+. エイプリルフール戦線(後半の部) .+
 食事を終えて、この勝負も後半戦へと突入していた。
 ラフォルとカノンは台所で後片づけをしており、グランはまたトイレにこもったため、
再び居間に集まったのは、先ほどもいた、レキセイ、リーナ、アルファース、アンネ、ゼ
インの五人である。
「それじゃ、次はリーナがやるわね」
 落ち着いているようでいて張りきった調子でリーナが言う。
「あのね、実はね……。リーナ、人造人間なの」
 さすがに冗談であるとは分かるが、あまりに突飛な内容であったためか、時がとまった
かのように固まる一同。彼らの反応が思っていたとおりであったらしく、リーナは、いた
ずらっぽい笑みを浮かべると、さらに話を続ける。
 製造を試みた標本は百体ほどあったのだけれどね、どれも失敗に終わったみたいなの。
あと一息というところまできていたのもあったけれど、所詮かなわなかったってこと。ま
あ無理もないわ。物体に情報や判断能力なんかを持たせて、しゃべったり動かしたりさせ
るのは、今の技術では、ある程度であっても難しいもの。さらに、それを人型につくるだ
なんて途方もない話ね。
 でもね、そんななかにあっても、リーナの型は成功したの。奇跡どころではないけれど、
そうとしか言いようがないなんて言われていてね。そんな働きもあってか、リーナにはも
っと高度な人工知能が組みこまれることとなったわ。言葉の引き出しや、質疑応答だって、
人と遜色ないでしょう。人工皮膚も上質なものだし、内部を構成する機械だって、丈夫で
なおかつ機動性の高いものを与えられたのだから。
 敢えて弱点を挙げるとしたら、そうね、水に弱いことかしら。触るのは平気だし、摂取
することだってできるけれど、機械そのものに浴びせられたら壊れるかもしれないから注
意が必要なのよね。
 ふうっと、ここまで語り終えて、緩やかに息をはくリーナ。ここにいる一同は、彼女の
語り口にあまりにも引きこまれたためか、ほうけているようでも、余韻に浸っているよう
でもあった。
 そのなかのひとり、アルファースが、真っ先にはっとした様子で、
「だああ! うっかりだまされるところだったじゃねえか」
 彼は、判断する力に関しては絶大な自負があったため、ほんの少し聞いただけでも明ら
かにうそであると分かる事柄によってそれが覆され、混乱している。
「そ、そうよ。もう。リーナってば冗談が上手なんだから」
 アルファースに続くかたちで、アンネも正気を取り戻したようだ。彼女は、声では笑っ
ているが、まだどことなく引きつっている。
「……ふむ。内容も興味深かっが、それ以上に、理論では説明が不可能な、謎の説得力
があった」
 ゼインも、それとなく、空想から戻って感想を述べた。
 当のリーナは、満足そうな笑みを浮かべている。うそか本当か分からないことを述べる
ことは問題視していなかったようだ。彼女が提示したルールは、うそか本当か知られるの
が遅かったほうが勝ちであるというものだったのだから。つまり、気づかれなければいい
のだという理屈だ。そちらに持ちこむことに成功しており、今のところ彼女の圧勝である。
「ああもう。レキセイなら、口車に乗せられないための耐性はできてたんでしょ。なんで
すぐに突っこまなかったの」
 アンネの向ける矛先がレキセイに向かう。
「本人がそう言う限り、少なくとも可能性はあって、うそだと断定できるものもなかった
から……」
 頭の後ろをかきながら述べる彼。いつもどおりの調子である。
「もちろん、さっきのは冗談よ。レキセイは、ここ数年で、リーナの身体が成長してるこ
とは知ってるでしょ」
「うん。そうだった」
 悪びれる様子もなく告げるリーナに、やはりいつもの調子で返答するレキセイ。
「も……、もういいわ。最後はレキセイ、びしっと決めちゃってよ」
 アンネは、ふたりの会話の具合にあきれ気味になったかと思いきや、びしっと彼に向け
て指差しながら促す。
 指名を受けたレキセイは、緩やかな動作で、ここにいる全員を見まわす。だれもが、彼
が言い出す内容を待ち受けている様子だ。彼は、一息つくと、意を決したように、
「――みんななんか好きだ、ばか!」
 かちこちと、時がとまったかのように固まる一同。普段の彼からは考えられない乱暴な
言葉と、成立しえない文脈。
「…………は?」
「ええと……」
 ようやく反応することができた様子のアルファースとアンネ。
「好きなのか、ばかなのか、どっちを取ればいいんだ」
 そして、冷静にそう問うゼイン。
「好きっていうのが本当で、ばかっていうのがうそ」
 レキセイはあっさりと種明かしをした。さらに付け加えて、
「嫌いって言うときに使うなら、好きって言うときにも使えそうかと思ったんだ。ついで
に、本当のこととうそを一緒に言おうとして」
「分かった、分かったから。まじめに説明しなくていい」
 ひたいを手で押さえながら、レキセイを制止するアルファース。
「だけど、こんなときでもないと、言う機会をのがしてしまいそうだったから」
「だーかーらー! 堂々と言わなくていい。なんか恥ずかしくなってきただろうが」
 そのために勝利を投げ打ち、捨て身ともいえる特攻を繰り出したレキセイ。もちろん攻
撃などしたつもりはないのであるが、アルファースには効果覿面であったようだ。
「うふふ。リーナもみんなのこと好きよ。レキセイの、特にそういうところは」
「あ! そう、そうよ! あたしだってみんなこと、その……、好きよ」
「今のところ、研究対象としては、お前たちがいちばん興味深いからな。付き合いを拒絶
されては困る」
 こうして、この場は、気まずさとほのかな甘みが綯い交ぜになった空気に包まれる。
 間もなくして、それぞれの用事を済ませてきたラフォルとカノン、グランも思いがけな
くやって来る。
 レキセイに勝負を仕掛けても徒労に終わるのだと、だれもがそう認識した瞬間だった。
同時に、彼によって、あらゆる意味でみんなまとめて葬られたようなものだった。彼とは
あらゆる意味で勝負なんてしたくない。これが、彼らにとって、総意であり、揺るぎない、
真実であった。

                  〜 エイプリルフール戦線(後半の部) 終 〜
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