+. Page 012 | セイルファーデ編 .+
 観光が盛んな場所では、人が多く、それだけにやっかいなことも絶えない。
 そこで、LSSという、民間の問題を解決する組織の出番である。この国の各主要都市
には支部が設けられており、このセイルファーデも例外ではない。その建物から、団員で
あると思しき一組の男女が出てくる。まだ成人する手前ほどの年ごろといえる外見だった。
「ふう、動いた動いたあ。やっぱりここも、依頼が多いよね。ほとんどが落し物の捜索だ
けど」
 ふたりのうちのひとり、彼女のほうが、無邪気な調子で言う。
「それほど平和ってことだから、いいことだと思う」
 そして、もうひとり、彼のほうが、落ち着いた調子で応答する。
「それもそっか。とりあえず、今日の仕事も一段落着いたところだし、次はどこへ行こっ
かなあ」
「お金も稼いだことだし、保存食を調達しに行こう」
「もう、レキセイってば本当にロマンがないんだから。まあいいわ。お店のなかも見てみ
たかったところだから」
 ふたりは、意向に多少の違いはあるものの、話がまとまったところで目的地へと向かう。

 先ほど仕事を終えたばかりのふたりがやってきた場所は、この都市で随一の百貨店。観
光地なだけあって、ここにも多くの人が集う。
「うわあ、やっぱりここもにぎやかね」
 先に口をひらいたのは、片割れである彼女。
「うーん、これが観光なら、ぱあっとお金使ってお買い物するところなんだけどなあ」
 残念そうにしながらも、口調はどことなく楽しげであった。
「それじゃ、保存が利きそうな食料を見つけたら、いったんここに集合ってことで」
 そして、もうひとりの片割れである彼がそう切り出すと、
「うん、分かったわ」
 彼女の返答を合図に、ふたてに分かれて調達を開始する。
 彼は、離れていく彼女の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くした後、別の方向へと
歩きだす。
 そして、商品のほうへ目を通すと、
「うん? 食品のほとんどが品枯れしてるような……」
 ぽつん、と。雨を降らせるようにつぶやく。
 そんな彼の目にとまった品は、なんの変哲もない板チョコだった。それを、しばらく、
遠い昔に思いをはせるように見つめる。そして、ぱっぱと、慣れたような手つきでそれを
抜き取っていく。
 一方、彼女のほうは、陳列台というよりは配膳台に近い卓上に積み上げられている、幾
種類かのあめの前で立ちつくしている。そして、手に小袋のようなものを持ったまま、そ
れらとにらめっこでもしているかのようだった。
 そのとき、
「リーナ」
 不意に、声を掛けられる。彼女、リーナが振り向いた先には、
「あ、レキセイ。なにか見つけたの……って、チョコ?」
 板チョコを大量に抱えている彼、レキセイの姿。
「うん。急いでるときでも食べやすいし、腹持ちもいいかと思って」
「ほえー、そうなんだ。リーナはこれ。味も長く楽しめるもんね」
 と言いながら、あめを小袋のなかに詰めこんでいくリーナ。
「そういえば、これって、カンツァレイアにもあったよね。うーん、こういうのは、ラフ
ォルのほうが得意そうなんだけどなあ」
 台の中心のほうへ目をやると、一袋分の値段が書かれている。詰めれば詰めるほど得を
するという仕様のもののようだ。
「うん。確か、外装がまん丸になるほどにまで詰めこんで、それでいて破れてなくて、き
ちんと封もできてたな」
「うふふ、あのときの店員さんの表情、すごかったよね」
 と、そんな思い出話に花を咲かせながら、旅用の保存食を調達していくふたりであった。

 用を済ませたふたりが次にやってきた先は、噴水のある広場。この都のなかでも特に人
目を引く場所であり、人の集まりやすい場所でもある。
「あ、ハト……」
 不意につぶやく彼、レキセイ。彼の足もとには、数羽の白いハトがいた。そして、彼は、
その場にしゃがみ、
「やっぱりここにもいるんだ。さすがに、俺たちが住んでたところのとは別だろうけど」
 ハトの羽のあたりに、そっと手を添えて言う。
「もう、そんなの当然でしょ」
 そして、そのかたわらで、レキセイの同伴である彼女、リーナが、半ばあきれたように
言う。
 空のほうから、別のハトがやってくる。すると、レキセイは、ハトがとまりやすいよう
にして、流れるような動作で腕を差し出す。そのハトがそこにとまると、さらに別のハト
がやってくる。そして、彼の腕にとまる。
 それを幾度となく繰り返し、数羽のハトと戯れているさまは、この場所と同等に人目を
引いているようだ。それに伴い、人々が集まってくると同時に、ざわざわとした声が重な
り合っていた。
「うわあ、みてみてママあ。あのおにいちゃんすごいね」
「ええ、どこよー?」
「ほら。あそこだよお」
「あら本当。いつからいたのかしら」
 こうして、人から人へと波のように伝わっていき、噴水のある広場には人だかりができ
ていった。
 やがて、レキセイの身体全体を覆うほどにまで集まってくるハト。すると、彼は、ハト
たちが戯れやすいふうに身体を動かす。それは、ハトたちのほうが、彼を操っているふう
でさえあった。
 そして、彼は、機会を見はからったように、両腕を広げ、無防備なまでに胸を反らす体
勢になる。それに応じるように、ハトたちは一斉に、大空へと飛びたっていく。
 それに伴い、その場は、盛大な歓声に包まれていた。

 観光地ともなると、昼夜を問わずしてにぎわいを見せる。
 この都は、繊細で豪奢な造りの建築物に加え、水路が張りめぐらされている。窓明かり
が水面に乱反射し、夜のきらびやかさを引きたてているようだ。それは、現実感をも喪失
させてしまうほどに。
「うわあ、うわあ……! 水上パレードに花火。この都は夜になってもにぎやかね」
 そして、そんな場所に欠かせないのがこの宿泊施設。その一室、窓辺にて、外を見なが
ら、感極まったような表情で言う少女の姿があった。その要因は、景色ばかりのせいでは
なく、花火や水しぶきの音、人々の歓声にもあるのだろう。
「みんな楽しそうね」
「そうかな?」
 と、彼女の同伴である彼、レキセイは、ぼうっとしたような面持ちで、外をただ眺めな
がら言う。彼女、リーナは、そんな彼のほうを向き、
「そうなの!」
 と、太鼓判を押すようにして言う。
「それを言うなら、カンツァレイアのほうも、夜になってもにぎやかだったと思うけど」
「それはそうだけど、こっちのはお祭りなんだから。観光客に向けた催しっていうのもあ
るけど、カーナル神を祭るって意味もあるみたいだし」
「カーナル神って、あの絵本とかに出てくる神様のことか?」
「れ、レキセイい……。カーナル神はちゃんと存在するわよ。教会もあるじゃないの。ラ
フォルだって、不良聖職者とはいえ、そこに勤めてるんだし」
「そうなんだけど、どうにも実感がなくて……」
「世界の創造主にして、人々の願望をつかさどる神様なんだから」
「うん。確かにそんな神様としてかかれてたけど、人々の願望をかなえるというあたりは、
なにかの犠牲のうえでだったような」
「それって、世界がだんだんと壊れていくみたいなの?」
「いや、その彼ら自身が持ってるなにかだったと思う。世界はなくならない」
「ふうん……」
 とんとんとした調子で話し終えると、感嘆の声をもらすリーナ。
 そして、すぐさまにっこりとした表情を作り、
「リーナね。この世界にいるみんなが一斉に寝ちゃったら、世界自体がなくなっちゃうっ
て思ったことあるんだ」
 ただ無邪気な様子で言いはなった。しかし、そのなかにも、どことなく神秘性をまとっ
ているふうでもあった。
「大丈夫。世界自体はなにもしないし、次に目が覚めたときも、どこかにはいられるから」
 そんなリーナをよそに、あくまで緩慢な様子で受け答えるレキセイ。
「うう、言いきっちゃってる。でもまあ、ここでは朝まで寝ない人たちはいっぱいいるで
しょうし、どっちにしても、リーナは安心して寝られるわ」
 そう言うやいなや、リーナは、あけはなっていた窓を閉め、軽やかな足どりで、寝台の
ほうへと向かう。そして、身体をばねのようにして、そこに腰を下ろした。
「あ、リーナ」
 不意に、彼女を呼びとめるように声を発するレキセイ。リーナは、反射的に、彼のほう
へと振り返る。
「絵日記、かかなくていいのか?」
「あっ、危ない危ない。また忘れてた」
 すると、はっとした表情をのぞかせていった。かと思いきや、またにっこりとした表情
で、
「でも、今日のことはかかなくてもいいかな。この景色だと、到底絵にできそうもないか
ら」
 やはり無邪気なようすで言う。奇妙なたおやかさをベールにしたままで。
「ん、そうか。それならいいけど……。まあ、目に焼きつけておくだけのほうがいいこと
もあるだろうしな」
「うん、そういうこと。それじゃ、今度こそおやすみい」
 リーナは脈絡なくそう答えると、身体をすっぽりと、寝台に潜りこませる。それから数
秒ほどで寝ついたようだ。
 レキセイは、どことなくさえない面持ちで、そんな彼女をしばらく見やる。
 その後、彼も、この部屋にある電灯を消し、重い身体を引きずるようにして寝台へのぼ
っていった。
 人波のようににぎやかで、水辺のように静かな夜は、独自の光景をあいまいにしたまま
ふけていった。
BACK | Top Page | NEXT