昼時だというのに、この都市の空は、たそがれが近づいてきているかのように薄暗い。
空気は、かすかに冷ややかである。
建物はれんがを基調とした造りのものが建ちならんでいるが、窓枠や装飾なども含めて、
はっきりとした色味であるためか、懐古的であるというふうでもない。むしろ、国のなか
では、首都カンツァレイアと並ぶほどに発展している。その奥のほうにあるのは歓楽地。
夜になると、明るい色合いのネオンで輝くのだろう。そこに建ちならんでいるのは、賭博
を中心とした娯楽場である。
「わあ、ここの都心もにぎやかね」
かくいう少女の声が聞こえてきたのは、歓楽地より南西にある、都市の出入り口の辺り
に位置する広場からである。
そこには、今しがた到着したらしい、旅姿の三人。声のぬしである少女、リーナ。そし
て、彼女よりやや年上で、成人する手前といった容ぼうの男がふたり。この空の色とは似
つかない、紫のかかった銀髪の彼と、鮮やかなまでの水色の髪の彼。
「いや、ここは副都心、リーゼフだ。都心のほうがディルト。で、この地方はディルト・
リーゼフと呼ばれてるわけだ」
そう解説したのは、水色の髪をした彼、アルファース。
「そうなのか。このリーゼフだけでも、カンツァレイアと同じぐらいのにぎやかさだと思
ったけど」
そう応じたのは彼、紫のかかった銀髪であるレキセイ。
「ディルトのほうも、たいした変わりはねえよ。違いといえば、あっちは、賭博より競売
のほうが盛んであるというだけだ」
リーナが、かたわらで辺りを見まわしていたかと思いきや、彼らのほうへ向きなおり、
「ねえ、せっかくだから、今からかくれんぼしましょ。隠れられる範囲は、この都市全域」
と、勢いよく、脈絡なく提案する。
おどろいた様子で口をひらけるアルファースに、なにを思うでもなく、だた彼女のほう
へと視線を注ぐレキセイ。
「あのな。なんで、この歳になって、しかも旅してやっと行き着いた都市でかくれんぼし
ようなんて話が出てくるんだ」
「だって、これだけ広かったらおもしろそうだし、アルファと勝負してみたらどうなるか
なと思って」
そう答えられて、ますます顔を引きつらせるアルファース。
「リーナだって、隠れるほうには自信があったのに、ラフォルにはかなわないし、レキセ
イにはすぐ見つかるし」
リーナは、そんな彼の様子に意を介したふうでもなく、無邪気な不満を述べるようにそ
う続ける。
「確かに、ラフォルを見つけるほうは、回数の半分は降参したな。でも、リーナを見つけ
るのだって一筋縄ではいかなかった」
さらにレキセイにそう告げられ、アルファースは、ひと呼吸つくと、
「そのラフォルってやつ、お前らの育ての親にしては大人げないんだな」
あきれたと言わんばかりにそう返す。
「と言っても十歳ぐらいしか違わないから、お兄さんみたいなものね」
「そう……か」
すると、今度は、遠い空を見やるようにして、ぼんやりとした調子で受け答えるアルフ
ァース。
しかし、それも一瞬のことであり、
「とにかくだ。長旅で体力も削られてるし、こんな冷えてるところに長時間もいたら命に
かかわる。宿のほうに行くぞ」
「ぶう、分かったわ。ちょうどシャワーも浴びたかったところだし、そうしましょ」
リーナは、そう言うやいなや、宿のほうへと向かっていく。
「そういえば、ここは少し寒いな」
空を見あげ、不意にそうつぶやくレキセイ。
「大陸の北端に位置するノーゼンヴァリス、その国境に近いからな」
アルファースにそう告げられると、レキセイは、遠い昔に思いをはせるかのように、そ
の方角を見やり、
「……ここも、今晩にでも雪が降りそうかな」
「……ああ、だろうな」
アルファースも、なにかを思いつめたかのようにあいづちを打つ。
かみ合っているのやらいないのやら、奇妙な静けさの漂う会話であった。
リーゼフに置かれているホテルも、この都市の外観に引けをとらないほどに上質な設備
や飾りつけが施されている。広々としていて、手入れの行き届いた空間。頭上から発せら
れる、繊細な明るさである電気の光。娯楽に興じて疲れきった者や旅人たちをいざなうに
は適した環境である。
次に扉をひらけてやって来たのは、旅人であると思われる者たち。若い三人の男女、レ
キセイとリーナ、アルファースの一行であった。
「いらっしゃいませ」
支配人であると思われる男性が恭しく述べる。彼は壮年であるようだが、どことなく若
々しさのうかがえる声である。それも、待ち望んでいた者たちがやって来たときの歓喜の
ような。もちろん、このホテルに限って、閑古鳥が鳴いているなどということはないのだ
が。
「人数分の部屋は空いてるか?」
アルファースが、支配人のそぶりを気にした様子もなくたずねた。
「三名様ですね。もちろんございます。まずはここにお名前をご記入ください」
それぞれが記名を終えると、彼らに部屋の鍵をわたす支配人。そして、窓口の横で構え
ていた係員である女性に目配せをすると、
「お部屋までご案内いたしますわ。こちらです」
そう言って歩き出した彼女の足どりは、優雅ではあるものの、どことなく不慣れである。
この仕事に就いてから日は浅いのだろう。
彼女にならって歩きだすリーナとアルファースのかたわら、レキセイは、数秒ほど遅れ
て歩を運ぶ。さらに、しばらく歩いたところで立ちどまり、一瞬だけ、支配人のいる窓口
のほうへ目をやった。
場所は変わって歓楽地前。そこには、再び出歩いているレキセイたち三人の姿があった。
「都市を散策するったってな。見てまわるところなんかこの娯楽場ぐらいなものだぞ」
「でも、おいしいものぐらいあるんじゃない? とにかく行ってみましょ」
ぼやくアルファースに、元気よくさそい勧めるリーナ。
あれからも、旅の疲れを取りのぞくとともに体力を温存させるために休もうと提案する
アルファースに対して、リーナはなおも外でかくれんぼをすることを諦めきれないままで
いた。そこで、レキセイが、都市のなかを軽く散策をし、夜になるまでには戻ってこよう
というところに落としこんで今にいたるというわけだ。
空も暮れかけており、ネオンの明かりも着々とともりはじめている。まるで、魔境がそ
の姿を現しだしたかのように。遊戯が目当てでやって来た者も集まりだして、彼らが次々
と取りこまれていく様相を呈している。レキセイたちも、吸いこまれていくかのようにそ
こへ向かっていく。
娯楽施設の内部は、激しいほどの明かりがともされており、これでは、夜がふけたとし
ても目が覚めたきりになるであろう。拡声器から流れてくる音楽は、優雅なものであるが、
どことなくぎらついているふうでもある。さらに、人々の狂喜に包まれた声。それらが、
本能をかきたてて翻弄させる。
赤と黒の織りなす円舞は、観客を魅了してまきこんでいく。その楽曲は、いつ終わると
も知れないのだ。
「ったく、悪趣味だな、ここは」
不意に、かく言う男の声。あきれている様子のアルファースであった。
「こんなところに用はない。さっさと戻るぞ」
そして、振り向きざまに、連れ歩いている者たちに言う。
すると、アルファースに続くかたちで歩いていたレキセイが、落ち着きのない様子で辺
りを見まわし、
「……リーナはどこに行ったんだ?」
「なんだって?」
アルファースも、立ちどまって目配りをするが、彼女の姿は見当たらない。
はぐれてしまっただけであろうか。散策するだけでは満足することができずに、彼女自
らが、退屈しそうにない場所を探しに行ったのか。それとも、だれかに連れ去られたのか。
疑問は尽きない。
「とにかく、そう遠くへは行ってないはずだ。俺はこの近辺をさがす。レキセイは、そこ
らの部屋のなかを確認してくれ」
レキセイがうなずくと、それを合図に、彼らは二手に分かれていった。
さて、時はさかのぼること数十秒。リーナは、この場がもの珍しかったためか、ぼんや
りとした様子で見とれながら歩いていた。アルファースを先頭にして、その後ろを歩いて
いたレキセイのさらに後ろにいた彼女は、彼らからは見えない位置にいたということであ
る。さらに、行き交う人々の光景と話し声が、彼女の存在自体を紛らす。それらがわざわ
いして、
「お嬢さん」
と、彼女の耳もとで、男性のものであると思しきささやき声。
声のしたほうに振り向くリーナ。その先にいたのは、礼儀正しそうな、いかにも紳士と
いった風ぼうの者。
「いっそうお楽しみいただける遊技場がございます。よろしければご案内いたしますよ」
さらに、リーナにしか聞こえない程度の声でそう続ける。
すっかり、魔のとりことなっていたリーナは、物事を判断する力もむなしく、こくりと
うなずくやいなや、その彼に付いて行っていたのだった。
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