カーナル教団の総本山であるこの大神殿は、世界のあらゆる美を集約したとしても到底
及ばないほどのきらびやかさを誇っていた。広さでいえば、そこいらの城をもしのぐ。
うっかりと触れようものならば傷を受けそうなほどに繊細な造りの彫像をはじめとして、
豪華な装飾や、意匠の凝らされた柱や扉など。それらを持ちつづけるようにして張られて
いる、まっ白な壁。天井は高く、楕円形であり、一定の間隔で、電飾や大理石が設置され
ている。そして、リノリウムの張られた床はつやめいており、天井の付近にとり付けられ
た幾枚かの小窓から漏れる光を反射し、壮麗さを引きたてている。
横に十人が並んでもゆとりがあるほどの通路を、小気味のよい足音をたてながら、まば
らに行き交う信徒たち。彼らは皆、白を基調とした法衣をきっちりと着こなしている。そ
れぞれ、布地の柄がやや違っているのは、階級によるためか。いずれにしても、彼らの立
ち振る舞いは洗練されているようであり、それ自体が荘厳な典礼のようであった。
時は、星煌暦七五〇年。かの事件より落ち着きをとり戻しつつある今、人々は、ようや
くそれぞれのなりわいへと納まっていっていた。
その一角、信徒たちのなかでも高位の階級に属していることを示す身なりである男性、
年ごろは二十かそこらである。彼の表情は、愉快そうではないが、不機嫌であるというわ
けでもなさそうだ。整った顔だちは、その神秘性を引き出している。
目的の箇所に到着すると、足をとめて、扉をひらく彼。その先は図書室であった。蔵書
の数は世界最大であり、広さでいえば、数件の館が収まりそうなほどである。内部の造り
も、ほかの区域に見劣りしない。机やいす、書棚にも豪奢な意匠が凝らされている。さら
に、ガラス張りの壁からうかがえる、無数の花々で彩られた庭園。
彼は、見慣れているためか、そんな眺めに目もくれず、次に目的とする本をさがしだす。
そして、ぴたりと足をとめて、手にした本。彼は、上のふちをなであげるようにしてひ
もとく。
題目は『血塗られた聖女』であり、その文献には、以下のようなことが記されている。
『カーナル教団』には、カーナル神より授けられたとされる、特殊な能力を持つ者たち
が在籍している。のちに覚せいする者、死にゆく者、はたまた、それを隠して生活してい
る者たちの存在を考慮すると、変動が激しく、正確な数については不明である。しかしな
がら、いつの時代も、世界に数十人であるといわれている。
さて、そのなかでも特に強大な力を持つ女がいた。存在しているあらゆるものの質を変
えることに特化されている、彼女の力。彼女自身の修練及び使いようによっては、因果律
の書き換えも夢ではないとされていた。それに加えて、外観の美しさもさることながら、
気品のある物腰。そんな彼女は、人々から、聖女と崇められていた。
だが――、彼女は、ある日を境に、こつぜんと姿を消したのだ。彼女が入った直後の祭
壇で、信徒のものである、血まみれの遺体が発見されたその日に。
逃げたのだ。人の命を奪ったそのままに。
かの信徒の身元は、女性であるということ以外は判明していない。個人を識別どころか、
家筋すら割り出せないのだという。これも、あの女が、遺伝子の情報を書き換えたせいだ
とうわさされるようになった。のちに、どこまでも悪魔のような女だともいわれるように
なる。
聖域を穢し、無惨にも人を殺めた女は、聖女から魔女と呼ばれるようになった。
そして――、彼女の行方もわからないままなのだ。人は口々に言う、まるで神隠しに遭
ったようだと。
ここまで読むと、彼は、長い息をはいた。目新しい事柄を発見したわけでもなければ、
期待していたようなことも書かれていない。とはいえ、こんなものだろうという予想をし
ていたためか、落胆したわけでもなさそうだ。
そして、本をぱたんと閉じ、書棚に戻した。
彼が、図書室を後にして、しばらく歩いたところ。どこからか、ざわめくような声が聞
こえてきた。まさか。そんなばかな。どういうことだ。信じられない。そういった戸惑い
が伝わってくる。やがて、
「おい、魔女の娘だと!?」
「なんだと!? あの魔女に娘がいたというのか」
そんな驚がくの声が聞こえてきた。
先ほどまで通路を歩いていた彼は、ぴたりと足をとめ、耳を澄ます。彼の表情からは、
事実に意表を突かれた様子は見うけられないが、なぜそのような話が出てくるのかという
疑念が見え隠れしている。
ざわめきは、次第に増していく。ついには、
「みなを大会議室に集めろ! 魔女の娘、セレアを捕らえた」
その声を合図とするかたちで、場は一気に騒然としはじめた。
彼らは、自身の立ち振る舞いに構っている余裕もなく、一様に駆けだしていった。先ほ
どまでの厳かな動作や顔つきがうそであったかのように。
立ちどまって様子をうかがっていた彼も、真偽を確かめるために、大会議室のほうへと
足を運んでいった。
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