+. Page 072 | 陽だまりの影法師 .+
 教会の辺りにある森や草原では、子どもたちの跳ねるような声がこだましている。今日
もさんさんと輝く太陽の、青い空のしたで踊るかのような。
 集まっている子どもたちは、黒い髪をした少年ミカゲと、白い髪をした少女リゼをはじ
めとして十人以上である。彼らは輪になってなにかを始めようとしている。どうやら、か
くれんぼをするため、鬼となる者を決めているようだ。
 鬼の役が決まると、ほかの者たちは一斉に、それぞれが思い思いの方向に走っていく。
ミカゲもどこかへ向かおうとしたが、ふと足をとめる。
 ひとり、リゼは落ち着かない様子で辺りを見まわしている。どこへ行こうか決めあぐね
ているのだろう。
「リゼ」
 そのとき、さりげなく彼女の側に寄って、彼女の名を、彼女にだけ聞こえる声で呼ぶミ
カゲ。
「俺と一緒に来るか」
 リゼは、一目だけミカゲを見やった後、ゆっくりとうなずいた。そして彼に付いていく。
疑問に思うでもなく、ただひたすら。
 彼らが入った森のなかは薄暗くあったが、そんななかでひろがる、鮮やかなまでの緑の
葉が、人をまどわせる、あやしい光景として映る。まるで、この世ではないどこかに迷い
こんだかのような。
「もう少し奥に行こう」
 ミカゲが、緩やかな動作で歩きだそうとしたとき、服のすそを控えめに引っぱられた気
配を察した。振り向くと、リゼがおずおずとした様子で、彼の服のすそをつかんでいた。
 リゼの手をすばやくとって歩きだすミカゲ。
 リゼは、ほうぜんとしながら彼に手を引かれるまま付いていく。しかしそれも一瞬のこ
とで、彼の手をにぎり返すと、小さく笑って歩きだした。
 彼らが行き着いた先には、森の奥地のひらけたところで、古びた礼拝堂がひっそりとた
たずんでいた。白を基調とした建物で、大きさも相当なものであり、不気味さをあおる。
昔はここが拠点であったのを、今は向こうに移したのだろうかとミカゲは推測する。
 ここは、ミカゲが以前に散歩していたときに見つけた場所であった。だれも近づくこと
はしなさそうであり、彼らが見つかる確率も減る。
 そうは言っても、ミカゲとてそこまでして見つかりたくないわけではなく、女の子を連
れて来るようなところではないだろうとも思っている。それでも、なにとなくリゼにこの
場所を教えておきたかったのだ。
「お城みたい」
 リゼはというと、こわがっている様子もなく、感嘆の声でそう述べる。ミカゲも、感心
したかのように息をはく。ものは言い様、見様であるものなのだなと。
「リゼは城が好きなのか」
 唐突にそうたずねられたリゼは、少しどもってうなずく。
「お姫さまになって、きれいなお城に住むの、あこがれなの」
「お姫さまになんてなったら、外を自由に歩くこともできないだろうし、ずっといすにす
わってるのも退屈だぞ」
 ミカゲが小さく笑いながら言うと、リゼは言葉を詰まらせる。
「それに、城なんて、敵の侵入を防ぐためのもので、威厳を誇示しているというのもある
だろうが、大本の目的は外敵をすべて確実に抹殺するところにあると思うぞ」
 いかに徹底していておそろしいかを語った後に、
「相手が女や子どもであろうと容赦しないとか、ねずみを一匹たりとも逃がすなとか言う
ぐらいだ」
 などと付け加えて言うものだから、リゼはほおをふくらませて言う。
「もう。どうしてミカゲくんは夢のないことばかり言うの」
「そういう夢の背景には、大抵どろどろした事情があるんだ」
「そんな事情いらないよ。夢はきれいなままでいいの」
「そこはさっき言ったとおり、守るためには攻めることも必要だっていう理屈と似たよう
なものだ」
「守るのに攻めるって矛盾してるよ」
 彼らはそうしてしばらく言い合っていた。たわいもない話ではあるが、取るに足りない
わけでもない。甘い雰囲気ではないが、辛らつでもない。互いが互いを飽きさせず、それ
でいてあきれさせないのだ。
 そうしているうちにも日が暮れてきた。深い森のなかにたたずむ、朽ちそうな礼拝堂を
染める夕焼けの色が、魔物の訪れでも告げているかのようだ。
 そのとき、ミカゲとリゼの背後から足音がして、
「君たち」
 口調は至って穏やかなものの、どことなく鬼気迫る声で呼ばれる。
 振り向いた先にいたのは、彼らが住んでいる教会に所属している使徒のひとりであった。
「まさかとは思いましたが、来てみてよかったですよ。建物のなかには入っていなかった
ようでなによりです。もしも崩れ落ちてきたがれきの下敷きになってたらと思うと、気が
気ではありませんからね」
 かく言う彼の面持ちは、にこやかであるのだが、赤い夕日の逆光にさらされているため
か、気味の悪さが強調されているふうに映る。
「さあ、帰りましょう。みんな待ってますよ」
 彼が言うには、かくれんぼの鬼となっていた者が、降参だと言ったにもかかわらずミカ
ゲとリゼが出てくる様子がなかったため、助けを求めて教会のほうに戻ってきたのだそう
だ。
 ミカゲとリゼは、はっとして顔を見合わせる。そういえばずいぶんと遠くに来てしまっ
たと。彼らは、ほかにも心配している者たちがいるだろうと思い至り、すぐさま戻ること
にした。

 赤々とした夕焼けに染めあげられた草原にて。ほかの子どもたちと合流したミカゲとリ
ゼは、彼らを連れて教会のほうへと帰っていく。
 そんななか、ミカゲは歌を口ずさんでいる。声の調子は朗々としているが、辺りに響く
というほどではない。もとより、暗くはないが明るくもない曲である。しかしながら、小
気味よい律動であり、子どもたちは聞き入っている。
「ミカゲ、それはなんの歌?」
「日が暮れてきたから帰ろうって歌なんだ」
「今みたいに?」
「そう。この後、夜空に星が輝いてるんだ」
「うわあ、聞きたい」
 そしてミカゲは、彼らの希望にこたえるべくして、次の歌詞を口ずさむ。
 ミカゲが歌い終わる頃には、日も落ちかけており、彼らは闇にのまれるようにして帰路
に就いていった。
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