レキセイは、地下に敷かれている水路のふちで、顔を伏せるようにしてうずくまってい
る。
地上では、雪を含んだ風が容赦なく吹きつけており、輪をかけるようにして薄暗い空。
だというのに、この暗闇の、細く閉ざされた、流れる水の冷気を乗せた風の吹く場所にい
るというのはおおよそ正気のさたではない。それも、まだ十かそこらの少年が。
しかし、少年、レキセイにとってはこの上ない特等席であった。
レキセイの心のなかでは、吹雪きをもってしてもさらいきれないほどの、赤々と燃えた
ぎるような情感が渦まいていた。この場であれば、暴発したとしても、孤独にうめくよう
な風が無差別にのみこむ。だれかやなにかの害になることもない。水の流れる音は、彼に、
かろうじて、原初にたゆたうような安定をもたらしていた。
ここには、レキセイ以外のだれもやって来ない。まして、彼よりも年下の子どもたちの
声がすることなどなく、暗い雰囲気を打ち消すほどの無邪気さでまつわりつかれることも
ない。
レキセイは、過ぎ去った事々に思いをめぐらせていた。
ひたすら街中を走っていたときに目についた、幾つかの民家でのできごと。
見るに耐えかねなくなって、うち幾人かの子どもを連れ去った日。
正義感ゆえにというよりは、世の闇がはびこる場所からは引きはがすべきものだという
感覚だけがあらかじめ根づいていたというべきか。彼らを不憫に思ったわけでもなかった。
ましてや、親から子を奪おうという悪意も存在しなかった。
それ以来、身を隠しきるためにほうぼうへと逃亡することとなった。
そして、今度は外の極寒にさらされ、命を落とした彼ら。最後まで報われると信じなが
ら。
あのような結末を望んでいたのではなかった。
ああ、自分が殺したようなものだのだと。
世界に未練はない。自身にも価値を見いだせない。
ならば、やはり、いっそのこと…………。
時が満ちると、事態は少しの猶予もなくやってきた。
この地下でとどろくような風の音をかき消すほどの、様々な要因が入り乱れたはでな音
と悲鳴が聞こえる。
地上では、赤々と燃えている建物と、それぞれがほうぼうへ逃げる人々。空の暗さと相
まって、火はおぞましさを増している。
強風によって運ばれた火は、完全に消えるよりも先に次々と燃え移っていく。
辺りが赤く染まっているのは、なにも火事のせいばかりではない。
この異様な赤さのもととなるものは、全身を覆うように服を着こみ、顔までも隠れてい
る者たちが手にしている、銃器と呼ばれるものから発せられる弾丸。
その片隅に、呪縛がかかったかのように立ちつくしている少年がいる。
少年、レキセイは、目のそらしかたを知らないかのように見開いたままでいた。
驚愕。憤怒。焦燥。嘆傷。悲痛。高揚。狂気。
レキセイの心のなかでは、様々な感情が、分別もなく渦まく。いつまでも持ちこたえら
れるとは思えないこの状態。
のぞいてはいけない領域を見た者を待ちうけるのは、自己の崩壊であった。
夜の間の狂騒は去り、明けがたといえる時刻になったが、空は残影を映しているかのよ
うにまだ薄暗い。どす黒く血塗られた地上がさらにそれを際立たせているようだ。
しかし、風に吹かれている雲は流れており、雪はしんしんと降っている。
街が崩壊し、だれひとり残らず倒れたとしても、世界そのものは変わらずそこにあった。
ふいに、積もった雪を踏む音がした。その主は、十かそこらの少年。空の色にとけこみ
そうでとけこまない、紫のかかった銀髪。
おぼつかない足どりで歩いていた少年、レキセイは、突如として、雪の上でひざをつい
て倒れこんだ。この場に立っている理由などもうないといったように。
レキセイの目に映っているものは、辺り一面の白銀。粉雪が集結し、ひとつになってい
く姿。
空から降ってきているもの、いや、実は天地が反っていて、下から昇ってきているもの
なのか。レキセイは、その区別がつかないほどにもうろうとしている。
レキセイの意識は、雪に取りこまれまいとして、自身の姿かたちと輪郭を思い浮かべる
ことに集中していた。その一方で、そこに交われないことにさびしさをおぼえている
彼自身もいた。
やがて、レキセイは、眠気がやってきたためか、まぶたを下ろしていく。この白銀と一
体になるかならないか、どちらともつかないところで。世界そのものを閉じるかのように。
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