+. Page 011 | 動き出す運命 .+
 ひらりひらりと、澄み渡った空を背景に、茎を離れて風に舞う幾多の花弁が、きれいな
ひろがりを見せて揺らめいていた。足もとまでもおぼつかなくなりそうなほどで、現実か
らも離れているかのように不自然な光景。実際に、これは彼の見ている夢であった。
 そこよりさらに奥のほうへと視線を移すと、剣術の鍛錬に励んでいるらしい青年と、時
折それを眺めながら花を結っている、淑女といっても差し支えのない少女の姿。彼は、こ
の青年の視点と重なって夢を見ていた。
 彼――青年は、稽古にひとくぎりつけたところで、少女のほうへと駆け寄る。そんな彼
の姿に気がついた少女は、動かしていた手をとめて、座ったまま顔をあげてほほえむ。彼
も、同じようにほほえみかえした。
 休憩がてらの昼食は、彼女がつくって持ってくる弁当であり、ひときわ大きな木の下で
隣り合わせに座って食べるのが習慣となっている。
 清涼な、やわらかな風が、草花を揺らめかせ、木々の葉と葉がさわさわとこすれる音を
鳴らす。彼と彼女の髪も、さらさらとなでて。
 彼らのかたわらには、これも彼女が先ほどまでつくっていた、幾つかの花冠が置かれて
いる。彼と彼女の頭の上にも。まるで、なにかの門出を祝福するかのように。
 こうして、ときに語らい、彼が再び稽古に励んでいるときも、ときおり目を合わせては
微笑み合う、そんな日々が続いていく。
 やがて、日が暮れる頃となり、空は赤く染まりだす。安らぐような静けさというよりは、
どことなく煌々とした赤。夢の終わりを告げるかのように揺らめいて見える。いや、実際
にどこからか煙が立ちのぼっている。
 それは穏やかな日々のなかに乱入してきたかのような、突然のことだった。彼と彼女が、
村に戻ってきたときとき。ざわざわと、移りいっては燃えひろがる火の粉から逃げ惑う人
々の声。
 そして、銃声――。村のなかには、武装した者たちが点在しており、弾を発砲していた。
女、子ども、老人などでも容赦なく、無差別にねらいを定めている。ひとりたりともにが
さないと言わんばかりに。人々は命を散らせていく、そこには初めから彼らの営みなどな
かったかのように儚く。
 彼女もついに凶弾にさらされ、息も絶え絶えとなる。その場に追いついた彼は、うつろ
な様子で、しかしなすべくしてといった自然な動作で、血にまみれた彼女を抱き起こす。
彼女がなにかを伝えようとして口を開くが、発せられる声は儚く、このごう音のなかでは
ますます聞こえない。
 ほどなくして彼女は、彼の腕のなかで息絶える。彼は、彼女の亡がらを抱えたまま、無
念の叫び声が上がっていた。

 はっと、夢から覚めた彼は、勢いづいて上体を起こす。
 命からがらであるといった息のきれかた。なにか声を発しようにも、出てこない。もう
使いきったと言わんばかりに。そもそも、はじめからからっぽであったとでも言うかのよ
うに。
 そのとき、この部屋の扉が開く音がしたとともに聞こえてきた、声。
「起きたか、レオン」
 レオンと呼ばれたこの少年とともに旅をしている彼、アレクであった。彼は、手に紙コ
ップを持っている。
「アレク、おはよう」
 レオンは、アレクの姿に気がつくと、頭に手をやりながら、ほっと息をはくように言う。
ようやく出すことのできた声。
「おい、なんだその大量の汗は。ちょうど冷たい茶を持っていたから飲んでおけ」
 さっと、有無を言わせるすきもなく、手にしていたそれを差し出すアレク。レオンも、
ごく自然な動作で受け取ると、よほどのどが渇いていたためか、ひと息で飲み干した。
「なにがあったんだ。部屋のなかは暑くないが……。まさか具合が悪いとかではないだろ
うな」
「違うよ。ちょっと、怖い夢を見ただけだよ。夢とは思えないぐらい現実感があって、び
っくりしたんだ」
 レオンは、先ほど見ていた夢の内容を語った。夕空のなか、おぞましいほどまでに煌々
とした炎が一瞬にして村を覆い、人々の血で大地が塗られたあの夢のことを。
「なるほど。確かに、そんな悪夢に現実感が伴ってたら、平静でいられるはずはないな」
「それでね、その彼女、顔はよく分からなかったけど、雰囲気はこの人に似てた」
 そう言って、隣の寝台に目をやるレオン。そこには、柔らかくきらめくような金の髪を
した少女が眠っている。少女とはいっても、成熟した女性でもある雰囲気が寝顔からでも
うかがえる。
 彼女は、旅の途中であったレオンとアレクに単独で襲い掛かり、彼らに敗れて気を失い、
この宿まで運ばれてそれきり目を覚ましていない。

 ときに、この『フレンジリア』は、様々な種類の花で彩られており、花の都と呼ばれて
いるのもさることながら、建物も全体の雰囲気としては楚々としているため、デートスポ
ットとして知られており、恋人たちの都とも言われている。都の中央部には大きな教会が
あり、そこで結婚式を挙げる者たちも後を絶たない。
 その教会に従事している神父が言うには、彼女は妖術にかかっていたのだという。それ
も、人を意のままに操るというもの。遥か古代に由来する妖術に類するものであり、とっ
くに失われたはずのものであるため、現存していたことに驚きを禁じえないとのことだ。
 しかし、なぜだか術はすでに解かれているため、彼女が目を覚ました後にも襲い掛かっ
てくることはないだろうということだ。今は後遺症のせいで寝こんでいるが、命に別状は
なく、じきに目を覚ますだろうとも。
「それにしても、術者の目的が分からないな。俺たちにねらいを定めてきたのか、それと
も無差別に襲い掛かってきたのか」
「どっちにしても、なんだかそれ、いやな感じだね」
 かく言うレオンの声は澄んでいるともいえるのに、表情のほうには怒気があらわれてお
り、それが帰って緊迫を生み出す。
「そうだな。人の意志を奪って操るなど、聞いただけでも気分のいいものではないな」
 アレクはなだめるような調子で受け答える。
「うん。しゃくに障るって、こういうことを言うんだよね」
 レオンは、迫るかのように、そして自身の感情を確認するかのようにそう言っていた。
「とにかく、彼女が目を覚まして、話を聞くまでは、この都に置いていくわけにはいかな
い。操った者を見つけない限り、彼女とその周りにもまだ危険が及びそうだ」
「ついでに、その操ったやつを見つけたら懲らしめないと」
「しかし、そう簡単にはいかないだろう」
 かく言うアレクに、レオンが首をかしげると、
「目を覚ましたら忘れてるということもじゅうぶんに考えられる。そもそも、操られてた
ともなれば、自覚すらないだろうからな。有意義な証言は期待できなさそうだ」
「そっか。それじゃ、僕たちで捕まえるしかないね」
 今度は凛と、勇ましさをも感じさせるのに、うなだれた状態で表明しているためか、剣
幕さが全くうかがえない。
「そういえば、彼女の姿を見掛けたことがあると言ってたが、そのときの様子はどうだっ
たんだ」
「あー、それなんだけどね……」
 次はいよいよ心の底からうなだれはじめた。説明のしかたに困っているようで、彼自身
にも、そのときの光景は信じがたいものとして映っていたのだから。
 ひとまず、ひとつひとつひもとくように語った。夜中であり、雨まで降っていたにもか
かわらず、遠目からでも、はっきりと見えていた光景、どことなく神々しく映っていた彼
女のことを。
 話を聞き終えたアレクは、内容に疑問をいだいている様子はなく、ひたすら考えをめぐ
らせている。考えをまとめ終えると、レオンのほうを向いて、
「どうやら、そのときにはまだ操られてはいなかったようだな。その光景が前兆だったと
いうことはありえそうだが」
「前触れだったのかなあ。それにしては全然いやな感じはしなかったけど」
「ふむ。それだと……」
 アレクは、そこまで言いかけたところで、再び考えをめぐらせはじめる。
「なにか気になることがあるの?」
 そして、レオンも首をかしげて問いかける。
「いや、たいしたことではない。ただ、レオンが見たという夢と、この彼女の話をあわせ
て考えると、昔に読んだ説話を不意に思い出しただけだ」
 それは、ひとりの娘の物語。彼女はごく平凡な娘ではあったが、心優しさが際だってい
た。滅多なことでは怒らないし、口うるさくもなかった。それどころか、その場にいるだ
れもが納得しうる解を導き出し、物事の最善を求めるすべに長けてさえいた。それだけに、
彼女を怒らせると恐ろしくもあった。普段は怒られても悪びれる様子のない者たちでさえ、
自分はそれほどのことをしでかしてしまったのかと、いやおうなく省みることとなるのだ
とか。程度が甚だしいときなど、町じゅうを覆うほどの業火が放たれたのだとか。人間の
所業であるとは到底思えないようなもの。おぞましさをも超越して、いっそのこと神業で
あるかのようだとさえいわれていた。
 それもそのはずである。彼女は、神が遣わしたとされる聖女であるからして、人間離れ
した力を有していた。その神の目的というのも、過度の過ちを犯した者たちに対して、自
身に代わって彼女に制裁を下させて思い知らすというものだった。当の彼女もあずかり知
らないところで。
「それで、結末は、その神も、彼女の手によって殺されたというものだ。その後には彼女
もみずからの手で命を絶ったんだ」
「そんな……。なんでまた……」
「因果の応酬を下すという考えそのものが最も傲慢であり、過度の過ちに相当するといっ
た、そんな皮肉を効かせた話なんだろうと解釈してる。彼女も、目を覚ましたその瞬間に、
みずからの行いを恥じて止まらなくなったんだろうな」
 レオンは、そろりと、今ここで眠ったままの彼女のほうを向く。実在していることは間
違いないのに、この世に生きているとは思えないぐらいにきれいな。その寝顔を、どれぐ
らいのときとも知れず眺めていた。
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