+. Page 061 | ディルト・リーゼフ編 .+
 レキセイたち一行は、ここリーゼフをたつ前に、この町の中枢ともいえる娯楽場へと向
かう。運命によって操られることに疲弊した人々は、歓楽にいやしを求めにいくのだろう
か。くしくも、盤上の世界で駒を動かす賭博。勝敗ですら運によって左右される、その遊
興。
 しかし、彼らの目的はそこにあるのではない。その経営者である女性、エナに用がある
のだ。昨晩、レキセイの両親について、明日までに調べをつけておくと言っていた彼女。
ちょうどこのとき、そろそろなにかが分かっているかもしれない。
 彼らが、目的の娯楽場に着いて、なかに入ったそのとき、
「そこの銀の髪をした方、レキセイ様ですね」
 案内所のほうにいる男性に声を掛けられた。名を呼ばれた彼らは、いぶかしく思いなが
らも、そこへ向かう。
「オーナーからこれを預かっております」
 そう言って差し出されたのは、この場にはおおよそ不似合いな、清潔さをも感じさせる
ほどに白い、一通の封書。
「しばらく留守にするとのことで、あなた方が来られたときには渡してほしいと仰せつか
っておりました」
「彼女は今日中に戻ってきますか」
 彼女――エナからの手紙を受け取ったレキセイがそうたずねると、
「今日は帰ってこられませんが、ひと月ほどで戻るとおっしゃっていました」
 がくりとうなだれる彼。
 この案内人、経営者が長期間もこの場を留守にすることに対して、困惑している様子が
見うけられない。しかも、ひと月など短いほうであると言わんばかりだ。ときおりこのよ
うなことがあるのだろうか。
 とにもかくにも、ひと月も待っていられない。それどころか、今日のうちにはここをた
つべきであるのだ。彼女に直接会うことはあきらめることにした。
 レキセイたちは、ひとまず、娯楽場の中心部にある休憩所へとやって来て、適当な席に
着く。本人たちは無意識であったのだろうが、ここは、エナと一緒にいたときと同じ場所
である。
 そして、先ほど受けとった手紙を開封する。なかには、この町に住まうシルヴァレンス
姓の者の一覧表と、レキセイたちに宛てたもの。彼らは、その書簡に目を通してみる。

 レキセイ、リーナ、ついでにアルファースへ

 まずはじめに、手紙というかたちで報告することを許してほしい。どうしても抜けられ
ない急用が入ってしまったのだ。そうは言ってもひと月ほどで済むものではあるが、その
頃にはもう、お前たちはここをたっているだろう。その前に直接言葉を交わせなかったこ
とが残念でならない。
 さて、面倒な前置きはこのぐらいにしておいて、ここからが本題だ。リーゼフに住んで
いる、シルヴァレンスという姓のやつら全員の経歴を洗ってみたのだが、レキセイという
名の身内がいたやつは、だれひとりとしていなかった。引きとったことがあるやつさえい
ない。この町には、レキセイの両親はいないようだ。しかしながら、ほかの町でもあきら
めずに捜してほしいと思う。わたし個人としても、お前のようにおもしろいやつの、その
両親には興味がある。いい意味で親の顔が見てみたいというやつだ。お前の両親が見つか
るよう、カーナル神に祈っているよ。

 ところで、このように残念な知らせで終えるのは、いささか粋に欠ける。そこで、わた
しから君たちに熱い声援を送ろう。ざっくり言えば、ラブレターというやつだな。……お
い。今ここで読むのをやめようとしただろう。フラレターならともかく、ヤブラレターに
なるなどご免だからな。
 いや、別に愛の告白をしようなどということではない。どちらかというと説教の部類に
なるかな。とにかくだ、口うるさいおばさんのたわごとだとでも思って聞いてくれ。特に
レキセイ、意味は分からなくともよいが、心にとめておいてくれるとうれしい。
 かくも盤上のたわむれというものは、人の世の縮図のようなものだと思っている。ああ、
この場合は壇上、つまり演劇でたとえたほうが分かりやすいか。この世はかなり自由度が
高い舞台のようにも思えるな。運命という脚本がある程度は決まっているにせよ、アドリ
ブもどんどん挟んでこいといったところだろう。まあ、わたしらという演者に内容を知ら
せていないのだから、当然の成りゆきではあるな。
 それにしても、今の時代はそのていもなしていないな。それどころか、破滅寸前にまで
追いやられているように思える。なにも知らされずに、移り変わりゆく世に放り出された
ようなものであれば迷走するのも無理もないだろうな。小道具だけがずいぶんと高度なも
のだ。無知なまま扱われると物騒なことこの上ないが、理念を確立した者が扱うのであれ
ばよい効果が発揮されるというものだ。それどころか、人と人が意思や感情を伝達しあう
媒体としても素晴らしいものとなりそうだ。
 ときに、カーナル神は、敢えてこのような運命を与えたのだろうか。ならばその理由が
知りたいものだが。もし、この状況が想定の範囲外であったとすれば、神としてはでき損
ないであろうな。おっと、カーナル神の悪口はここまでにしておこうか。こう見えても信
心深い立場にあるのでな。祈りという方式が与えられているだけでもよしとしよう。
 しかしだな、それは言い換えると、自分たちの人生は自分たちで作れるということだ。
そう、多少の不自由はあるにせよ、なにを思い、なにをなすかの制約は受けていないとい
えるだろう。自分の演じたい役柄に身を置くことができない、もしくは自分のやりたいこ
とがわからないというやつをも、彼ら自身が望む場へと連れて行く。つまりは、そんな役
柄だって演じていいというわけだ。これも、大衆を楽しませる者としては重要な資質だな。
 おぼえているか、幸せな時間だったと言わせて初めて勝ったと言えると言ったことを。
実はそれはな、楽しんでもらえたならよかったという意味はもちろんあるが、客を満足さ
せてかえすことに成功したというところにあるんだ。なにが言いたいのかというと、人に
ちょっかいをかける運命とやらにも同じようなことがいえそうだということだ。こちらが、
逃げることも、やけになることもせず、ただただ自分の役割に徹する。そうすれば、向こ
うから飽きて去っていくだろうよ。運命に打ち勝つとは、こういうことをいうのだろうな。
 われらは運命によって突き動かされるべきではない。ましてや、罪の意識によって選ば
されるべきでもない。われらこそが運命を選び、作りあげていくのだ。ともに、この世界
を楽園へと仕立てあげていこうではないか。
 ――ではな。次に会ったときには、お前たちがどのような輝きを見せてくれるのか、楽
しみにしているぞ。

                                エナ・ヴィアント

 レキセイたちは、都心へと向かうため、駅のほうに来ていた。ここリーゼフと、その目
的地であるディルトの区間には、町や村などがなく、徒歩で行く利点はとりわけてないと
いうことで、列車を利用しようということになったのだ。
「わああ。リーナ、列車に乗るのって初めてだから楽しみ」
 そう言いながら、足踏みをしたり、くるくると回ったりしているリーナ。
「おい、じっとしてろ。ほかのやつらの注意を引いてしまうだろうが」
「まあ、元気が戻ってきたみたいだから、とりあえずよかったか」
 あわてている様子のアルファースに、そう受け答えるレキセイ。そうは言っても、人々
はせわしく行き交っているためか、彼女のほうに目をやる者がいないようであることは幸
いか。
「お前ら、まず切符を買っていけ」
 列車を利用するのは初めてだというレキセイとリーナに、アルファースは、切符の買い
かたから教える。
「あれ、さっきの。お金を入れてから、このボタンを一度押しただけで終わりか」
「ああ。簡単だろ」
「そうか……」
「いや、なんでそんなに残念そうなんだ」
 そして、自動改札に切符を入れると、ふさがれていた通り道がひらき、手前のほうから
切符が出てきた。その仕組みを、不思議そうに眺めるレキセイ。リーナは、それが気に入
ったらしく、もう一度戻って試してみようとしていた。もちろん、アルファースによって
とめられたが。
 プラットホームのほうでは、列車を待っている人で混雑していた。辺りを見まわそうな
どとは、だれも思わないだろう。レキセイにいたっては、その合間にも、エナからの手紙
を読み返している。
 だからだろうか。彼らは、列車に乗った後で事が起こるまで気がつかなかったのだ。レ
キセイたちをねらうかのように見つめていた、その視線に。
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