+. Page 027 | セイルファーデ編 .+
 セイルファーデの明け方は、人の気配も感じられないほどに静まり返っていた。
 都じゅうに張りめぐらされている水路と、繊細ではなやかな造りの建築物が、ただそこ
にあるのみであった。
 駅のほうも、観光地というだけあって、わりとしゃれた造りをしている。なぜだか、そ
の場には不似合いな、全身を黒い服に包み、サングラスを装着している男がふたりいるが。
彼らは、駅の出入口の付近で、なにかを待ち構えるようにして、銃を携えている。
 そこへ、不意に、水滴が落ちてきた。
「雨か?」
「いや、降ってないようだが」
 気のせいかと思ったとき、ぱらぱらと、小雨のように降りそそいできた。
「やはり雨か。銃が使い物にならなくなったらまずいな」
「多少傷むかもしれんが、機能しなくなるというほどでもないだろう。それに、住人ども
も、こんなところまで押しきってこようなどと思うまい」
 そう話している合間にも、水流は次第に強くなっていっている。それに、降ってきてい
るというよりは、さまざまな方向から降りかかってくるようだ。
「うわあああ」
「くそ、銃が……!」
 それは、彼らをねらい撃ちしていたかのように、特定の箇所を目がけていた。
 そして、銃器を製造した者たちの苦労も、水の泡と化していった。
「なんだ」
「どうした」
 駅の出入口のほうから、別のふたりがやってきた。彼らは、銃器を所持していないが、
大柄な体躯であり、よく鍛えられているふうであった。
「銃が使い物にならなくなっちまった。くそっ、だれだ、水をかけてきたのは」
「出入口のほうにはだれもいなかったが」
 そのとき、その出入口のほうから、ふたり分の足音が聞こえてきた。
「なに!? おまえら、いつの間に」
 その先にいたのは、成人する手前ほどの年ごろの男女がふたり。
「LSSの者です。市長より、鉄道封鎖の解除の令を預かってきました。同行を願います」
 市長の署名の入った令状を掲げ、そう告げたのは彼のほうであった。同じく提示してい
る、彼自身の身分証明書には、レキセイという名が記されていた。
 レキセイの一歩ほど後ろにいる彼女の身分証明書には、リーナという名が記されている。
リーナは、もう片方の手に槍を持っている。それは、背のほうにまわされており、やいば
の先を地に着けていた。
「ちっ、させるか」
 すると、大柄な体躯の男が攻めかかってくる。
 レキセイは、一瞬、反応に遅れたようだが、どうにか防いだ。令状と身分証明書を手に
したままで。
 もうひとりの男が攻めかかってくると、リーナは、即座に槍でけん制した。
「……っ、やっぱり、しりぞけるしかないのか」
 苦しげにそう言うと、手にしていたものを、ポケットへ押しこむようにしまうレキセイ。
 その合間にも、銃器を持っていた男たちが、予備として所持していたらしい小刀を取り
出し、同時に攻めかかってくる。
 しかし、彼らは、それの扱いに慣れていないためか、大きく振りかぶり、回避されるこ
ととなる。レキセイは、瞬時に身をかわし、男の足もとを、自身の足でけり、均衡を崩さ
せた。リーナは、もうひとりの男のほうの、小刀をはじき返し、動きをけん制した。
 そして、安堵する合間もなく、どっしりとした体格の男たちが、レキセイとリーナそれ
ぞれに向かって、再び攻めかかってくる。レキセイは、攻撃を受けたようだが、自身の身
体の均衡を崩した様子はなかった。リーナは、どうにか反応が間に合った様子で、敵の動
きを槍で制したが、それに掛かってくる重圧が大きすぎたようだ。
 同時に、素早く敵から身を離すレキセイとリーナ。
 ふたりに対して相手側は四人という不利な戦いが、観客の目に触れることなく幕を開け
た。

 日の出の時刻。それにしては、空の様相は、どことなくどんよりとしているふうであっ
た。
 駅の出入口のほうには、なすべきことを失ったといったふうな大衆が、なにかにとりつ
かれたかのように、悲痛や憤りを含んだどよめきの声を上げながら集いはじめていた。な
にかの拍子に暴動が起こりそうな雰囲気であった。
 そんな大衆をおさえるようにしている、数人のLSSの団員の姿。その一歩ほど後ろの
位置に、民衆と向き合うかたちで、どことなく厳かさが漂っている、中年の男性がひとり。
 その男性が、様々な筆跡でびっしりと名前が書かれた紙の束を掲げ、口をひらくと、
「諸君。わたしが、やつらの手中にはまったばかりに、苦しい思いをさせてしまった。本
当に申し訳ない。しかし、先ほど、LSS諸君の活躍により、わたしは自由の身となった。
こうしてみなの思いを受け取り、心まで即回復するに至った。今も、LSSの若き団員た
ちが戦ってくれてる。わたしも、すべてを奪還し、平穏な日常を取り戻すことを誓う。つ
いては、みなにも、後ほど、そのための協力をお願いしたい。われらの生活をおびやかす
者たちに郭清を――」
 市長の演説が拡声器から響きわたると、たちどころに拍手がわき起こる。それは、人か
ら人へと、波打つようにひろがっていった。まるで、本能的なところでの覚醒であるかの
ように。
「諸君に、カーナル神のご加護があらんことを――」
 そして、そう締めくくると、辺りは一斉に、地の底からはい上がるかのような声に包ま
れた。
 熱狂的な、ともすれば歓喜のような、大勢の声。指導者への、絶対的な崇拝を表すかの
ような。そこに疑念の入る余地などないほどに、一致団結していた。

 黒い服の男たちは、身に着けていたサングラスがいつの間にか取り外されていた。そし
て、大柄な体躯の男ふたりは、殴りかかる姿勢で、相手のほうへ突き進んでいった。小刀
を構えた男ふたりも、不器用にそれを振りまわしている。
 レキセイも、防御の姿勢をとりながら、彼らのほうへと突き進んでいく。そして、リー
ナも、助走をつけ、敵のほうへと槍を突き出していった。
 辺りは、閃光のようにはでやかな音が響いている。
 美しい景観を保っていた、セイルファーデの駅は、彼らの戦いによって、無残にも崩れ
ていく。
 どこか、遠い場所と場所を。そして、人と人をつなぐ駅。
 いつか、だれかが、だれかとの、別れへの名残を惜しむ姿。そして、会いに行く者へ思
いをはせる姿。
 そんな残影をもかき消すほどに、彼らの業は激しさを増していった。
 刹那、なにかがこすれ、割れるような音が反響した。どうやら、リーナの振りまわした
槍が、敵への攻撃を外れ、その反動で、周囲のものへ当たったようだ。
 レキセイは、もう一方の敵の攻撃を防ぎきれず、壁へ打ちつけられるかたちとなった。
姿勢を立て直そうとした彼に、そんなすきを与えられることなく、横からやってきた、小
刀を持った男が襲いかかってきた。
 そして、小刀を持ったもうひとりの男が、リーナを、彼女の背後から襲いかかろうとす
る。彼女は、どうにか反応しきり、それを槍ではじいた。しかし、先ほど交戦していた、
どっしりとした体格の男が、さらに、彼女を背後から殴りかかった。
 レキセイのほうも、先ほど襲いかかってきた、小刀を持った男の手をどうにかつかんで
防いでいる。しかし、同時に、それ以前に攻めかかってきた男が、レキセイの顔面を殴っ
たり、腹の辺りをけったりしている。レキセイは、立ちあがることもままならない状態で
あった。
 一方的な暴行。満身創痍。胃のなかから酸っぱいものがこみあげてくる。レキセイには、
立ちあがることへの気力すら残されていないようだ。
「きゃあああぁぁぁ…………!」
 突如として響いてきた、少女の悲鳴。
 レキセイが目をやった先には、武器を奪われ、身の自由まで奪われた、一方的に切りつ
けられているリーナの姿があった。
 叫び声に呼応して火がついたかのように鬼気迫るレキセイ。その勢いで、小刀を持って
いる男の手首を力強くひねり、地面からあしをけりあげると、先ほどまで暴力を加えてい
た男をはねのけた。
「ぐあああ」
「ちぃっ」
 そんな彼らのうめき声をよそに、レキセイは、忍者のような足の速さで、リーナに向け
て武器を振りまわしている敵のほうへ向かい、勢いづけてけりあげ、はねのける。
「うわっ」
 そんな男のおどろきの声も耳に入っていないようであり、レキセイは、間髪を入れず、
リーナをからめ捕っている男に向かって突進し、彼女を引きはがした。
「ぐおお」
 自由の身となったリーナは、そのすきをのがすことなく、武器を取り返した。
 その瞬間、リーナも、いかりの炎を燃えあがらせるように鬼気迫る。
 レキセイとリーナは、衝動を緩めることなく、再び攻めかかってくる男たちをなぎ倒し
ていく。さらに、ふたりは、連帯しているのやらしていないのやら、立ちあがろうとして
いる男たちを、力を合わせるかたちで即座にはね飛ばしていった。
 小刀を振りまわしていた男たちは、それきり気を失ったようだ。鍛えられた体つきの男
たちでさえ、うなるのが精一杯といったところだ。どうやら、線路のある奈落のほうへと
落ちたはずみでやられたようだ。さらに、レールに打ちつけられたせいでもあるようだっ
た。
 それを確認すると、レキセイとリーナも、糸が切れた人形のように、プラットホームと
呼ばれる壇上で倒れこんでいった。
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