+. Page 006 | 流離い人 .+
 道場の中心では、レオンとアレクが向かい合って立っている。そうはいっても、今から
試合を執り行おうとしているわけではない。それにもかかわらず、壁のほうで見物してい
る者たちの表情は一様にこわばっている。その場から動こうとする者はいない。いや、逃
げ出そうにも身体が言うことを聞かないといったところか。
 先ほどのさそいの返事を待つレオン。アレクの答えはというと、
「断る」
 ばっさりと、そう放った。
「なんでー?」
 レオンは、あくまで、希望をかなえてもらえなかったことに不満を持つ子どものような
調子である。
「見ず知らずのやつの道楽に付き合ってやる義理はないからな」
「今は手持ちのお金はそんなにないけど、この旅が終わったら絶対に払うからさあ」
 やはり子どものようにしがみつく調子のレオン。
 アレクは、これ以上は話しても無駄だと判断したためか、ため息をつくやいなや、出口
のほうへと向かう。人々は、なにを言われずとも道をあける。
 レオンは、ほうけた様子で、その場に立ちつくしている。人々も、なにかにとりつかれ
たかのように、アレクの去っていった方向を見つめていた。

 ようやく外に出たレオンが、とぼとぼと広場を歩いていると、
「おや、おぬしはさっきの」
 その声の先にいたのは、彼が少し前まで会話を交わしていた老人。そのときと同じく露
店で武具を売っている。
「アレクの剣術を見てきたのじゃろう。どうじゃった。なにやら元気がないようじゃが。
やつの迫力にあてられてしまったというわけでもなさそうじゃし……」
 それどころか、人々が悲鳴をあげるほどのすさまじさであっても、目を輝かせながら見
ていたのだが。
「実は、アレクを旅にさそってみたんだけどね」
「なんと、あのアレクをか。ふおっふぉ。おぬし、なかなか度胸があるというか、命知ら
ずじゃの。それで、どうじゃった」
「あっさり断られちゃったよ。はあ……、アレクには負けるかもしれないけど、僕だって
それなりに強いと思うんだけどな」
「まあ、なんにしても最初は断られるじゃろな。しかし、諦めずに幾度か持ちかけてみれ
ば了承してくれるやもしれぬぞ。やつもそのうち、おぬしに付きあいたくなるなにかを見
いだすやもしれぬ」
「あ、そうなんだ。やっぱり、なんどか話してみないと無理だよね」
 あっさりとした様子で納得の意を示すレオン。
「アレクのことはまた改めてさそうとしてじゃ。その合間に、旅に関して役立ちそうな知
識を蓄えておくのはどうじゃ。あそこに大図書館もあることじゃしな」

 そんなこんなで、大図書館のほうにやって来たレオン。
 そこも、町なかの風土の例にもれず、廃墟の城であるような建物である。そうはいって
も、内部はしっかりと補修されており、崩壊する不安におびやかされて集中できなくなる
などということはない。机やいすも新調されたものだ。夜間でも利用できるようにと、電
飾もとりつけられている。
 レオンも、本を手にする。目当てとするものがあったわけではないが、旅の指針となる
ものを探るため、ひとまず選んでみるというわけだ。

 まずは、世界の成り立ちについて。
 この世界アルテュルナは、風土による特色の違いが鮮明であり、多種多様の文化が混在
している。そんななかでも、共通していえるのが、海に面した場所が多いことである。人
の足で渡り歩くことが可能な距離であるならば、陸と陸の間に橋が架かっていることもあ
る。原則としては、移動するには船が欠かせないが。
 ときに、世界に広がるこの海であるが、ある地点をさかいに、渡航できなくなるのだと
いう。それはどの方角に進んでも変わらない。その先を突きとめるべくして進んでいった
船は例外なく帰ってこなかった話も珍しくない。やはり、そこが世界の果てとなるところ
であろうか。別の世界が広がっているという説もあるが、それはとりとめのない空想であ
る域を出ない。
 レオンは、ここまで読むと、静かに本を閉じて、元の位置に戻した。とりたて目新しい
ことは書かれていなかったといった様子だ。

 次に、魔術に関しての記述。
 地・水・火・風・光・闇・無の属性を持つ、攻撃に特化した魔法。それらの働きは、本
来の元素と同じではある。しかし、現象としては霊的なものであるとされ、効果が目に見
えるわけでもなく、術者の精神をよりどころとしているため、多用や過信は禁物だ。
 規模は小さいが手軽に扱える術は、小魔法に分類される。余程素養がないでもない限り、
少しの鍛錬で扱えるだろう。
 実用といった面では、中魔法ぐらいは必要になってくる。こちらは、それなりの素養を
有する者であれば、鍛錬次第で扱えるようになるといわれている。魔術のなかでも一般の
ものとされる。
 さて、大魔法ともなれば、その名のとおり、規模も威力も大きくなってくる。こちらは、
その属性に祝福を受けた者でなければ、扱うことはできないだろう。そんな彼らでさえ鍛
錬は必要になってくるのだ。
 さらに、極魔法なるものが存在するが、これを扱える者は滅多にいない。素質のある属
性であれど、鍛錬だけでは会得できないのだ。そのため、神の力であるとまでいわれてい
る。そう、世界の創造主にして、人々の運命を司るとされているカーナル神の。
 それらのほかには、回復や補助するための魔法も存在する。扱える種類や効能も、個人
の資質による。もちろん、回復とはいっても実際に治るわけではなく、応急処置の域を出
ない。補助の効果も一瞬である。これらもやはり過信は禁物だ。
 ときに、魔術は、星煌暦が制定された頃には既に存在していたらしく、起源は謎のまま
である。
 魔術との関連は定かではないが、さらに古代へさかのぼる時代には、妖術なるものも存
在していたという説がある。人の願望をかなえたり、逆に、人を意のままに操ったりでき
る力だといわれている。それに加えて、死者をよみがえらせたり、生者の存在そのものを
消し去ったりできるとまでいわれはじめた。すると、妖術とは妄言である可能性のほうが
高くなり、現在は人々の認識から遠ざかっている。
 レオンは、ここまで読むと、音をたてながら本を閉じる。とりたてて目新しいことが書
いてあったというわけではなさそうだが、なにかに思い当たったようだ。
 アレクは魔術を使えるのだろうか。剣術だけでは彼と渡りあうことはできないかもしれ
ないが、魔術を併用すればどうだろうかと。
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