見あげるレオン。
「ふおっふぉ。昔の話じゃ」
「そういえば、ふたりとも知り合いなの?」
「うむ、なにを隠そう、アレクはわしの孫じゃ。ちなみに、こやつに師事したのもわしな
んじゃよ」
「へええ」
関心を払ったレオンは感嘆の声をあげ、アレクは複雑そうな面持ちでため息をつく。
――うわあああ……! きゃあああああ…………!
そのときだった、遠くのほうから、人々の叫び声が聞こえてきたのは。それだけではな
い、なにかとなにかがぶつかるような鈍い音と、切りつけるような鋭い音もまざっている。
この広場のほうにも、逃げこんできた人々が徐々に集まってくる。
人々がやって来たほうへ駆けつけようとするアレク。
「アレク、こいつを持ってゆくがいい」
老人がそう言って手にしているのは、つややかで黒々としたさやを見ただけでも分かる、
高価そうなつるぎ。程よい大きさであり、つかは持つ者の手になじみやすい意匠のもので
ある。彼が売っている武器のなかでいちばんの業物なのだろう。
それを、アレクのほうへと、回転させながら投げる老人。アレクは、しっかりとつかを
握って受け取り、一旦うなずくと、再び駆けだしていった。
「待ってよ、アレク」
レオンも、無意識の反応で、彼が駆けていったほうへと踏みだしていく。
セルヴァールの都を襲撃しに来たものは、犬型の動物というよりも怪物の群れであった。
全体の色は黒で、攻撃を防ぐためにかたちづくられた外殻に覆われている。長い年月をか
けて進化してきたといった風貌だ。
怪物の群れをのけるべく戦っている武人たちのなかでも、既に傷を負っている者も多く
いる。
その合間に、レオンのほうにもそれらが四体ほど迫ってきた。明らかにねらっていると
いう気配で。レオンは、魔法で一気に撃退を試みるものの、一斉に飛び掛られ、詠唱から
発動するまでが間に合いそうもない。
絶体絶命かと思われた寸前のところで、レオンは、つるぎを取り出して防御した。そし
てそのままの状態から、敵をまとめてなぎ払う。幸運のなかでも最高部であったというべ
きか、彼に襲い掛かってきたすべての怪物は、急所を切りつけられたようで、力つきて倒
れていった。
レオンがほっと一息ついた合間にも、背後から襲いかかってくる新たな敵。彼のほうも、
殺気を敏感にとらえて振り向く。今度もどうにか防御が間に合った。そのように急な反応
をしたためか、情緒に大きく作用したようで、頭に血がのぼったような顔つきになったレ
オン。
レオンは、なにかに取りつかれたかのように技を繰り出し、ひたすら勝利を収めていく。
敵がどれほど襲ってこようとも変わらず、彼の本能による翻弄はとめられない。
あらかた片付いたかと思われたそのときでも、敵は次から次へとレオンのもとにやって
来る。まるで、彼がつるぎを振るえば振るうほど、それに呼応するかのように。
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