+. Page 008 | 流離い人 .+
 全体として黒く、身体を外殻に覆われている犬型の怪物。その群れが、セルヴァールを
襲撃しはじめてから少しの時間が経った。
 物が散乱している街路を走っている若者。彼が身を包んでいる、その上質な旅装束は、
怪物たちの仕業であろうか、どころどころがすり切れている。彼は、敵から逃げているわ
けではなく、十体以上をも撃退してきたといった風情だ。
 そんな彼が、息を切らせながら、辺りを見まわしてぽつりと、
「アレク、どこに行ったのかなあ」
 キーンと、彼のいる場所からやや遠くのほうから、強く打ちつけるような、それでいて
鋭く切りさくような音。アレクだ。彼が、怪物の群れとの死闘を繰りひろげていた。
 不穏な黒をまとった身体をした怪物たちと対抗するかのように、アレクもまた、黒くつ
やめくコートに身を包んでいる。そんななかでアレクを見つける手立てといえば、金色に
輝く髪ぐらいなものだ。
 つるぎを振るうアレクの様は、生けるものすべての命を刈る死神そのものだ。それは、
なにも業物のつるぎであるばかりでなく、彼の姿や形相も相まってのことだろう。空は青
いというのに、金髪に黒いコートという出で立ちが、月の出ている闇夜のなかでおどって
いるかのような幻影を作り出している。
 一瞬、着地して手をとめたかと思いきや、敵がいる向きとは別のほうに目配せするアレ
ク。逃げるのが遅れた人々に、今のうちに逃げろという合図のようだ。
 そのとき、レオンも、ようやくアレクの姿が視界に入る場所までたどり着いた。しかし
ながら声を掛けるひまを与えられることなく、次々とアレクに襲い掛かってくる敵。
 アレクも、立ちどまっていながらも周囲に気を張っていたのだろう、怪物たちに遅れを
とることなく、素早い動作でけん制する。なぎ払い、十字に切りつける様は鮮やかなもの
であったが、彼の腕前にしては全力であるとは言いがたい。アレクは、敵の動きをとめる
ことに成功すると、再び別のほうを向いて合図を送る。
 ほかにも逃げるのが遅れた人々がいた。彼らは、怪物たちの襲撃によって腰を抜かした
ようで、動くことができないでいる。そのうえ、戦いによって力が尽きた者たちも横たわ
っているのだ。アレクが遠慮なく力を振るえば、周囲の者たちまでも危険にさらしてしま
うというわけだ。
 半ばぼうぜんとアレクを眺めていたレオンが、はっとなにかに気が付く。そうだ、民た
ちに危機が迫っている。早く敵を倒さなければ。そうして彼も急いでアレクのもとに駆け
つける。
 さらにその奥には、怪物の集団のなかでもひときわ大きく、その身体は、見るからに剛
性の外殻に覆われており、この世の終末を思わせるほどに黒々としているもの。怪物たち
の親分といったところだろう。それは、不規則な動作で暴れまわって、建物を破壊してい
る。もとよりどことなく朽ちたつくりであったそれらは、たやすく崩れ落ちていく。
 アレクのほうも、力を制御しながら戦っていたためか、手数が掛かって体力が削られて
いるようで、しきりに息を切らせている。戦いが長びくたびに不利な状況へ追いやられそ
うだ。
 町が崩壊していく音に、巨大な怪物の鳴くような叫び。多くの者が避難している、古び
た宮殿のような建物のほうに行き着くのも時間の問題だ。
 アレクは、つるぎを掲げるようにして持ち、力を注ぎこむようにして集中する。体勢を
整え、心の準備が完了すると、巨大な怪物のほうへと突き進んでいった。
 そして、巨大な怪物の動きをとめるべく、つるぎの強烈な突きを見舞わせるアレク。し
かしながら、外殻に覆われた怪物の身体はそれ以上に硬く、傷ひとつ付けることができな
い。脚の部分でこれなのだから、さらに強固そうな胴体などもってのほかだ。彼といえど
勝ち目は薄い。それでも、人々の安全を確保するため、攻撃の手をとめるわけにはいかな
いのだ。
 やがて、アレクは、疲れの出た一瞬のすきを突かれ、強打されたことによって身体ごと
吹きとばされる。立てない。このままでは――と、そう思われた瞬間、
「アレクー!」
 やや遠くのほうから聞こえてくる叫び声。それとともに、アレクの身体が、淡く光り輝
くベールのようなもので包まれる。その声のぬしが、彼に回復の魔法を掛けたようだ。ア
レクのほうへと、走ってやって来るその者。レオンがようやく追いついてきた。
 レオンも、巨大な怪物の前に立ち、つるぎを構えると、
「加勢するよ、アレク」
 そう言うやいなや、敵のほうへと切りかかっていく。しかしながら、やはりというべき
か、手ごたえはほとんどなさそうだ。彼も、そのすきを突かれて吹きとばされそうになる。
 そのとき、そうはさせないと言わんばかりに、怪物を横から素早く切りかかる者の姿。
先ほどの魔術によって体力を取り戻したらしいアレクだ。その甲斐があって、レオンも負
傷は免れた。
「だめだ。そいつは、武器による攻撃どころか、どの属性の大魔法もほとんど効果がない。
さっきまで魔術で応戦していたやつらも、力が尽きて運ばれていった」
 アレクの語調は、敢えて強制はしない、しかし逃げろと言っているようなものだ。
「でも、全然効かないってわけでもないんでしょ」
 と、会話するひまさえ与えず、次から次へと襲い掛かってくる怪物。
 レオンは、邪魔な虫を追いはらうかのような調子で、即座につるぎを振り上げてけん制
する。
「とにかく、どうにか持ちこたえて倒してみるよ」
 そう言うと、早速詠唱の体勢に入るレオン。完全に無防備な状態である。アレクは、レ
オンの詠唱が終わるまでは絶対に近づけさせまいとして、堅ろうな構えで応戦する。
 間もなくして詠唱が完了すると、辺り上空は、黄金色に輝く光に包まれるかのような光
景が映し出される。そうかと思いきや、光は幾本かの矢をかたどって、対象を貫きにかか
っていく。光の属性を持った、中級程度の魔術である。敵に命中したそのとき、
 ――があああああ…………!
 巨大な怪物の、苦しげな叫び声。もしかすると効き目があったのかもしれない。魔術を
発した本人も、効能を期待していなかったためか、あっけにとられている。
「貴様、レオンと言ったな。先ほどのをもう何発か唱えることはできるか?」
「うん、余裕だよ」
「ならば頼んだ。俺は、貴様への攻撃を防ぎながら、どうにかやつの破壊を試みる」
 こうして、アレクがつるぎでの攻撃を仕掛けている合間に、レオンが術で応戦という方
針で行うこととなった。それを繰り返していると、敵への打撃が、目に見えるかたちで現
れ始め、
「よし、大方弱ってきたな。あとは剣術でどうにかなるだろう」
 残された力を出しきるつもりで、敵を、素早く不規則に切りつけるアレク。あと一息と
いったところであるが、致命傷を与えるまでには至っていない。
 そんななか、つるぎを掲げた状態で跳躍するレオン。怪物の頭を割るべく、あるだけ全
部の力をつるぎに込めて振り下ろす。
 ――がああ……ぐおおお…………!
 力が尽きて倒れていく、巨大な怪物。とどめを刺すことはできたようだが、レオンとア
レクはまだ様子を見ている。しばらくして、もう起き上がらないことを確認すると、ふた
りはようやく一息つくことができた。これで、町が壊滅する危機を逃れられ、人々に襲い
掛かる心配はもうない。力を使い果たした彼らは、どちらからともなく路上に座りこんで
いった。

 ――シリウスの反応がずべて消えた!?
 ――なぜ。剛健な男の腕力、もしくは、どの属性の極魔法でも致命傷までは与えられる
代物ではないだろう。
 ――いいえ、付従の群れに限っていうならば、武術の達人であれば撃破は可能でしょう。
しかし、本体となると、先ほどおっしゃったとおり…………。
 ――まさか……彼か!?
 ――……っ、破壊者……!
 ――また、星煌の……新たなる流れが刻まれようとしているのか……?
 ――ふむ、心して掛かるほかあるまい。
BACK | Top Page | NEXT