+. Page 017 | 動き出す運命 .+
 フレンジリアの再興の目処がたってきて、町なみも幾ばくか元の姿をとり戻した頃。
 早朝から、その宿の一室で、追いかけっこをしている男女の姿があった。追いかけてい
るといっても、本当に走りまわったり捕まえようとしたりしているわけではない。
 そもそも、それをしているのは子どもではないわけであって。
「ちょっとトワ。髪の毛ぐらいよく拭いてよお」
 タオルを持って追いかけているほうは、甘ったるいぐらいに間延びをした口調ではある
が、子どもっぽいというよりは世間知らずな印象をうかがわせる。彼、レオンは、まだ少
年であるといってもいいぐらいだが、体つきは青年らしくもある。
「前にも言いましたが、それほど冷えやすい体質ではありませんし。シャワーを浴びたの
はわたしの意志ですから、必要以上に拭き取らなくとも、自然に乾くのを待てばいいので
す」
 こちらは少女というよりも、もう女性であるといった風貌ではある。しっかりとしたふ
うな口調ではあるのだが、どことなく浮世離れしている。
 床が水浸しにならない程度には拭いたつもりではあるのだろうが、動きまわっているた
め、水滴はところどころに落ちていく。ある程度は、ひらひらとしたワンピースのすそに
吸収されているが。
「理由になってないよー!」
 そんなふたりの様子を眺めていた青年、アレクはやれやれと言わんばかりの表情ではあ
るが、それほどあきれたようでもない。
 この時間からあわただしいことになっている理由は、結婚式に出席するからというもの
である。以前に式を挙げたカップルが、改めて執り行いたいという希望があってのことだ。
 町に「事故」が起こったためとはいえ、めでたい行事を中断されたとなっては縁起が悪
いからと。
 教会のほうはまだ建て直しが不十分であるため、噴水のある広場でのみ行われることと
なる。

 フレンジリアの町なみは、以前のように色とりどりの花が並んでいるというほどではな
いが、ところどころにさまざまな品種のものが置かれている。
 この町の騒動のことを聞いた、王都アーメンベーレの住人たちが融通したものだという。
 それを指揮したのは王であるのだとも。しかしながら、さすが父上――などということ
は言えない。レオンは、身分を隠して旅をしているのだ。
 外はほどよく晴れていて、絶好の日和だといえる。結婚式のためにつどった人々も、周
囲の華やかな景観を塗りつぶしそうなほどに着飾っている。
 そんななかでもレオンたちは、戦闘にも耐えうる旅装束のまま参加する。正装のための
服も搬入されているのだが、旅をしている身で購入して、後で持ち歩くとなれば不便であ
るからだ。
 それにしても、レオンたちはおろか、新郎や新婦まで押しのけるほどにきらびやかさを
強調した、参列者たちの格好こそ戦闘服を連想させるようである。
 ――結婚式は滞りなく行われ、今度こそ無事に遂げることができた。

 そして、それぞれが余韻に浸り、そろそろお開きにしようという雰囲気になった頃。
「ねえ、トワは結婚したい相手はいるの?」
 レオンはなにげなくたずねる。好奇心が顔を出したといったところだ。
 王族の結婚とて、政略に支配されているわけではなく、望めば庶民であってもできる。
しかしながら、実際の問題のうえでは、そう簡単にいかないことはレオンも承知している。
だからこそのことでもあるといったところか。
「わたしは、結婚はできませんよ」
 トワのほうも、柔らかくほほえみながら、あっさりとそう答える。
「でも今の時代は、聖職者だって結婚を禁止されているわけじゃないよね」
 やや話がかみ合っていないと思いながらも、わざわざ指摘するようなことでもないと結
論づけて、アレクは話の流れを見守る。
「その気がないのです」
「もったいないね。トワだったら相手を選び放題だと思うのに」
 これは軟派であると受け取られかねないし、下手をすればこれこそ洗脳になりかねない。
 そうはいっても、レオンにはまったくそのようなつもりはないのだから、余計に頭が痛
いといった様子でアレクは嘆息する。
 しかし、そこはさすがというべきか、気持ちだけありがたく受け取りますねと、トワは
これもまたさらりと受け答えていた。
「もともと興味がありませんし、それでいいとすら思っているのですよ」
 もちろん、だれかが結婚すると聞けばお祝いしますけどね。ふわりと、そう付け加えて。
 かく言うトワのほほえみは滑らかで、それでいて完成されたような清廉さをうかがわせ
る。
 レオンもしばらく、そのさまをぼんやりと見つめたままであって。そうして話はそれき
りとなった。
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