+. Page 083 | 雨降る夜の亡霊 .+
 ――これは…………。

 ひどいありさまね。予想どおりといえばそうだけれど。

 まさか、彼が……?

 そうでしょうね。実行したという部分でいえばだけれど。それから、彼の、人の思いを
くみとってかなえるという性質が無意識のうちに影響したのでしょう。

 やはり、あのときに連れて行っておくべきだったか。

 良策という観点でいえばそれが適していたでしょう。知らずにいれば幸せという物事も
あります。しかし、たとえ彼がこの場にたどり着かずとも、儀式がなくなるわけではあり
ません。それに、彼自身、知らずにいたとしても、それでよかったとは思わないでしょう
から。

 それにしても……、幾ら素質があるとはいえ、齢十二ほどでしかない者がひとりで遂行
しきれるとは思えませんが。

 先ほども言いましたが、実行という部分においてのみです。人を動かすものは、なにも
本人の意志ばかりではありません。第三者の思いといいますか、願いによって作用するこ
ともあるのです。そしてその願いを彼に向けたのは彼女自身でしょう。まあ、無意識にで
しょうけれど。そうではあっても、その彼が突き動かされることは必至です。彼自身が想
いを寄せていた相手の願いなのですから。

 …………っ。

 それに、もうひとりにも想いを寄せられていたとなると、彼女の願う力も増して、行動
を起こしていた彼のほうへも必然として力が作用していたはずです。もうひとりの彼とて、
彼に彼女を助けてほしいと、心の奥底で願ったのでしょうから。

 三位一体、三人寄れば文殊の知恵、……頭の痛いことです。

 そうね。それどころか、この長年で溜まっていた、死者たちの怨念に後押しされた影響
というのもあったのでしょうね。それに、木や草花などといった、生命――意思を持つ存
在も多くひろがっていますわね。そうであるだけに、いかりの念はさらにふくれ上がって
いたことも、歯止めが利かなかった要因でしょう。木の葉を隠すなら森のなかであること
にならったつもりが、包囲されてしまったようね。

 さらに言えば、この大地、延いては星の意思……なんと愚かな。これでは、自分たちが
よければそれでいいと言っているようなもの。それどころか、連中と変わりないぞ

 もっと言わせてもらうと、この世の地獄をなくしたい勢力と、維持したいけれど致命的
なまでに欠損しているため、いったん壊そうとしている勢力の、無言の争いですわ。この
ような状態になることをあらかじめ知っていたうえで、結果がどちらに利するかを見届け
ていたのでしょう。自分たちの手はいっさい汚さずに。結局、どちらも似たようなもので
すわね。

 ところで、建物の地下に放置されていた、年端もいかぬ者たちのものであると思しき遺
体についてですが、ほとんどが白骨化……というよりも、肉が切り取られていたようでし
た。やはり、この教会に住んでいた孤児たちも、やつらの食料にされていたか。このよう
な辺境の地に、いったいどのようにして集めたのか。

 身寄りのなかったところを保護されたかたちである子の割合が多数だと思いますけれど、
それだけではないでしょうね。誘拐まがいの方法で連れられて来た子もいたでしょう。も
ちろん、表立って強引に連れて来たわけではなく、カーナルの名を使って納得させたうえ
でのことでしょうけれど。

 ――外道が。人々から、天の使いと呼ばれ、敬いたたえられていながら。しかしやつら
とて、走狗であることには変わりあるまいに。いや、それどころか、ただのケモノ……ケ
ダモノでしかないな。

 ……それに関してははいっさいの否定をいたしませんわ。

 彼は、このことを感知していたのでしょうか。この星の人間にしては、勘が鋭いようで
すし。

 そこまでは思い至っていないでしょうけれど、潜在的には気づいていた可能性が高いで
すわ。

 そうですか。催眠誘導にも掛からないほどに物事を見抜く彼であるならば、もしやと思
ったのですが。

 ふむ。虎になるという言葉があるようですけれど、神官たちは、彼を虎にしようとして
逆にのまれたといったところでしょうか。ミイラ取りがミイラになるというのが適切でし
ょうね。

 コケツにいらずんばコジをエずですか。限度というものがあるでしょうに。虎の威を借
りる狐などという言葉もありますが、獲物を狩る用に借りようとしたら、手違いで尾を踏
んでしまったなどと。やつらは狐のような知能にさえ及んでいない。まさに虎を画きて狗
に類すですよ。

 なるほど。彼を野に放ってしまったと来て、翼をも得させてしまったと来ますか。とこ
ろで、彼を虎に見立てることについては言いえて妙だと思いますが、わたくしは、鬼であ
ると読み解きますわ。

 鬼というと金棒ですか。彼の場合、本物の刃物でありましたが。それに、割れたガラス
の破片。さながら、包丁や食器……、サラ……さら、われた。……っ、なんてことだ。

 とにかくです。今この瞬間にも、別の勢力が、この騒動を察知していないとは考えられ
ません。あまり話している余裕はありませんわよ。

 ……そうでした。こうしている合間にも、彼ら姉弟に無数の手が伸びる可能性が高まる。
そうなってしまっては厄介だ。

 ええ、急ぎましょう。

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