+. Page 050 | ディルト・リーゼフ編 .+
 娯楽場の出入り口より奥にあり、中心部にあたる休憩所。その広さは、民家一件の敷地
ほどである。この場に置かれているテーブルや長いすは、ほかの区画の雰囲気と比べると
飾り気のないもののようではあるが、宝石かそれ以上の透明感を思わせるのだから、決し
て安価ではないだろう。さらに奥のほうには、飲み物などの受け渡しをするための帳場が
設けられている。
 さて、休憩所の中心の席に座しているのは、レキセイたち一行。そして、足を組んで座
っており、体の輪郭がくっきりと現れるほどに露出度の高い服と、うさぎを模した耳や尻
尾を身に着けている熟女、エナ。彼女自身によれば、この娯楽場のオーナーであるとのこ
とだ。彼らの近くを通りかかっていく者たちは、エナの姿をちらっと見て行ったり、特に
気にした様子もなかったりである。
 当のエナはというと、
「ははは。通りすぎてゆくやつらがここの常連かどうかがよく分かる状況だ」
 どこまでも豪快かつ愉快そうであった。
「洞察力があるとは思ってましたが、そこまで分かるものですか」
 エナの向かいの席から、そう世間話をする調子で問いかけたのは、飲み物の入った紙製
の筒を手にしたままであるレキセイ。
 ちなみにこの飲み物は、先ほどディーラーたちが掛けた迷惑をわびるついでに、話に付
きあってもらうことを希望したエナが、彼らにごちそうしたものである。
 エナの隣に座しているリーナは、彼女の身に着けているものを珍しく思っているためか、
飲み物をそっちのけで見つめていたり、ときには触ってみたりしていた。エナはといえば、
そんなリーナの挙動に動じるどころか、通常と変わらない調子であった。
 レキセイの隣に座っているアルファースは、両手をそれぞれのひざの上に着けたまま、
青ざめている顔をうつむけている。どうやらエナの姿を目にしたくないなにかがあるよう
だ。
「洞察が必要というほどでもないぞ。それに、あたしと初対面で、なんでもないように接
してるのはお前ぐらいだ」
「そう言われましても、なにか問題があるとも思えませんから」
 さらにレキセイがそう応じたところで、
「問題大ありだ!」
 勢いでテーブルに両手を着いて立ちあがり、そう叫びだすアルファース。
「なんだその格好は! 年を考えろ」
 そして、わなわなと身をふるわせながら、エナを指差して言う。
「なんだお前は。黙りこんでたかと思いきや、急に騒がしくなって。しかも失礼なやつだ」
 エナは、口では悪態をついているふうではあるが、機嫌を損ねたようでもない。
「ま、まあ、寒そうだけど、ほかの人にまでうつるわけでもないし、ほかに害もなさそう
だし。それに、この建物のなかは空調が効いてるから気にしなくて大丈夫だろう」
「あのね、レキセイってば、だれかにとがめられることがなかったらなにも着なくてもい
いなんて言ってた変態だから」
 懸命になだめようとしているレキセイ。リーナもどうにか弁明しようとする。
 すると、エナは、なにかをこらえているようであったかと思いきや、
「あははは、あーははは…………!」
 突然、腹を抱えて、声をあげて笑いだした。
「お前らおもしろいな。ますます気に入った」
 アルファースは、頭に手をやってため息をつくと、
「で、俺たちをここに連れてきた理由はなんだ? ただ世間話をするためってわけでもな
いだろ」
「お前は直情なうえにせっかちなやつだ。立ち向かってゆく度胸は大したものだが、ギャ
ンブルの才能はからきしだな」
「そんな才能いらねえ」
 そして、エナは、レキセイのほうを向いて、
「ああ、お前はスロットが向いてると思うぞ。機を見計らうセンスはあるから、慣れさえ
すれば大もうけだ。ルーレットやポーカーでも筋は良さそうだが、謙虚なのが玉に瑕だな」
「は、はあ。ありがとうございます」
「ねえねえ、リーナは?」
「そうだな、勘はよさそうだから、ルーレットもいい。しかし、どちらかといえばポーカ
ーのほうが合ってるかもしれないな。最上のものは期待できないにしても、必ずどれかの
役は取れるだろうからな」
 そう告げられると、満足そうにほほえむリーナ。
「それはともかくとしてだ。用があったわけではないが、お前たちに興味を持ったから、
落ち着けるところで話してみたかっただけだ。特にレキセイ、お前の賭けっぷりは見てい
ておもしろかった」
 それを聞いたアルファースは、身体をがっくりとさせると、
「あのなあ、見てたんだったらもっと早くとめろ」
「こいつ結構やりそうだったからな。あたしが間に入るまでもないと思ったんだ」
 そう言って、レキセイのほうに目をやるエナ。彼は、それを機に、なにかを思いだした
かのように、
「そういえば、シルヴァレンスと言った途端に動揺が走って、それにその一家全員の死亡
が確認されたともおっしゃってましたが、彼らはなにかしたんでしょうか」
「ん? ああ、彼ら夫妻は教団の人間だったんだ。そのときの功績たるや、人々から救世
主と呼ばしめるほどだった。彼ら殺しの犯人は、それを妬んだやつ、もしくはそいつが雇
った暗殺者だろうって話だ」
 そう聞いたレキセイは、めい想するかのように考えこむ。リーナとアルファースも、彼
の様子をうかがうようにして見やる。
「なにか気になることがあるようだな」
「はい。実は、俺とリーナは、幼い頃に生き別れた両親をさがすために旅をしてるんです」
「……ほう。それで、その両親の名前は?」
「それが分からないんです。父が母のことを君と呼んで、母が父のことをあんたと呼んで
た記憶しかありませんから」
「ふむ。かかあ天下だったようだな」
「あんたが言うな」
「ええい、あたしはまだ独身だ」
 突如として話に入るアルファースに、謎の弁解を繰りひろげるエナ。彼女は、再びレキ
セイのほうに視線を移すと、
「年齢や職業のほうはどうだ? リーゼフの住人のリストなら洗い出せそうだが」
「歳も忘れましたが、ふたりの差はそれほどなかったと思います。それから、母は主婦で、
父は仕事に行ってたのですが、なにをしてるかまでは聞いてませんでした。しかし……」
「ん? なんだ」
「俺たち家族がいたのはノーゼンヴァリスのほうで、ここの住人ではないんです」
 辺りがざわめいた空気に包まれる。実際におどろいているのはリーナとアルファースだ
けであるが、それでもどよめきと表現したほうが適しているほどであった。
「ノーゼンヴァリスといえば、生き残ってる者たちは全員移住してるだろう。むろん、こ
こにやってきた者たちも少なくない。なかにお前の両親がいる可能性はじゅうぶんにある
ぞ」
「ええ。俺もそう踏んで、大陸じゅうを地道にさがそうとしてたんです。もうこの世には
いないということもあるかもしれませんが、そうと決まったわけでもありませんし。それ
に、俺のほうなら、このレキセイという名前に心当たりのある人か、紫の掛かった銀髪と
そっくりな人がいれば希望がありますから」
「そうか。お前は根性があるな。あたしの目に狂いはなかったようだ」
 りりしさの残る顔つきでほほえむエナ。
「ところで、お前たち、明日のこの時間帯まではこの町にいられるか?」
「それなんだが、ここでこいつらが両親をさがしてる間、俺は、鉄道に乗ってディルトま
で行ってこようと思ってる。リベラルの支部に連絡しておきたいことがあるんだ。その時
間までには戻ってこれそうだが、内容が緊急のものであるだけに立てこむかもしれん」
 不意にそう告げるアルファース。ちなみに、流通の主要となるそれぞれの町に駅を設け
た鉄道網が敷かれているが、LSS――通称リベラルの支部は都心にしか設けられていな
い。
「もしかして、機械化動物のことか。それなら、この町のやつらはみな知ってるぞ。ちな
みに、ディルトのほうになら、今日、あたしのほうから知らせておいた」
 アルファースは、身体をがくりとさせ、
「ったく、本当に人を見透かしたような女だな」
「ま、あっちの市長とリベラルの受付のふたりのことだ。的確な対処は期待できそうもな
いな」
 どこまでものん気な様子のエナ。
「とにかくだ。この町だけでもずいぶんな広さがある。目当てのやつを直接さがすという
のは骨が折れるだろう。それっぽいやつを明日までにリストアップしておいてやるから、
仕事でもしながら待ってな」
 そして、両手をひざに着いて立ちあがると、
「それじゃ、あたしもそろそろ仕事のほうに戻るとするよ」
「はい。あの、本当にありがとうございます。お手数をおかけします」
 レキセイがそう述べると、エナは、相変わらずりりしい顔つきのままほほえんで歩きだ
した。幾歩か進んだところで不意に立ちどまり、
「そうだレキセイ」
 なにかを思い出したようにそう言いながら、彼のいるほうに振りかえると、
「深淵をのぞきこむのはいいだろう。魅入られるのも、足を踏み入れるのもお前の自由だ。
だがな、決してとらわれるな。とらわれてしまったら、助けられるものも助けられなくな
るからな」
 それを聞いた当のレキセイは、さすがに反応に迷っているのだろう、あっけにとられた
様子でエナを眺めている。リーナとアルファースも、ただ彼女を見ているだけであった。
 エナは、そんな彼らの様子を意に介した様子もなく、不敵な笑みを浮かべたまま片手を
あげると、小気味のよい靴音をさせながらこの場を去っていった。
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