T W I N K L E   - the holy precincts of fantasy -  外伝:とらわれの姫君は


予 告 編 !!     回 想 : 聖 女 と 呼 ば れ し も の

  光が降りしきるように輝く聖堂。外観も内観もともに、清廉にして荘厳。
  ここは、かのカーナル教団の総本山である。
  神官たちのなかでも、特別な地位に座する者たち。カーナル神より授けられ
 たとされる、人智を超えた力を有している。さらにそのなかでも、彼女は最も
 特異な能力の持ち主であるとされ、聖女としてあがめられていた。
  一日が始まると、彼女は、ややはでやかな装飾が施された、上質な法衣に身
 を包む。誇らしそうでもないが、疎ましそうでもなく。舞台衣装でもまとうか
 のようなしぐさで。

彼女の持つ、物質を別のものに変化させる力とは……?

 「物質を変化させる? なるほど。そういうふうに見られてるのか。いや、そ
 れはいいんだ。ある意味ではそのとおりだ」
  流ちょうな語り口であり、気さくなようではあるが、どことなく漂う厳かさ
 を隠しおおせていない声が告げる。
 「だたひとこと言っておくなら……そうだな。いつでもどこでも使えるような、
 便利な代物ではないということだ」
  たとえるなら、鍵の掛かった家には、その鍵がないと入れないようなものだ。
 かく言う彼女の面持ちは、いい加減に説明を済まそうとしているふうでもなく、
 からかおうとしているふうでもない。それ以外の適当なたとえが思い当たらな
 いといったあんばいだ。
 「絵や文字を書くとするならば、それはペンがないとかなわないようなものだ」
  そして、これならどうだと言わんばかりの不敵さである。
 「ならば、それは鍵の掛かった宝箱のなかに入ってるものだとしよう。なかの
 ものを取り出すには鍵がいるいうことが分かるだろう」
  つまり、その力を行使するためには、なにかの条件が必要であるということ
 らしい。
 「当然、鍵はそれに当てはまるものでなければいけない」
  しかも、鍵がやって来るのは気まぐれであり、呼べば来ることもあるが、そ
 うでないときもあるといったところであるらしい。
 「実はな、それでいいと思ってるんだ。使わないで済むなら、それに越したこ
 とはないのだから」

鍛錬次第では、因果律をも変える力になると言われているが……?

 「なんだそれは。小麦粉を練って焼いたらパンができるはずなのに米が炊けた
 というようなものか」
  彼女は愉快そうに言う。
 「それはわたしにとっても未知の領域だ。さすがにそんなことができるとは思
 えないし、できたとしてもわざわざやるつもりはないさ」
  まったく、お上はいちいち大げさなんだ。そういわれることに、迷惑そうで
 はないが、取り分けて価値を置いていないようだ。
 「しかし、運命を変えるということなら、思い当たることがないわけでもない
 ぞ」
  なにかの原因による、その結果だというのならば、その閉じられた法則に付
 け入るすきはないかもしれない。しかしながら、人の身の上を支配する力、一
 方的に投げかけられたものであるならば対処が可能であるかもしれないと。
 「これはなにもわたしの力によらずともできるはずだ」
  彼女がそう述べると、先ほどから隣にいた、従者であると思しき少年が首を
 かしげる。
 「カーナル神というか、ひとまず運命を揺り動かせるものとする。たとえるな
 ら、そいつは赤ん坊だ」
  またわけのわからないことを。従者はそうは思ったが、ひとまず話を聞くこ
 とにする。
 「まず、わたしたち人間は、神またはそれに準ずる存在にとっては、生きたお
 もちゃの兵隊だとする前提で話すが――」
  神たちは、善悪を問わずして事態を投げかけてくる。良くいえば無垢だと受
 けとれなくもないことから、赤ん坊と同義だということらしい。
 「まあ、おもちゃを乱暴に扱うときとそうでないときの差があるようなものだ
 と思えばいい」
  なるほど、そう説明されれば分かりやすい。従者がそう感心していたのもつ
 かの間のことで、
 「ときにはウンコブリブリまき散らすほどのこともあるだろうがな」
  熟女であるとはいえ、佳人と称しても差し支えがない女性が、きらびやかな衣
 装に身を包んだ姿で、堂々とウンコブリブリなどという光景を目の当たりにする。
 そのようなことはそうそう起こらないだろうなと、別の意味で感心することとな
 った。
 「それで、生きたおもちゃということはだな」
  彼女はまたもや、困惑している従者を置き去りにして語りはじめる。
 「動けるし、意志もある。逆に、近くにいる赤子をどうすることも可能だとい
 うことだ」
  それが、自らの運命を切りひらくということに当たる。彼女は、赤子の手を
 ひねるとはよく言ったものだなと感心しながら言っていた。
 「うまくすればだまし討ちを仕掛けることだってできるかもしれないぞ」
 「神というのはなんでもお見通しだと思いますが、そのようなことが可能なん
 でしょうか」
 「そこは『いないいないばあ』のようなものだ。どのような顔が隠されてるか
 ということは分かってるが、おもしろい表情でひらかれたときのおどろきよう
 を確かめるのが醍醐味だ」
  どうやら、ああ言えばこう言う性格であるらしい。
 「だた」
  そう一拍置いて続けようとする。まだなにかあるようだ。
 「やはり赤子よりは可愛げもないし、タチが悪い。そういう意味では赤
 子以下の存在だな」
 「胎児のようなものですか」
  従者が適当にそうあいづちを打つと、彼女はまったく遠慮なく笑いだす。
 「おまえ、ときどきおもしろいことを言うよな」
  赤子以下の存在はといえば、胎児のほかにどのような答えがあるのだと、従
 者はしばらく真剣に悩んでいた。

 「それにしても、あなたって、ときどきおぞましい考えかたをしますよね」
  従者は、厄介に思っているわけではないようだが、ため息が出ることはある
 ようだ。
 「その力を授けたのがカーナル神だとしたら、彼は一体なにを考えてるのでし
 ょうか」
  自らの首を絞めているだけだと、気づいていないわけではないだろうにと。
 「さあな。単純に考えると、なんかの実験の一環だろうとは思うが。神の力と
 やらを人間に与えたとして、どのように使うのかを見たいとか。人の願望をつ
 かさどるというからには、人がどこまで欲望を制御できて、どういう状況で誘
 惑にのまれるかというところには興味あるんではないかな」
  当の被験者である彼女は、ずいぶんとのん気な調子だ。これには従者もあき
 れ返るほかなかった。

果たして、彼女は聖女なのか、魔女なのか――――


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